第2話

 ルイスとティトは、少年を抱えてシュトーリヒの屋敷から離れると、自分たちが泊っている宿屋へと向かった。


 ティトは少年をベッドに寝かせ、少年の体を調べはじめる。


 兵士にかなりの暴行を受けていたようで、傷だらけではあるが骨が折れているようなことは無さそうだ。


「強い子だ」


 ティトは、かすかに微笑むと、ほっとしたように息を吐いた。


 それから丁寧に少年の傷口に軟膏なんこうを塗っていく。

 それが終わると、傷口に布を巻いた。


「終わったか?」

「はい。もう大丈夫でしょう」


 ティトは、そっと少年に毛布をかけてやると、ルイスの方へと振り返った。


「『姉ちゃん』って言ってましたね」

「ああ、おそらくこの子の姉が、エイドリアン・シュトーリヒにさらわれたんだろうな」

「じゃあ、やっぱりあの噂は?」

「ああ、獣人の少女が好きで、奴隷だけじゃ飽き足らず、領民にまで手を出してるってのは本当だろうな」


 ティトは嫌悪感けんおかんからか眉根まゆねを寄せた。


「奴隷だって許せねぇけどな。ついでにそいつの姉ちゃんってのも助け出すさ」

「はい!」


 ティトは大きく頷く。

 ルイスとティトがこの街に来たのは、この街の領主が獣人の奴隷を買い漁っているという噂を耳にしたからだ。


 この国では、奴隷制度そのものが禁止されている。だから、奴隷を買うには闇の奴隷商からということになる。

 もちろん買うだけでも犯罪だ。


 そんなリスクを冒してまで奴隷を欲している。それは、ろくな目的ではないと容易に想像できた。

 多くの場合、その目的は痛めつけるためか、もしくはそういう性癖せいへきか。


 想像しただけでも虫唾むしずが走る。


 同族が酷い目にあっているかもしれないのに、見過ごすことなど二人には出来なかった。

 幼い頃、貴族たちにしいたげられた記憶が呼び起されて、ルイスの中に怒りが込み上げてくる。




「姉ちゃん!」


 突然大きな声を出して、少年はベッドから飛び起きた。

 どうやら目を覚ましたようだ。


「気が付いたかい? ごめんね、君のお姉さんはここにはいないんだ。まず、何があったか教えてくれないかな?」


 ティトは、ベッドのわきにしゃがむと、少年と目の高さを合わせて、優しく訊ねる。


「きょうの朝、とつぜん兵士がいっぱいきて、姉ちゃんをつれていっちまったんだ」

「なるほど。それで、お姉ちゃんが連れて行かれたのは、さっきの屋敷だったのかい?」


 ティトが聞くと、少年は目に涙を浮かべながら悔しそうに頷いた。


「おいら、なんどもあそこに行っておねがいしたんだ。でも、返してもらえなくて。どうしよう? 姉ちゃん、泣いてたんだ……」




「よぉ、ぼうず。おまえ、なかなか根性あるな。安心しろ、姉ちゃんは俺たちが必ず取り返してきてやるよ」


 ルイスは、少年のそばに来ると、くしゃっと乱暴に彼の頭を撫でた。

 少年は、くすぐったそうに目を細める。



「兄ちゃんたちは?」

「俺はルイス、そっちのノッポはティトだ。聞いて驚け! 最近、ちまたを騒がしている怪盗ナバーロってのは俺たちのことだ!」


 ルイスが腰に手をあてて自慢げに胸を反らした。

 

「かいとうナバーロ?」


 少年はそんなルイスを見て首をかしげる。


「なんだ、知らねぇのか。そいつは残念だな。まあ、いいさ」


 ルイスは、一瞬だけがっかりしたように肩を落とすが、すぐに顔をあげた。


「そうだ、ぼうず。名前、何て言うんだ?」

「パウロ」

「パウロか。いい名だ。じゃ、姉ちゃんの名は?」

「セリナ」


 ルイスは、再びパウロの頭に手を置くと、乱暴に撫でた。


「パウロ。すぐに姉ちゃんを取り返してやっからな」


 そう言ってルイスは、歯を見せて笑った。

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