夏は嘘を吐く街角で
シラゴン
第1話
とある夏の日、君と僕は街のカフェにいた。小学校卒業のその日から一度も合わなかった君とアスファルトの照り返す街で三年ぶりにあったのだ。まずはなんでこうなったか説明しよう。なにもやることのない虚しい夏休みに嫌気が差し、震えるほど寒い冷房の部屋からよろよろと這い出し街を歩いていた。運動不足の僕は夏休みの間、ほとんど家から出ることはなかった。部活など入っていないし、塾はサボっている、つまりずっと冷房の中にいたのだ。そんな僕が真夏の外に出るとどうなるか?無論、クーラー病で酷い頭痛が僕を襲った。立っているのも辛くその場にへたり込みそうだ。それでもふらふらと街を歩き続けた。何かをしていないとおかしくなりそうだった。いや、もしかしたら既におかしいのかもしれない。そう思った。日射病で倒れそうになり、近くのベンチにどんと腰を下ろした。太陽で照らされたベンチは焼けるように熱い。じりじりと尻が熱せられる。熱い。吐き気がこみ上げてきたころ君に声をかけられた。君はキンキンのアクエリアスを僕によこして「久しぶりだね」とだけ言った。僕は回らない頭で必死に思い出そうとした。しかし目の前の人が誰か全くわからなかった。僕は日射病を恨みながらアクエリアスを飲んだ。暫らくぼうっとしているうちに視界が戻ってきた。目の前にいたのはそう、親友の君だった。公立の中学に進学した僕と違ってどこか遠くの私学に進んだと聞いた。確かにとても頭が良かったように思えた。君に会おうと街中を歩き回り、最寄りの駅前で立ち続けた。しかし無情にも一度も君に会えなかった。いつしか君のことは忘れていた。その君が目の前に現れたことに僕はすぐには現実と思えなかった。何かの間違い、夢ではないかと思った。しかし相変わらずクーラー病の頭はガンガンと痛み、日射病の体は吐き気がする。これは夢ではないと僕は確信した。だけれど全く頭が全く回らない。まるで頭の中にオートミールが詰まっているようだ。そんな僕を見かねて君は近くのカフェに
引っ張っていった。昼過ぎにしては空いていたように思う。なんで君は強引なのかなぁ。嬉しいけども。カフェに入って暫くすると頭の痛みが収まってきた。ようやく君と再会できたことを実感した。そういえば全国チェーンのこのカフェは
小学校卒業間際に君と来たっけ。懐かしいな。まだ火照っている僕の体が全力で汗を出すようにウェイトレスが運んで来たレモン水のカップが結露して幾筋も水が伝って流れた。すっかり汗をかいたレモン水をすすりながら君は「元気してる?」と言った。とまぁこんな事があったわけだ。では続きをどうぞ。明らかに日射病で死にかかっていた人に、そんな事言うのはたちの悪い冗談にしか思えないが君に対して悪いイメージはどうしても抱けなかった。そんな僕の思いと裏腹に君は底抜けに明るい声で「ねぇ?何頼む?」と言った。塩対応な訳ではないが、何か薄っぺらく感じた。いや、それは僕の思い違いだと思いたい。いつの間にか僕らのテーブルの脇にはメモを小脇に抱えたウエイトレスが立っていた。特段急かすわけでもないウェイトレスの苦笑いのような作り笑いが無性に腹を立たせた。僕は低く苛立った声で「アイスコーヒー」と言った。ウエイトレスの「お一つですか」という定型文がやけにむかむかして僕はシカトを決め込んだ。君は「うーん。じゃあアイスココアで!」と陽気な声で注文した。カフェに連れこんだのは君のくせに全く会話がない。気まずい雰囲気になった。沈黙を打ち破ったのは僕だった。「そういや君の学校って名門なんだろ?」と。君は「いや、そんなこともないよ」と謙遜した。あまり謙遜は好きではないがしょうがなかろう。そのうち飲み物が運ばれてきた。アイスコーヒーはいやに薄かったが文句は言えなかった。味なんかどうでも良かったように思える。三年ぶりにあった君はどこか大人のように見え、僕とは見た目も服も全てが違っていた。でも君は三年前と同じように「やんちゃはしてない?怪我はない?」とまるで母のように優しく語りかけてくれた。僕は恥ずかしくなり「まぁな」とだけ言った。そういや君はなぜここにいるのだろう。塾の夏期講習にでも行ってはいないのだろうか。それを聞くと笑いながら「私立ってね、高校まで行けるところも多いんだよ」と言った。僕は感心した。私立というところはそんなにいいのか。小洒落た天井のファンが生暖かい風をかき回す。流れていた洋楽はいつの間にかラジオに変わっていた。最近よく街で流れている曲が流れているようだ。曲はフェードアウトしコメンテータの外人が変な癖のついた日本語で何かを喋っている。コメンテータが笑い、次の曲のイントロが流れ始めた。そのタイミングで君は「ねぇ、どっか行く?」と聞いたあの暑さの中に戻るのは嫌だが、君に合わせなければ嫌われてしまいそうな気がした。この近くには大きな駅もあるし、商業施設もある。カラオケも在ったように思える。あいにく家族としか行ったことがないのだが。僕は「カラオケとか?買い物する?」と精一杯の配慮と機転で君を困らせまいとした。結果として君は「とりあえず外出て歩こっか」と言った。最悪だ。また日射病で死ぬ危険があるではないか。僕は不満を見せまいと必死に笑顔をつくり「いいね。じゃあ外行こうか!」と返した。今は午後三時。街で買い物でもして、ファミレスで軽く夕食でも食べたら最高ではないか。最後に連絡先を交換できたらいいな。会計は流石に僕が払うべきだろう。割り勘など貧乏臭いことをすると名門私立出の君には嫌われるだろうしね。ささっと会計を済ませて外に出る。空一面に黒い雲が広がり、生暖かい風が吹き抜ける。所謂ゲリラ豪雨と言うやつか。無論チャンスである。人生初の相合い傘が出来るかもしれない。しかも君と。まぁ降らないことが一番良いには違いない。東通り沿いにはコンビニくらいしかない。ということは緑大通りから抜けて商業施設に行くか。確か君はお菓子とか縫いぐるみが好きだったかな。だったらゲームセンターという手もある。でもあのうるささが僕は苦手だ。この考えを君に言ったらいいのだろうが、僕は人に合わせるほうが性に合っている気がするんだ。まぁそんなことを考えているうちに商業施設についた。空は暗いというのにこのビルは灯台のようにぴかぴかと窓から光を放っている。明るいな。地下階に飲食街。一、二階に店舗が入った大規模施設。六十階建てでオフィスが上層階に入っていたようだ。見上げるとやはり、高い。実感の湧かない高さだ。そういえばこの商業施設の隣に大きな公園があったはずだ。マクドナルドでも買って公園で食べようかな。あのポテトの油濃い臭いが癖になるのである。君は安っぽいものは嫌いかな。太るし。商業施設の中は夏休みということもあり、親子連れや学生、カップル達で賑わっていた。床は鏡面仕上げのようにつるつるで、僕の底がすり減った革靴では滑りそうだ。ただそんなことは杞憂だろう。どちらかというと君を楽しませるほうが難しそうだ。人混みではぐれそうだ。だけど手を繋げるような関係じゃないし。まず君が入ったのはお菓子の量り売りの店。どんどん袋に入れていく君を見て気付いた。どうやら太るというのも杞憂だったらしい。ではマクドナルドも食べられるか。後で聞こうではないか。僕が払ってあげたほうがいいかなと考えているうちに君は会計を済ませ、僕に「ねぇ!次行こ!」と言った。なぜか荷物は僕に持たせるスタイルらしい。別に気にしないけど。というか思ったより買ったな。お菓子がずっしりと重い。どれほど買ったというのか。がたがたと音のする狭いエスカレータに乗り二階へゆく。次に立ち寄った店はポケモンセンター。ぬらぬらと光る樹脂らしい大きなモニュメントがある。どうやら君は入り口にある大きなポケモンのモニュメントと写真を取りたいらしく、スマホを近くの人に渡して説明している。で、君は僕と写真を撮ってもらった。すこし嬉しい。というか凄く嬉しい。この夏休みで一番最高な瞬間かもしれない。ポケモンセンターの中は意外と広く、大人気ゲーム「Pokemon GO」のBGMが流れている。冷房が効いているはずだが、人が多く暑苦しい。お菓子や縫いぐるみ、洋服など様々なジャンルの商品が棚に並んでいる。見ている分には楽しいが、買おうとは思わないのが実際のところだ。「ピカチュウ」くらいしか知らない僕だからかもしれない。そういえば君の誕生日は一昨日か。何かお菓子くらいプレゼントしてやるか。僕は一際目立つ棚の真ん中にある缶入りの菓子を手にした。なかなかいい値段だが、別に気にしないでおこう。隣の君を見るとカゴに色々入れているようだ。僕は「カゴ、持ってやるよ」と言って君からカゴを貰う。その時軽く君の手に触れてしまった。白く、求肥のように柔らかい。そして少し冷たい。君は顔を背ける。君は少し顔を赤らめた。僕の心臓は破裂しそうなほどに鼓動していた。ドッドッドッという音が体と共鳴している。体が茹でダコのように熱くなってゆく。硬直を解いたのは君だった。僕の額に手の甲で触れ、大丈夫?随分赤いよ?と微笑みながら言った。僕は「はへぇ」と気の抜けた返事しか出来なかった。内心、これが原因でキモいと思われると覚悟していたのでこの反応には戸惑い、同時に嬉しかった。その後も買い物をする君。僕は荷物持ちが大変だった。腕の肉に袋の持ち手が食い込んで痛い。結局、マクドナルドには入れずに公園にも行けずに近くのレストランを探すことにした。その結果サイゼリア。まだ日が暮れない午後六時過ぎ、僕達はサイゼリヤに居た。君はドリアをゆっくりと食べ、僕はハンバーグを食べた。壁に掛かっている絵の中の天使がほくそ笑んでいる。なんだそのうざったい笑顔は。不吉だなと思った。まさか僕がプレゼントを渡すのを邪魔するつもりか。背筋に寒気が走る。店内の冷房のせいだろうか。君がスプーンでドリアをすくって息を吹きかける。そしてゆっくりと口に運ぶ。それをぼうっと見ていた。随分と可愛らしい食べ方だと思った。そんなことを考えていたら睡魔が襲って来た。羊を数えなくても君の食べる様子を見ていると眠たくなる。―そういえば最近まともに寝ていなかったなぁ。今夜は何時に寝ようか。でも勉強しなくちゃ。僕の第一志望は高知農業高校。偏差値的には余裕だが、農業の知識をつけなければ大問題だろうな。そんな妄想に呑まれようとしていた時、「ギンゴン」と店員呼び出しのチャイムが鳴った。機械音のような自然音のようなこの音がやけに耳に残る。依然として店内は寒い。しかし大分まろやかになった。夕飯時で人が多いからだろうか。ハッとして君を見ると、うるうるした目で僕を見つめていた。悪いことしたかなと思い、鼻の奥がツンとする。
夏は嘘を吐く街角で シラゴン @yoshishi38
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。夏は嘘を吐く街角での最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます