第4話 他にできること?

 屋敷にある書斎として使われている部屋には私とリンガ様の二人。

 テーブルにはメイドさんがいれてくれた紅茶がいい匂いをさせながら端に置かれている。

 

「まず大前提に、竜語って竜達が使う言葉だから細かいニュアンスとかは無いから。言葉も豪快なんだ。例えば雄叫び上げて『グルルルルアア』っていうでしょ? これは、怒ったぞぉぉとか、ぶち殺すぞぉぉとかそういう意味なわけ」


 首を傾げながら聞いているメイサ。


「なるほどぉ。じゃあ、『グル』という言葉が怒ったっていう意味とかではないんですね?」


「そうだねぇ。だいたい『グル』っていう言葉は使うんだけど、長さとかで威嚇してるかどうかが決まるんだ。『グルルルルル』ってなったら威嚇してるから、怒ってるとか言う意味になるの。だねど、『グルァグルグルルァ』とかなると、何やってんだ?とかっていう言葉になるんだ」


「へぇぇ。なんか凄いですね。奥が深そうですねぇ」


 顎に手を当てて考え込んでいる。


 言葉の長さ、そしてその場の雰囲気とかで言葉の意味がかわるのだろうか。

 それだと口調の強弱でも意味が変わってきそうだ。

 

「難しいですね」


「でしょ? 難しいよね?」


「はい。とても」


 何やらリンガ様がニヤニヤしている。


「どうしたんですか?」


「いや、なんかシルマの為にそんなに頑張ってくれて嬉しいなと思ったんだ。メイサ、ありがとう」


 いきなり頭を下げたリンガ。

 それに慌てて立ち上がりメイサは身を引く。


「そんな! 頭なんて下げないでくださいよ! 困ります!」


「いや、シルマは寂しいやつなんだ。人は俺達が活躍すると俺を称えてはくれるが、シルマを称えることは無い。俺がいくらシルマのおかげだと言っても、謙遜するなと言う」


 その場面にシルマ様が居たらと思うと胸が締め付けられる。

 シルマ様だって頑張って困難に立ち向かったんだろうに、リンガ様だけ称えるなんて。人間はなんて愚かなのかしら。


「可哀想に。シルマ様」


「そう言ってくれたのはメイサが初めてじゃないかな。だから、シルマもメイサといたくなったんだと思うんだ」


 そんな事を言われると嬉しくて舞い上がってしまいそうになる。

 私が寂しい思いはさせないようにしようと心の中で誓うのであった。


「私、頑張ります!」


「あぁ。俺もできる限り、分かりやすいように教えるから」


「お願いします!」


 最初だからと二時間ほど一緒に勉強して竜語への理解を一歩進めたのであった。


 勉強が終わるとまた暇になってしまった。

 近くにいたメイドに何か私に手伝えることはないか聞いてみる。だが、返事は「させられません」だった。


 したいのに困ったなぁと思っていると、初日にいたメイド長が声をかけてくれた。


「どうしました?」


「あのー。竜語の勉強が一段落したら暇なので、私に出来ることがないか探していたんです」


「そういう事でしたか……では、こんなのはどうでしょう────」


 メイド長の提案にのって私がやってきたのは中庭である。


「フッ! フッ!」


 私が始めたのは腕立て伏せだ。

 そう。筋肉トレーニングをしたほうがいいと言われたのだ。

 メイドはみんな日々ノルマを達成しながら自分達の仕事もこなしているんだとか。


 額を滴が流れていく。

 一回はよかった。二回、まだいける。三回、もうダメ。

 私は今、うつ伏せで倒れていた。


「うぅぅぅ。こんなのできないよぉ」


 仰向けになり空を見上げる。

 そしてそのまま上体を起こした。

 これもメイド長に言われたメニュー。


 一回はよかった。二回、まだいける。三回、もうダメ。


「お腹……痛い……」


 また仰向けに倒れた。

 すると、シルマ様が不思議に思ったのか私のいた中庭に来てくれた。

 

 私の身体に鼻をスリスリしてくる。

 私もお返しとばかりに鼻をスリスリと撫でる。


「ウルルグルァ?」


「なにしてるんだ?って聞いてるんですか?」


 シルマ様は目を見張って固まった。

 なぜ分かるのかと不思議に思ったんだろうか。

 コクリとシルマ様が頷いた。


「暇だから何かやることがないかとメイド長に聞いたら、鍛錬をしたらどうかと言われたんです。この屋敷には戦える人ばかり。号に入っては郷に従えという言葉があります。私はこの家の一員になりたい」


 シルマ様の鼻を撫でながらそう口にする。


「もうこの家の一員だろ?」


 後ろから声を掛けてきたのはリンガ様だった。


「うーん。どうなんでしょうか。なんか居させてもらってる感が強くて。まだ一日しか経ってないから当然なんですけど、どうやったら馴染めるかなって……」


「それで鍛錬を?」


「そうすれば馴染めるかなって」


 建物の中から中庭に下りてくるとメイサに歩み寄ってきたリンガ。

 頭にポンッと手を乗せるとワシャワシャと乱暴に撫でた。


「初めから気負いすぎなんだよ! 何でもやろうとするな! メイサは俺とシルマに気に入られたからここに居る。誰も嫌いになんてなりゃしない。メイサのままでいいんだぞ?」


「はぃ。ありがとうございます」


 近づいてきたリンガ様は少し汗の香りを漂わせていた。リンガ様も鍛錬をしていたみたい。


「俺も身体動かしてたんだ。今度から一緒にやるか? 俺からしたら目の保養にもなるし?」


 目線の先を見ると私の胸を見ていた。


「んー。そう言ってもらえるなら一緒にやりましょう? 嫁に来た身です。何をされても構いません」


 リンガはクシャッと顔に皺をつくり、太陽のように笑った。


「まぁ、メイサが嫌なことはしねぇよ」


 またワシャワシャと頭を撫でるのであった。

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