第3話 心を持った人形
初恋の幼馴染を殺され、僕はその犯人探しに奔走した。
役を取られて彼女を妬んでいた女優、しつこい男性ファン、彼女を主演に抜擢した歌劇のスポンサー……怪しい人間はすべてしらみつぶしにあたっていった。
とはいえ、警察でも探偵でもない僕にできることなど限られている。
その人の自宅を訪ねて、事件当日のアリバイを調査。実際にヘイゼルに手を下せる状況だったのかを確認する程度だ。
その中でも特に怪しいと思われたのが、ヘイゼルが落下したバルコニーの真正面にあたる二階席に陣取っていた男性ファンだ。
ヒロイン役のヘイゼルが、月を眺めて恋人への想いを歌うシーンを最も良い位置で鑑賞できる席。それは同時に、彼女と同じ高さにあって犯行が可能なのではないかということを意味する。
郊外の屋敷に居を構えていたそいつを訪ねると、「その件については話し疲れたよ」とげっそりした表情で男がでてくる。
ジョンと名乗ったその男は、ヘイゼルが無名な頃からの熱心なファンで、彼女の死を辛く思っていると述べていた。ただ、その愛情の分だけ振り向かれないことへの恨みも多かったのではないかと僕は睨んでいる。
「次から次へとなんなんだ! 僕は感傷に浸っていてそれどころじゃあないのに。彼女を失った悲しみをどう癒せばいい!? 貴様はあの舞台で主役をしていた男だろう? ああくそっ。彼女と共演するという名誉を得ておきながら、何も得られない僕を蔑みに来たのか!? 僕には彼女しかいなかった! だというのにこの仕打ちは何だ!?」
激昂するジョンは、僕の外套を引っ掴んで狂気の声をあげる。
「お前、お前ぇ……! ハインリヒ! 役者でありながら見目麗しい機械人形を何体も生みだし、人から尊敬されて名誉もある! そんな奴が今更僕になんのケチをつけようって――!」
「やめなさい! マスターを侮辱するなら許しませんよ!」
一緒に来ていたメルディアの制止に、ジョンは目を丸くして口角を歪める。
「ああ、ああ……なんでも持っている奴はいいよなぁ。ヘイゼルが幼馴染で、おまけに美人な機械人形を何体も侍らせて――! なにが芸術家だ! 理想の少女をその手で作りだすのはそんなに気持ちがいいものなのか? 俺にも一体寄越してくれよ。その人形を俺にくれるっていうなら、当日に何があったか話してやってもいいぜ?」
渇いた嗤いでそう漏らすジョン。
メルディアは、その言葉に恐怖で背筋が震えそうになった。
今のマスターは復讐の為に生きている。
ヘイゼルの情報を得る代わりに、人形である自分を売り飛ばすことなんて造作もないだろう。
だって、人形は手放してもまた作り直せばいいだけだから――
「マスター……」
伺うようなガラス玉の瞳に、愛しい主人の影が映る。
「メルディアは、あげられない」
「なんだよ、なんだよ!? 沢山持っててまだ独占したがるのか!?」
「僕の手元にいる絡繰り人形はこの子だけだ」
「はは! 口ではなんとでも言えるだろ! 認めろ! お前は強欲で、庶民の俺のことを蔑んで憐れんで、その不幸を楽しむためにここに来たんだってなぁ!」
「…………」
話にならないな、と諦めたように口を閉ざすマスター。
しかし、メルディアには我慢がならなかった。
手首の関節を取り外し、神経回路の代わりに通されたワイヤーを自在に操ってジョンの首元へ糸を張る。
「訂正なさい。マスターは、他者を蔑んで快楽を得るような外道ではありません。謝罪を」
「あンだとぉ……?」
「謝罪を!!!!」
「うっせぇな、この人形風情が……!」
ジョンが拳を振り回す。
メルディアは、それをひらりと躱すとワイヤーでその首を掻き切った。
目の前を舞う血飛沫に、僕は言葉を失ってしまう。
「せっかくのドレスが汚れてしまうのは困ります」と言って、高く跳躍し、ワイヤーで首を斬ったメルディア。
その純粋さ、非情さ、人間を超越する身体能力……
どれをとっても、僕の頭には最悪の事実が浮かんでしまう。
「マスター? 大丈夫でしたか? 外套に血は……」
ああ。なんだこれは。
僕は悪夢でも見ているのか?
無垢な眼差しで僕を心配する彼女には、殺意の気配と同時に首を搔き切るだけの非情さがあった。
人を殺すことを悪と教えなかった僕がいけなかったのだろうか。
絡繰り人形が人を殺す――
しかも、主の指示もなく。
こんなこと、前代未聞の出来事だ。
その瞬間、悲しいかな、僕は理解してしまった。
メルディアには、確かに『心』がある。
(ああ、神よ。僕の願いは、叶っていたのですね……)
――いつか、心を持った人形を作りたい。
メルディアに、心というものを教えたい。
僕は、静かにメルディアを見つめる。
「キミだったんだね、メルディア……」
ヘイゼルを、殺したのは。
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