「はぁ…あの女、こんなのよく信じたな」


 まったく趣味じゃない骸骨仮面ドクロマスクと真っ黒の布切れを投げ捨て、伸びきった髪をかき上げる。俺は死神なんかじゃない、何処にでもいる、役者に憧れていた人間。いや、たった今最後の人間ラスト・ヒューマンになったことは特別だろうか。

 この世界は、既に終焉を迎えている。戦争があった訳でも、変なウイルスが流行った訳でも無いのだが、ありとあらゆる動物が死に、今は植物だけが無雑作に生え散らかしている。まぁ、虫もいないから生きてる植物も限られているんだろうけど。他に生きているとすれば微生物だろうか?顕微鏡なんて植物に飲み込まれてたり、壊れてたりして使えなかった。顕微鏡なんて触ったのは、夢も希望もあると信じて止まない小学生ぶりだろうか。


 俺とあの自堕落クソ女以外、いくら探しても人間はいなかった。どうして俺とあの女だけが残ったのか全くわからない。どうか偶然であって欲しい、神の悪戯で意図してこんな二人を残すな。 アダムとイブになんか、絶対になってやらねえぞ。


 あの女の生活は、目を当てたくないものだった。

 穴だらけで擦り切れた布団で十二時過ぎに起きて、濁った水で顔を洗って、ボロボロの薄汚い服を着て、殆ど味の無さそうな非常食や雑草を食って、ヨレヨレになった本を読んだり砂嵐スノーノイズすら無いゲーム画面を眺めたり、植物世界おそとに出たり。帰ったらまたヨレヨレ本やゲーム画面を眺めることで時間を潰して、濁った水に浸って、ボサボサのブラシで歯を磨いて、同じくらいボロボロの服に着替えたらまたゲーム画面を眺めてコントローラーを無意味に操作して、満足したらあの布団で眠りにつく。

 毎日これなら、死んでるも同然だろう。


「さて、そろそろ俺も逝くか!壊れた人間見てると、逆に冷静になっちまうんだよなぁー!」


 こんな大声を出しても、咎める奴は誰も一人としていない。つい先ほど、もう一人は飛び降りて死んだんだから。

 足を伸ばし、腕を伸ばし、首を回す。なんの意味の無い体操だ。ごりごり、ぱき。気持ち良さと気持ち悪さが同居した音と、感触がする。


「吊り橋効果みたいなもんだろうけどさ、好きだったぜー!名前も知らねえ自堕落女ぁー!」


 下に居るアイツに向かって叫んだ後、勢いよく息を吸った。肺が破裂してしまうくらいに、これが俺の最期の呼吸だから。

 肺に空気をたっぷり貯めたら出っ張りギリギリに立ち、そのまま前へと倒れ、頭から落下した。


 死の直前は、こんなにも実感できないものだったのか。


 ここは何階って書いてたっけな。忘れちまったけど、これくらい高けりゃ絶対死ぬだろう。現にあの自堕落女はもう死んでるっぽいし。あんな植物どもはクッションにさえなってくれやしねえ。死後は植物に吸収されるんだろうか。なら骨も残さず、しっかり食ってくれよ。骨に栄養あるのか知らねーけど。


 こんな状況下でも、まともな精神状態のつもりだった。でも、やっぱり俺も、壊れていたんだろう。下手すると、あの女よりも壊れていたのかもしれないな。あの女が持ってたボロッボロの小説読んで、即興アドリブで死神設定作り上げて、あの女で遊んだあたり。

 死ぬならさっさと死ねばよかったのに、俺はなんで死ななかったんだろう。寂しかった?たまたま同じように壊れた人間を見つけて嬉しかったのか?まぁ、無意味なことをするのが人間なのか。


 劣悪な家庭に生まれ落ち、高校受験に落ち、バイト面接に落ち、クレジットカードの審査に落ち、舞台から落ち、恋に落ち、この屋上から落ち。最後は地獄に落ちて、この法螺デタラメを吹きまくった舌を落とされる。

 落ちてばっかの人生、意外と最期の方は楽しかった。異世界転生ありきたりなことしてみろ、ぶん殴りに行ってやるよ神サマクソヤロー

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死活 勿忘草 @Wasu_Rena_Gusa

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