第6話 教室でお弁当なのです
ガラーン。
ガラーン。
何とも風情の無い鐘の音だ。これが授業が終わる合図なのだろうか。
「はい。では文学の授業はこれでお終いです。アリソンさん、ヴァネッサさん、ミレーヌさん。シルヴェーヌさんをお願いね」
「了解しました」
「はーい」
「うひゃあ。お願いされちゃったあ」
私の前にいる三人だ。クラスの中では大人びているアリソン。良識のありそうなヴァネッサ。そして何とも鷹揚なミレーヌの三人だった。
「ねえねえ。今からお昼だけど、お弁当一緒に食べよ。持ってきてる? 無ければ私の半分あげる」
何やら大きなバスケットをドカンと机の上に置くミレーヌだった。セシルは頷きながらもこじんまりとしたバスケットを取り出す。
「お心遣いありがとうございます。シルヴェーヌ様の昼食は私が用意しておりますのでご安心ください」
「そうだよね。普通は持って来てるよね。午前中我慢して損しちゃったかも」
「いわゆる早弁用の大型お弁当箱でございますか? いえ。食欲旺盛な事は非常に結構な事だと存じます。ミレーヌ様」
「あ、セルちゃんに褒められた? あはは」
「バカ。嫌味を言われてんだよ。女のくせに大食いだって。栄養は全部そのバカでかい胸が吸収してるってさ。ぷぷぷっ!」
「アリソン。それは言いすぎだ。ミレーヌのおっぱいは確かに異次が違う爆乳だが、お腹もお尻もたぷんたぷんだぞ」
「ネッサちゃん言いすぎだよ。私だって傷つくことあるんだよ」
「そうかな?」
三人ともに何と明るいのか。私は彼女達のやり取りを眺めながら噴き出しそうになったのを必死にこらえている。脇を見るとセシルも笑いをこらえているような……自動人形なのに。
「さあ、バカやってないで食べようぜ。机をくっつけるよ」
アリソンとヴァネッサ、ミレーヌの三人が私の机の周りに机をくっつけて一つのテーブルのようにした。セシルも一緒だ。
アリソンのお弁当は薄くスライスしたパンにハムと野菜を挟んだサンドイッチ。ミレーヌのお弁当は沢山のロールパンと野菜やウインナーなどが詰め込んであったが、三人前くらいの量はあると思う。そしてヴァネッサのお弁当は……白いお米なのか? あまり見かけない。食べた事はあるような気がするけど、もちろん覚えていない。
「シルたんのお弁当、綺麗! ね。本物のシェフが作ったの?」
私のお弁当はサンドイッチの詰め合わせだったが、パンのカットの仕方や盛り合わせ方など手の込んだものだ。何と答えてよいのかわからない私はセシルを見つめる。
「ボレリ家での食事は専属のシェフが調理いたしますが、シルヴェーヌ様のお弁当は私が用意いたしております」
「セルちゃんが作ったの?」
「凄い凄い。食べるのがもったいないくらい綺麗だよ」
私はセシルと彼女が作ったお弁当を交互に見つめる。自動人形なのにこんなに料理ができるなんて。いや、確かに家事機能に特化してあるとの話だったが、だからと言ってこれは凄すぎるだろう。そもそも彼女は千年以上も稼働しているという古参の自動人形なのだ。いや、古参だからこそ手の込んだ料理もできるという事なのか。
帝国製の自動人形。この凄まじいパフォーマンスに私は感嘆するしかなかった。
周囲には私のお弁当を見ようと人だかりができていたのだが。
「さあ、みんな席に戻って。じゃないとシルたんが食べられないよ」
「そうだぞ。さあ自分の席に戻れってんだ」
アリソンとヴァネッサのお陰で私の周りはようやく落ち着いた。しかし、ミレーヌだけはお構いなしに自分のお弁当をバクバクと食べていた。
「じゃあ食べようか。改めて自己紹介するよ。私はアリソン・ポワリエ。父は内燃機関の開発者です。自動車とか二輪のオートバイが大好き」
銀髪ポニテのスリム美女は自動車とオートバイが好き? 彼女、かなり趣味が偏ってないかな?
「私はヴァネッサ・ベルクール。私の家は服飾関係の仕事をしています。コスプレ衣装を作るのが趣味です。それで、可愛い女の子が好きです。シルたんは物凄く可愛いから大好き」
色黒で丸い眼鏡をかけている地味な少女。黒髪を三つ編みにしてお下げにしているのも地味な印象に拍車をかけているのだが、いわゆる百合方面が好みの女の子なのかもしれない。
「ほら、ミレーヌも自己紹介」
「う、うん」
もぐもぐとパンを頬張りながらミレーヌが頷く。彼女は黄色系の肌と茶色のショートヘア。丸顔でぽっちゃり系で、まあ見事な巨乳である。羨ましい限りだ。
「私はミレーヌ・フォーレです。ちょっと食いしん坊で、ちょっとぽっちゃりしてるけどミリオタなのです。ウチのお父さんは航空機メーカーで翼の設計をしています」
意外な自己紹介だった。女性でミリタリー系の趣味があるのは珍しいかもしれない。
「シルたん、驚いたでしょ。こいつはさ、酷いミリオタでいつも意味不明な事をブツブツ言ってる。機関銃のプロペラ同調装置がどうのこうの、排気式過給機がどうたらこうたら、成形炸薬弾のあれやこれや。まあ、自分の世界に浸っているだけだから大目に見てやってな」
「専門用語をちゃんと言えるアリちゃんもすごいよ」
「いやあ、全部受け売り。意味分かんねえんだよな。あ、そうだミレーヌ。アレ、持ってきてくれた?」
「あるよ」
ミレーヌがポケットの中から透明な破片を三つ取り出した。
「これこれ、匂いガラスって言うんだ。航空機の風防に使ってる合成樹脂。布で擦ると柑橘系の匂いがするんだよ。三個持ってきてよかった。これ、シルたんの分」
ミレーヌから透明な小さいかけらを一つ貰った。
私はハンカチでそのかけらを擦ってみた。そして匂いを嗅ぐ。
本当に柑橘類の匂いがした。
「凄い。いい香りがする」
「でしょ。珍しいから大切にしてね」
「うん。大切にする」
初めて出会ったクラスメイトから偶然もらった小さなプレゼント。
私は嬉しくて仕方がなかった。だから、恥ずかしかったけど勇気を出した。
「ミレーヌさん。私とお友達になってくれますか?」
「もちろんだよ。今日からシルたんは私のお友達。アリちゃんもネッサちゃんもね」
「ああ。シルたんがよければな」
「私たち、お友達だよ」
「ありがとうございます……」
私はハンカチで涙を拭きながら匂いガラスを握っていた。
初日からこんな楽しいお友達ができるなんて夢にも思っていなかった。
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