第5話 黒猫と姫君の物語

 

 これは古い物語。故事を脚色した童話ではなかろうか。あらすじとしてはこんな感じだ。


 森に住む少年が王国の姫君に恋をした。

 少年は自分の想いを姫君に告白した。それが叶わないと知りながら。


 しかし、無礼を理由に少年は手討ちにされ命を落とした。


 少年の体は火葬されて灰になった。しかし、彼の意識は王宮にいた一匹の黒猫と同化した。


 黒猫は姫と会話できるようになり、楽しい日々を過ごした。しかし、それは長く続かなかった。姫の婚姻が決まったからだ。


 姫は敵である公国へと嫁ぐこととなった。王国の安寧の為の尊い犠牲として。毎夜泣き崩れる姫の傍に黒猫は寄り添った。姫が嫁ぐその前日まで。


 姫が嫁いでから数年が経過した。

 少年と同化した黒猫は人間と同じ体格へと成長し、立派な獣人の兵士となっていた。黒猫の兵士は槍使いとして名を馳せていた。ある日、王国と敵国である公国との間に戦争が始まった。公国側は嫁いだ姫を人質のように扱い、王国を脅迫した。それで国王は黒猫に命じた。姫を救出せよと。それか叶わぬならば命を断てと。その為の魔法の壺を黒猫に与えた。


 黒猫は公国の城へと向かい、姫が繋がれた牢に忍び込んだ。

 そこで姫は無残な姿となっていた。


 姫は既に視力を失い、また、不自由な体となっていた。しかし、姫は救助に来たのがあの黒猫だと知っていた。


 姫は黒猫に嘆願した。自分の命を救ってほしいと。苦痛から解放してほしいと。

 黒猫は姫の意思を尊重すべく、魔法の壺を使用した。壺の中からは数多の火の精が飛び出し、牢の中の姫と黒猫を焼き尽くした。そして城とその城下の街を縦横無尽に飛び回った。


 公国は城と首都の大半を失い、戦争はそこで終結した。


 物語はここで終わっている。これは……肝心な事が書かれていないと思った。そう、最終的に黒猫の少年と姫君の魂が救われたのかどうか。そこが書かれていない。これは黒猫の少年と姫君の恋愛物語ではなかったのか。それならば、魔法の壺を使って心中したような表現では納得できない。本来なら、天国へ帰った二人が幸福に暮らしたとか、転生輪廻して生まれ変わった二人が結ばれたとか。創作であれば、最後はそんなストーリーで締めくくられるべきだと思う。


「シルヴェーヌさん。読みましたか?」

「はい」


 突然指名されて心臓がドキドキしてしまう。


「本を読むことは問題ないようですね。簡単でよろしいので読後の感想を聞かせてください」

「はい」


 私は立ち上がってヴィヴィエ先生を見つめる。心臓の鼓動は収まる気配はないし、顔も熱くなっている。これは耳まで真っ赤になっているに違いない。更に不味い事に、クラスの全員が私に注目している。


 恥ずかしいのを必死にこらえて私は口を開いた。


「この物語は二つほど省略されているものがあると思います。一つ目は霊魂。二つ目は霊界、もしくは輪廻です」


 途端に教室内がざわめいた。


「霊魂とか宗教の事?」

「輪廻もそうだよね」

「学院で言っちゃいけないって、ママが言ってた」

「再教育されちゃう」


 なるほど。父との対話で気づいていたが、やはり宗教的な内容は授業で扱えない。原典では記載されていた事も教科書では削除されているのだ。


「はい、シルヴェーヌさん。ありがとうございます。あなたの考えている事は先生にもよくわかります。しかし、教室では言ってはいけない事もあります。わかりますか?」

「ごめんなさい。軽率でした」

「謝らなくても結構ですよ。共和国でのルールなので、なるべく従ってください。ところで、シルヴェーヌさんの感想は、二人が心中した結末が嫌だったという事でよろしいのでしょうか?」

「はい。そうです」


 途端に教室のあちこちから「私も嫌です」「シルたんと同じ」などの声が上がる。


「戯曲においては黒猫の戦士クリストフが王国の姫君フランソワーズを救う物語へと脚色されています。文句のつけようがないハッピーエンドですね。我が学院もこの伝説の姫君の名を頂きフランソワーズと命名されたのです」


 なるほど。宗教色を排除して姫君を救う英雄譚として書き直された物語が普及しているのか。しかし、黒猫の獣人とは……我が共和国にはそんな人種はいないと思うのだが。


「先生!」

「どうぞ」


 私の前の前、銀髪のアリソンが挙手をした。ヴィヴィエ先生は頷きながら彼女を促す。アリソンは立ち上がって話し始めた。


「私が気になったのは黒猫の獣人です。私たちのシュバル共和国や前身のパルティア王国においてそのような人種はいませんでした。獣人は我らの大地アラミスには存在しない。しかし、アルマ星間連合の中にはそういう人種が存在すると聞いております。この物語の元ネタはアルマ帝国なのではありませんか?」


 アリソンの言葉に頷くヴィヴィエ先生だ。


「いい質問ですね。元ネタに関しては諸説ありますが、1000年以上前に存在した古パルティア王国の宗教をまとめた詩篇、リーズ詩篇の中の寓話が題材となっているとの説が有力です。それを新パルティア王国時代、1000年前の大戦争、伝説の魔導大戦ですね。その後に成立した新王朝の時代において編纂された説話集の中の一篇です。これは間違いありません。しかし、古パルティア時代に編纂されたリーズ詩篇がアルマ帝国の影響を受けていたのかどうかは不明です。先生個人の意見としては、当時、パルティア王国とアルマ帝国の間では宗教的交流も盛んであったことから、その可能性は十分にあると思っています」

「ありがとうございます」


 銀髪のアリソンが一礼して座った。


「シルヴェーヌさんもアリソンさんも、恋愛とは少し違う意見を出されましたが、みんなはどうなの? もっと、素敵な恋について話したくはないの?」


 途端に何人もの生徒が挙手し、我先にと恋愛について語り始めた。身分差のある叶う事がない恋愛ギャップに萌えるとか、それでも告白する少年にトキメクとか。猫になっても姫に尽くす少年の純愛に打たれたとか。しかし、後世に作られたハッピーエンドの方が好きという意見が多かったのは事実だ。中には悲恋には心中が似合うという意見もあって、そこそこの支持を得ていたのは意外だった。

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