第7話 放課後談話

 午後の授業は二時間あった。数学と科学だ。

 正直な話、私にとって難しい科目だった。さっぱりわからない。


 しかし、目の前のヴァネッサもその前のアリソンも、右前のミレーヌも、特に苦にしている様子はなかった。この三人は成績優秀なのだろう。


 あの、風情も何もない鐘が鳴った後は担任教師からの伝達があり放課後となる。


「ねえねえ、シルたん。何か部活動とかするの?」


 いきなりミレーヌに質問された。部活動……何の事だろうか。


「突然質問しても返事できないだろ。ああ、部活動というのは、放課後に自分の好きな事ができる課外活動の事だ。スポーツしたりする運動系とか、絵をかいたり音楽を演奏したりする文化系とか、色んなの部活動がある。シルたんは何か好きなスポーツとかあるの? それとも音楽をやりたいとか?」


 アリソンが説明してくれたので何となく理解できた。勉強以外のスポーツとか芸術とかの活動をするらしい。でも、私は勉強だけで手いっぱいだと思うし、他にやりたい事なんてあるのかどうかさえわからない。


 私は黙って首を横に振る。


「じゃあ。シルたんは私たちと同じ帰宅部。仲良し四人組って事だね」

「帰宅部?」

「ああ。部に入ってない人を帰宅部って言うんだ」


 帰宅部……良い感じの洒落だと思うのだが、何だか恥ずかしいような気もする。


「そうだなあ。男の子は体育系の部活動をやって軍の士官学校へ行くのがエリートコース。その次が科学系の大学から科学のエリートへと進む事が人気ね。経済系や政治系は出世するのに時間がかかるらしいので人気はない」


 アリソンの説明だ。士官学校……父が校長と務めているという学校がエリート頂点を目指す者の登竜門なのか。ならば、女性はどうなのか。


「女性はどうかと思っているのか?」

「ええ。理想の女性像、将来あるべき女性像はどうなの?」


 私の質問にアリソンは頷きながら答えてくれた。


「我がシュバル共和国は基本的に男女同権。だから先ほど説明した男子と同じコースを歩むことができる。実際、軍の高官になったりパイロットとなっている女性もいるしね。政治家や実業家をやっている女性もいる。しかし、パルティアは元々保守的な国だったんだ。元々が女性は家庭を守る存在だとの考え方が強い。革命後、共和国となってからもそうだったんだ」


 ヴァネッサが頷きながら話し始めた。


「だから、多くの人命が失われた栄誉革命後に共和国の復興にも役立ったんだって。やっぱりさ、人口を回復するためには女が子供をバンバン産むまないとね。子を産み育てることが女の大事な仕事なんだよ」

「でもね、昔の話なんだけど、古パルティア王国の時代には魔法使いみたいな精霊の歌姫がいたんだって。精霊の歌を奏でて奇跡を呼び込む救世主だったって。精霊の歌姫は女しかなれなくて、相当な高い地位だったって。国王陛下よりも上かな」


 ミレーヌの語った言葉……精霊の歌姫……この言葉が何故か胸に突き刺さる。懐かしい痛みを伴って。


「おい、ミレーヌ。その話はダメだ」

「学院じゃ語れないよ。宗教の話になるから」


 咄嗟にアリソンとヴァネッサが突っ込みを入れた。そうなのか。古王朝時代に存在したという精霊の歌姫とは、宗教的な存在だったのか。父はそのような事実を語ってはくれなかった。


「ごめん、シルたん。今の話は忘れて頂戴」

「ごめんね」


 ミレーヌが申し訳なさそうに頭を下げた。彼女と一緒にヴァネッサも謝ってくれた。旧パルティア王国と精霊の歌姫に関する事を語るのがタブーなのか。


「大丈夫です。でも、私としては、その話をもう少し詳しく聞きたいのですが」

「あれ?」

「え?」

「嘘でしょ?」


 私の唐突な申し出だった。三人とも虚を突かれたのか、どう反応していいのかわからないみたいだった。


「ごめんなさい。無理ならいいです」

「無理じゃないよ。じゃあ、今度のお休みの日に来ちゃう? 私の家」


 今度はミレーヌの唐突な提案だ。アリソンとヴァネッサも乗って来た。


「次の安息日は明後日ね。私たちも一緒でいい?」

「そりゃ楽しみだな。久々のお泊り女子会しちゃおうか」


 お泊り。

 女子会。


 何だか心がウキウキしてくる。これはミレーヌの自宅にみんなで泊まりに行くという事なのか。しかし、私も参加していいのかどうかわからない。セシルの方をチラリと見たら、赤い目を点滅させながら頷いてくれた。


「シルヴェーヌ様が皆様方とのの親交を深める意味でも女子会の開催については賛成いたします。しかしながら、シルヴェーヌ様はまだ病み上がりでございます。泊まり込みはお体の負担が重いと思われますので遠慮させてください。もしよろしければ休日の午後、シルヴェーヌ様のお部屋にて開催させていただきます。ミレーヌ様、これでいかがでしょうか」


 セシルからの意外な回答だった。私の家、私の部屋でそんな事をしてもいいのか。私はびっくり仰天してしまって、口をぽかんと開いたまま固まってしまった。


「行きたい。シルたんの部屋」

「私も!」

 両手を上げて喜んでいるのはミレーヌだ。その隣でヴァネッサもそして怪訝そうな表情のアリソンが口を開く。


「しかし……良いのか? ボレリ家は石油で知られる富豪だぞ。私たちみたいな庶民が踏み込んで大丈夫なのか?」

「問題ありません。迎えの馬車を用意いたしましょう」


 三人が顔を見合わせる。セシルの提案が何かとんでもない事であるかのようだ。


「ええっと、ご心配には及びません。私たちで何とかします」

「接待される立場じゃないです」

「私の親父に自動車を用意させるから、だから迎えの馬車なんかいりませんから」


 焦って話すアリソンの言葉にヴァネッサとミレーヌも頷いていた。馬車で迎えに行くというのは、どうも身分の高い人に対する礼儀のようだった。

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