第4話 気さくな学友たち

 学院長から頂いたカバンの中には教科書や筆記用具、紙のノートなどが入っていた。そして、真新しい皮の匂いが心地よかった。


「気に入ってくれたかしら?」

「はい、とても」

「よかった。もし足りないものがあればボレリ少将が何でも買ってくださいます。この際だから、辞書や資料集、娯楽用の小説などもおねだりしてもいいかもしれませんね」

「はい」


 はい、とは言ったものの、学院長の話した内容がどんな物なのかよくわからない。しかし、私が欲しいと思う物はお父様が何でも買って下さるという事なのだ。


「ではヴィヴィエ先生。シルヴェーヌさんを教室にご案内して」

「かしこまりました。さあこちらへ」


 私は立ち上がってヴィヴィエ先生の後に続く。貰ったばかりのカバンを胸に抱えて。


 階段を登って二階へ上がり、そして橋のような廊下を通って隣の棟へと向かう。ちょうど中庭が見下ろせるようになっていて、そこには様々な花が咲き乱れていた。


 そのまま正面の教室へと入った。ヴィヴィエ先生と私とセシルの三人だ。


「みなさん、お待たせしました。今日から一緒に勉強する仲間を紹介します。こちらはシルヴェーヌ・ボレリさん。その隣の自動人形はセシルさんです。セシルさんはシルヴェーヌさんの付き人として、一緒に教室に入っていただきます」


 途端に教室内がざわめいた。

 

「きゃああああ」

「カワ(・∀・)イイ!!」

「可憐です」

「ちっちゃいよ。ロリ系美少女?」

「綺麗な金髪」

「碧眼も可愛い」

「む、胸元が、アレなのがたまりません」


 この反応でわかった。

 私はクラスの中では背が低くて華奢な体形なのだ。そして、胸元は最低ランクの寂しいサイズ。肌の色や髪の色、瞳の色もみな違っていて、私と同じ金髪で青い目の人は一握りしかいなかった。


「自己紹介……できるかしら。名前だけでも」


 ヴィヴィエ先生からそう言われたものの、いきなり大人数の前に立たされた私は固まっていた。喋ろうにもアゴが震えて動かない。


「こちらはモーガン・ボレリ少将のご令嬢で、名はシルヴェーヌ・ボレリです。私は彼女の付き人を務めておりますセシルと申します。尚、私の主人は人見知りが激しく、大勢の方との歓談は不得手でございます。何か御用がございましたら、私、セシルを通じて申し出てください」


 セシルが気を利かせてくれた事にほっとする。しかし、教室内は騒然とした。


「シルヴェーヌちゃん」

「シルたんって呼ぼうよ」

「それ可愛い」

「賛成」

「大賛成」

「セルちゃんは?」

「そっちも賛成」

「シルたんにセルちゃん。もう可愛くて可愛くて死にそう」

「気を保て。失神するな」


 後ろの窓際の席に座っている三人が特にはしゃいでいた。


「はいはい。静かに。シルヴェーヌさんは窓際の後ろの席に。隣の空いている席はセシルさんが使ってください」


 この教室の席は木製で一人用の机と椅子だ。後ろの方にポツンと二つ空いている席があり、先ほどのうるさかった三人はその前に陣取っていた。私はセシルに促されてその席へと向かった。


「シルちゃん、よろしくね。私はアリソン」


 きりりとした鋭い目元。白い肌で銀髪。ポニーテールにしている。身長は高い方でスリム体形だと思う。


「私はヴァネッサよ。シルちゃんみたいなかわいい娘は大好き」


 中肉中背。浅黒い肌に黒髪。三つ編みのおさげにしている地味目な眼鏡女子。年相応に育っていて胸元は結構ある。


「私はミレーヌ。お友達になってね」


 彼女は黄色系の肌でショートヘア。ぽっちゃり系で巨乳だ。これは多分、ヴィヴィエ先生よりも大きいに違いない。


「よろしくお願いいたします。シルヴェーヌ・ボレリです」


 私は三人に一礼してから自分の席に座った。目の前には後ろ向きになった眼鏡っ娘のヴァネッサ。右の前にぽっちゃり系のミレーヌ。ヴァネッサの前に銀髪のアリソンがいた。


 ヴァネッサとミレーヌは完全に後ろを向いており、私を凝視している。アリソンは半身になって私と先生の両方に注意を向けていた。この状況ではとても見つめ返す事などできない。私は仕方なく俯いたままだ。


「はいはい。授業を始めますよ。今日からは古典『黒猫と姫君』です。これは約500年前に書かれた物語です。今では戯曲として数多く上演されていますので、内容を知っている方も多いと思います。こちらは原典に近いと言われている写本が元になっています。やや古い言葉遣いで書かれていますが、皆さんなら大体読めると思います。注意点としては、戯曲はハッピーエンド仕立てですが、原典の方はどうなのでしょうか? さあ、ゆっくりでいいですから各自読んでみましょう。わからない言葉や表現がある方は遠慮なく挙手してください」


 私は教科書の該当ページを開いた。真新しい紙の匂いが鼻先をくすぐる。文字が読めるのかどうか不安はあったが問題なく読めた。先生はやや古い言葉遣いだと言っていたが、私にはそう思えなかった。


 前の席の三人組も熱心に教科書を読んでいた。他の生徒もちろん教科書にかじりついていたが、何人かは挙手をして単語の読み方や意味を質問していた。私はそれらを全て理解していたのだが、何故そんな知識があるのか理由はさっぱりわからなかった。

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