第8話 ハウススチュワートのBBはやっぱり気遣いの人だった。

 帰りの馬車の中で、私はミレーヌから貰った匂いガラスを眺めていた。透明感があってキラキラ光っていて、そして柑橘系の香りがする不思議なかけらだ。今度の女子会には、三人がもっと多くの物を持ってきてくれると言っていた。何を持ってきてくれるのか興味は尽きないのだが、自動車とか飛行機の写真や部品などを貰っても、私には理解できそうになかった。


「シルヴェーヌ様。私にも拝見させていただけますか?」


 突然ハウススチュワートのBBブライアン・ブレイズさんから声を掛けられた。長身で黒髪。色白で細面。細くてきりっとした目元。今さらだがBBさんは結構イケメンさんだった。私はちょっと俯きながらハンカチに乗った匂いガラスを渡した。


「ほう、珍しい。これは匂いガラスですね。航空機の風防に用いられているもの。クラスのお友達から?」

「ええ、そうです」

「初日からお友達ができましたね。大変良い事です」


 それは良い事なのだろう。でも、明後日の女子会についてはどうなのだろうか。セシルは問題ないと言っていたのだが、不安はあるので彼に聞いてみる。


「それで、次の休日に、そのお友達を、三人なのですが、私の部屋に招待してもよろしいのかと、セシルの提案だったのですが、お父様の承認もなく大丈夫なのかと、少し不安になったのですが」

「ははは。問題ありませんよ。セシルは良い提案をしましたね。後はですね。シルヴェーヌ様よりご当主様へ一言、ご報告されればよろしいかと」

「本当ですか? それだけで許されるのですか?」

「何度も言いますが問題ありません。そもそも、子供がお友達の家に遊びに行く事にいちいち許可を求める親などいませんから」


 そうなんだ。普通は自由にお互いの家を行き来できるんだ。セシルの方を見つめると赤い目を点滅させながら頷いていた。


「そうですね。屋敷の警備の問題もありますから、お友達の送迎は私にお任せください」


 送迎はアリソンに断られたはずだ。自動車を用意するからと。


「あの、送迎は断られたのですが」

「大丈夫。後ほど書簡を送りますので納得してもらえるでしょう。それとセシル、昼食会でよろしい?」

「そのつもりです。昼食と歓談。午後のお茶の後に解散という流れで」

「では、飲み物やおやつの準備はセシルにお任せします」


 優しい笑みを浮かべるBBさんにセシルが頷いている。何だか勝手に事を進められているような気もするが、私は何もできそうにない。ここはセシルとBBさんに全て任せるのが正解なのだろう。


 しかし、BBさんがみんなの送迎を強行したのは何か理由があるのだろうか。朝、馬車の中で彼が私の護衛だと言っていた事に関係するのだろうか。


 少し考えてみたがさっぱりわからない。難しい事は任せておこう。私が余計な口を出さない方がいいと思う。


 そんな事を考えているうちに馬車は自宅へと到着した。相変わらず広い。正門から屋敷の玄関までの距離は300メートルくらいある。正直な話、さっきまでいたフランソワーズ女学院よりも広い敷地なのではなかろうか。どれだけお金持ちなのか想像もつかない。


 そして相変わらずのメイドたちだ。十数名もいる彼女達は玄関に並んで私を出迎えてくれたのだ。


「お帰りなさいませ」


 馬車を降りた私に対し、一斉に挨拶をする。その中を悠々と歩くセシルに手を引かれ、私は汗をかきながら必死でついて行った。私は童話のお姫様か何かなのか? 自分が置かれている立場が何なのか、疑問しか湧いてこなかった。


 部屋に戻ってから、制服からドレスに着替えさせられた。もちろん、セシルが手伝ってくれたのだが、このように着飾る理由がわからない。今から何かの晩餐会でもあるのだろうか。


「今日の夕食はお父様とご一緒です。学校であった事、お友達ができた事、次の安息日にそのお友達を部屋へ招く事、それらをご報告なさってください」

「わかりました」


 家族で食事をするにも着飾る必要があるという事か。中々手間がかかる家だ。どこかの王族や貴族の様な暮らしなのだろうか。


「その時に、ボレリ家の現状を質問されるのがよろしいでしょう。このようなお屋敷に多くの使用人が存在している理由など、疑問に思っているでしょう?」

「はい、そうです。しかし、お父様に質問は許されるのでしょうか?」

「もちろんです。遠慮せずに質問なさって下さい」

「わかりました」


 やはりセシルは頼りになる。私は不安で一杯になった胸に手を当てながら頷くだけだった。


 それからしばらくして、私は一階の広間へと案内された。迎えに来たのは浅黒い肌の体格の良い女性だった。


 私は十数名が会食できそうな長いテーブルの右側の真ん中に座らされた。左隣はセシル。向い側の席は誰も座っていないのだが、ナイフやフォークが用意されているので、そこにお父様が座るのだろう。


 しばらくしてお父様、モーガン・ボレリ少将が制服を着たまま広間に入って来た。


「遅くなってすまない。待たせたね」


 セシルが立ち上がったので私も立ち上がった。


「お帰りさないませ、ご主人様」

「お帰りなさいませ、お父様」


 セシルの挨拶に続いて私も挨拶する。タイミングが少し遅れてしまった。


「堅苦しい挨拶は不要だ。さあ、かけなさい。食事の用意を」


 お父様のその一言で周囲のメイド達が素早く動き始めた。スープやサラダ、焼き立ての香ばしい香りがするロールパンなどが運ばれてきた。


「ところでシルヴェーヌ。学院の方はどうだったかね。馴染めそうかな」


 横からセシルが突いて来た。私は心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、お父様に説明を始めた。


 勉強に関して文学は大丈夫だったが数学や科学の授業は難しかった事、初日から三人の友達ができた事などを説明した。


「おお、初日から友達ができたのかい。それは良かった」

「それでお父様にお願いがあります。そのお友達三人を今度の安息日に、私の部屋へ招いてもよろしいでしょうか?」

「何だって? 安息日は明後日じゃないか。それは女子会というのかな?」

「多分そうです」

「良かった。本当に良かった。そういう場合は遠慮なく申し出てくれていいよ。ただし、我がボレリ家はちょっと特殊だからね。せっかく遊びに来てくれるお友達に迷惑が掛からないように、送迎は我が家で行うよ」


 よかった。でも、この家はやっぱり特殊なんだ。その特殊って、どういう事なのだろうか。


「ごめんね、シルヴェーヌ。ちょっと大仰になるけど仕方がないんだ。我が家の事情を簡単に説明しておくね」

「はい」


 お父様、ボレリ少将の説明が始まった。


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