第9話 ボレリ家の実情

 父によると、ボレリ家は代々鉱物の採掘を営む一族で、主に中央山地とその北側の砂漠地帯に拠点があったらしい。しかし、砂漠地帯で石油が発掘され始め、我がボレリ家はその権利の大半を手に入れた。


「革命以前はね、石油なんてあまり儲かる物じゃなかったんだ。しかし、栄誉革命以降の産業化の波に押されて石油の需要が急増した。石油はね、燃料だけじゃなくて、機械の潤滑油やゴム、樹脂などにも利用できることが分かったのさ」


 樹脂……そう言えば、昼間にミレーヌから貰った匂いガラスも樹脂だと聞いた。つまり、石油から作られているのか。


「それともう一つ説明しておかなくてはいけないね。この家には私以外の家族がいない。それはね」


 父の説明は続く。彼には兄がいた。石油の会社はその兄が引きつぎ、父は軍人となった。しかし、その兄が亡くなりボレリ家は父が引き継いだ。父は一旦軍を退いて会社の経営に専念したが、現在は会社を三人の息子と兄の娘婿に任せて父は軍へと戻った。


「もう引退させてくれとお願いしたんだけどね。どうも、軍はまだ私を必要としているみたいだね」

「その、息子さんたちは何処にいらっしゃるのですか?」

「ああ、そうだったね。長男のベルナールは北の砂漠地帯で発掘しているし、次男のニコラは石油精製プラントにかかりっきりだ。三人目のジョルジュが会社をまとめているが、本社は海岸沿いのボージェにあるからそこに住んでいる。だから、ここには誰もいないのさ」

「奥様はどちらに?」


 聞いた後で不味いと気づいたがもう遅かった。ここに居ないという事は、もう亡くなられているのだ。


「妻は早くに亡くなってしまったんだ。悪い事を聞いたと思っているかもしれないけど、話していなかった私の責任だよ」

「ごめんなさい」

「気にしなくていいから。さあ、食事を続けよう」

 

 私の心が読まれているのか、それとも、馬鹿正直に顔に出ていたのか。多分後者と思う。


 メインの料理が運ばれてきた。これは鶏肉の香草焼きという物らしい。何種類もの香草と香辛料を使って味と香りをつけた鳥の脚をじっくりと焼き上げたももだと説明された。骨付きの大ぶりな肉だったのだが、セシルが上手に切り分けてくれた。


 パリっと焼けた皮と肉汁の溢れる柔らかい肉は本当に美味しかった。香りも良く、ピリリと辛い香辛料のアクセントも効いていた。


「これは良い鳥を使っているね。産地はどこ?」

「中央山地のマリエル産、品種は黒のランドロ種との事。肉質を柔らかくするために飼育を工夫したモモ肉を調理しております」

「野生種ではないんだね」

「はい。野生種は肉質が硬いものが多く供給が不安定な為、定期的な仕入れを行っておりません」


 父の質問に応えていたのは、あの色黒の逞しい女性だった。


「なるほど、君の名は?」

「ディアーヌ・ミュレと申します」

「これからもよろしく頼むよ」

「ありがとうございます。ご主人様」


 父に礼をしたディアーヌは本当に逞しかった。腰や脚はしっかりと筋肉質で、大きなお尻も全部筋肉じゃないかって位で、もちろん腕も肩もムキムキで逞しくて、それでいて胸元はビックリするくらい飛び出ていて、あの豊かな胸も筋肉でできてるんじゃないかって思えるくらいだ。


 背が低くてやせっぽちで、お尻も胸元も貧相な私とは全然違うその体にちょっと見惚れてしまった。レスリングならスマートなBBさんよりも強そうな気がする。


 私はその柔らかく味わい深い鳥のモモ肉を堪能した。本当に美味しい肉だと思った。私が大体食べ終わるのを見計らってお父様がお話の続きを始めた。多分、ボレリ家が抱えている特殊な事情の事だと思う。


「もう気付いていると思うのだけど、我が家は大変な資産を有しているんだ。おかげで誘拐などの危険が常に付きまとっている」

「誘拐ですか?」

「そう、誘拐だ。金銭が目的の営利誘拐もあれば、政治的な動機によるものもあるだろう」

「それはもしかして私が?」


 お父様は静かに頷いてくれた。これで全てが繋がってしまった。どうしてBBさんのような人が、私の通学に付きっ切りになっているのか。金属製の自動人形であるセシルが四六時中、授業中でさえ私の傍にいる理由がわかった。


 これは怖い。何か心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖が心の中に溢れて来た。


「すまないね、シルヴェーヌ。怖いかもしれないが、納得してほしいのだ。今、君が置かれている状況は非常に厳しいと思う……」


 父の話は続く。

 私の父、ボレリ少将は政治的にも経済的にも批判されているというのだ。そもそも、我がシュバル共和国は万人が平等であるという社会主義に基づいて運営されている国家だ。それなのに一部の特権階級が栄華を極めている現状を非難し、その資産を公平に分配すべきだと主張する共産主義的原理主義を唱える左翼集団がある。また、伝統的な宗教の復活とパルティア王国の復権を推進しているパルチザン集団もある。彼らは旧アラド自治州、即ち、古パルティア王国の時代から続く懐古主義者らしい。


 そして、我が国と軍事的対立を強めている東方のグラファルド皇国は、アルマ帝国とのつながりが深い国家だ。反社会主義を謳い、我が国の無宗教政策に対して常に反対を表明している。


 我がシュバル共和国には三つの反政府勢力が存在している。つまり私は、反国家勢力と営利目的の反社会組織……マフィアという言葉を初めて聞いた……に狙われている可能性があるという事だった。


「ビックリさせたようで申し訳ないのだが、今の話はシルヴェーヌが狙われるかもしれないという仮定に基づくものだ。犯罪やテロ攻撃の予告を受けた事も無いしその兆候もない。大仰かもしれないが、私はその万が一の事態を招かぬように配慮している。怖い思いをさせて申し訳ないが、そういう事情があると理解してほしい」

「わかりました」


 これがいわゆる〝ドン引き〟というものなのだろうか。自分の置かれている状況がこれほどまでに深刻だったとは夢にも思わなかった。これは受け入れるしかないだろう。私にはセシルが付いているから大丈夫だと、自分自身に何度も言い聞かせた。

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