第10話 シルヴェーヌの出生

 自分がかなり深刻な立場なのだと分かった。しかし、もう一つだけお父様に聞いておきたい事がある。


 それは、私は本当は誰の娘なのかだ。お父様の奥様は早くに亡くなられたと説明を受けた。そしてお父様は結構な高齢だ。私からは祖父と言ってよい年齢だと思う。この人が本当に私の父なのか。そうだとしても、本当の母は何処にいるのか。


 こんな事を聞くのは失礼なのではなかろうか。後でセシルに確認した方がいいのか。ちょっと悩んでしまった。でも、ここはきちんと確認しておきたい。


「お父様。もう一つお聞きしたい事があります」

「何だね」

「聞いていいのかどうかわからないのですが、私の母の事です。誰なのか、何処に住んでいるのか……」


 聞いてしまった。

 やはりお父様は答えにくそうに眉をしかめている。


「ご主人様。私が代弁してもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだね。お願いするよ、セシル」


 セシルは赤い目を点滅させながら頷き、話し始めた。


「シルヴェーヌ様は、ご主人様の奥様、マルレーヌ様は30年ほど前にお亡くなりになりました。ご主人様はその後妻帯されなかったのですが、一人だけ気を許されたご婦人がいらっしゃいました。その方の名はソフィ・ル・ヴァリエさまと申します。そのソフィ様は半年前に亡くなられたのですが、その時のショックでシルヴェーヌ様は記憶障害が発生しました。それに伴う体調不良が酷くなったために、集中的な治療を行いました」

「それが原因で私の記憶は無いの?」

「はい。そうでございます」


 一応は納得できる説明だ。私とお父様の年齢が離れているのは愛人の子供だった事。そして実母の死を目の当たりにして私が記憶障害に陥った事。過去を全く覚えていないのはそういう理由だった。


 しかし、腑に落ちたようなそうでないような、曖昧な感覚は残っている。しかしセシルが、自動人形が説明してくれた事だから嘘ではない。事実だ。

 

「もう少し後で話そうと思っていたんだ。辛いかもしれないが受け入れてほしい」

「わかっています」


 確かに、私にとっては衝撃的な事実だった。何も知識がない状態であんなことを聞けば、誰だってショックを受けると思う。しかし、その事実を告げるお父様の方が辛いのではなかろうか。あの、苦悩した表情からはそのように伺えた。


「今日はすまなかったね。後はゆっくり休むといい」

「はい」


 食事を済ませたお父様は足早に広間を出ていった。まだ他にも用事を残しているのだろうか。


「大浴場の準備ができております。ご案内いたしましょうか?」


 申し出たのはあの逞しい女性、ディアーヌ・ミュレだった。


「シルヴェーヌ様のお世話は私の役目でございます」

「金属製の自動人形がお風呂に入ったら錆びちゃうんじゃないの?」

「心配は無用です」

「あらそう。一階の大浴場。一時間程度で済ませてもらえると助かるわ」

「時間はシルヴェーヌ様次第です。急かすような事を口にするなど失礼ですよ」

「機械の貴方がモタモタしなければよろしいのでは?」


 その一言でセシルの目はまるで燃え上がったかのように赤々と輝き始めた。色黒のディアーヌと目線が交差し、その中央で火花が飛び散っているかのようだった。


 そんな険悪な雰囲気の中、一人のメイドが一歩進み出た。色黒で黒髪で金色の瞳の、まだ幼くて私とそう変わらない年頃の少女だ。


「ディアーヌさま。その言いようはセシルに対して失礼ではありませんか?」

「何だ。マユミ・ガルシア。機械人形に対して失礼だと」


 まだ幼いマユミという名の少女の黄金の瞳が光った気がした。彼女は年長で、しかも体格が桁違いに良い相手に対して臆することなく向かい合っている。


「ええ。自分が入浴のお世話をしたいと素直に申し出ればよいのです。白人で金髪のシルヴェーヌ様のお世話がしたいと。それなのにセシル様を貶して残念な方ですね。あなたには何の利益もないのに。違いますか?」

「若輩者のお前が何を偉そうに」

「個人的な趣味趣向を業務に持ち込まないで下さい。もうお黙りになられたら? 貴方には外の警備がお似合いですよ」


 歯ぎしりをしながらマユミを睨みつけているディアーヌだが、マユミは平然と目線を合わせていた。


「さあ、ここの片づけと姫様のお世話は残った者で受け持ちますから。特殊部隊の方は夜の警備をお願いします」


 最も年少であろうマユミの威厳に逆らえないのか、ディアースは三名のメイドを引き連れて退出した。


「お騒がせいたしました。さあ、シルヴェーヌ様。当家自慢の大浴場へご案内いたしましょう。セシル様もご一緒に」


 私はマユミに手を引かれて大広間から退出した。後からセシルが付いて来ている。さらにその後から二名のメイドが付いて来ていた。


 浴場は一階の離れになっている場所にあった。お風呂専用の建物になっているのだ。


「こんな立派な……お風呂なんですか?」

「もちろんですよ。セシル様も入浴されますか?」

「私は結構です。浴場内でのお世話はマユ様にお任せします」

「セシル様。私はマユミです。様も付けなくて結構です」

「そうでした。失礼しました」


 ……何だか二人だけの世界に浸っている印象……セシルとマユミはどんな関係なんだろうか。年配の人なら知り合いであってもおかしくはない。セシルは1000年以上可動している個体なのだから。しかし、マユミは私と変わらない……いや、私よりも幼い印象なのだ。


 浴場の手前に設けられているのが脱衣所らしい。ここで服を脱いだりする。ハンガーや籠も設置されていた。私はそこで容赦なくドレスを剥ぎ取られ、すっぽんぽんにされた。そのままマユミに手を引かれ浴場へと入った。

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