最終話 マリオネットの糸の向こう
僕の作ったマリオネットは美しい。
世界で一番の宝物だ。
しかし、あの日、僕の大切な幼馴染を殺すことができたのもまた、メルディアしかいない――
舞台当日、メルディアはあの、ヘイゼルが落下した瞬間、僕の背後に位置取っていたはずだ。
グレートヒェン役のヘイゼルを迎えに来る、僕の乗った小舟の後ろ側。
操舵する位置にメルディアはいた。
しかし、あのバルコニーから身を乗り出す彼女と見つめ合う瞬間、ほんの数秒だけ、船は桟橋の下をくぐる。
その瞬き、魔法使いが魔法をかける演出で舞台の暗転する間に、跳躍してワイヤーで後頭部を掻ききって落下させることが可能だったはずなんだ。
全てが夢物語のように不可能に思われるけれど、人間を超越した存在である彼女にならそれが可能。ただ、ヘイゼルを殺す理由がないだけだった。
でも、僕は今、その理由を見つけてしまった――
メルディアには、心がある。
僕を侮辱されて怒る心。
初恋の想い人であるヘイゼルを殺す理由――
彼女は、僕を愛しているんだ。
「メルディア……」
今まで、僕は大きな勘違いをしていた。
そも、彼女にとってその非合理な気持ちは、最初は小さな花の蕾のような綻びだったのかもしれない。だが、いつしかそれが大輪となって咲いたとき、メルディアは『心』と共に人間の持つ黒い感情までをも理解することになってしまったのだ。
それが、悪いことだと認識する前に。
愛しい者を独占する他者を悪だと、不快だと、不要だと断定してしまった。
その思考の糸の先が、この結末だったのだ……
すべて、僕のせいだ。
僕は、ほんのわずかな返り血に染まった両肩を掴んで、その胸元に首を垂れた。
「ごめん……ごめんね……気づかなくて、ごめん……」
「マスター……」
「人を殺すのはダメなんだって、教えてあげられなくてごめん。キミの気持ちに気づいてあげられなくてごめん。ずっと傍にいたのに、こんなことになるまで、キミの想いに向き合わなくてごめん……」
人を殺した絡繰り人形を裁く法はない。
しかし、これは僕の責任だ。
「マスター……顔をあげてください。泣かないで。笑ってください。邪魔者はいなくなりました。メルディアは、いい子ですか?」
「ごめん……ごめんね……」
メルディアには、『心』があった。
愛ゆえに、人を殺してしまうほどの独占欲が、執心が芽生えていたのだ。
愛しいヘイゼルを殺したメルディアのことは、憎い。
でも、僕は同時にメルディアのことも大好きだから、この気持ちをどうぶつけたらいいのかわからない。
だって、彼女とは違う意味で、僕も彼女のことを愛しているから。
「だから、こうしよう……」
僕は、胸ポケットから護身用の短剣を取り出した。
「メルディア。僕を殺すんだ」
「!?!?」
メルディアは、首を激しく横に振る。
「できません! そんな……どうして!? できないです、マスター!!」
「僕には、こうする責任がある。もしできないというのなら、僕が先に君を殺すよ。脳内メモリに短剣を突き刺し、その『心』も動作も全てを止める。そうして、僕も後を追う」
「!?」
人形に体温などないはずなのに、彼女が真っ青になって否定しているように見える。
それも、キミが得た『
「できることなら、もっと違う景色を見せてあげたかった。キミに心があるのなら、世界を旅して、色んな喜びを分かち合いたかった。でも、ヘイゼルを殺した僕らにそれは許されないし、許しちゃいけないんだ」
「マスター?」
首の後ろの、脳内メモリにつながる神経回路に手を伸ばし、抱き寄せるようにマスターが私を包み込む。
その温もりが、幸せだ。
「時よ止まれ、か……ファウストは、どんな気持ちでこの言葉を紡いだのかな?」
僕はメルディアの
「メルディア、愛してる」
「!」
「キミも、僕のことを世界で一番に想ってくれている。こんなに嬉しいことはない。今、この瞬間が、永遠になればいいのにね。いや、僕らの手で、この瞬間を永遠にしてみせよう……」
そうして、マスターは微笑みました。
いつもと変わらぬ、柔らかい笑みで私の神経を引きずり出して。
「ずっと一緒だよ。メルディア」
そうして、マスターの血で染まった私の視界は、徐々に色を失って、最後には何も見えなくなってしまった。
マリオネットの、紅く染まった糸の先――
そこに確かに、『愛』はあったのだ。
Fin
あとがき
絡繰り人形は恋をするのか?というテーマの短編でした。
おはずかしい話ですが、睡眠時に見た夢をモチーフにそれを言語化できないか試した作品でもあります。(今回は、絡繰り人形がヘイゼルを殺害するシーン)。
なので、きちんとまとまっているか自信はないのですが、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
マリオネットの紅い糸 南川 佐久 @saku-higashinimori
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