綺麗にしないと


 心霊スポットとして有名な、とあるトンネルで肝試しを行った時の話である。

 参加者は私含めて三人。夜になってから一人ずつトンネルに入り、トンネルの向こう側で全員揃うまで待つ、というものだ。

 かなり単純なものだが、トンネルが山の中にあることもあり、中々怖い。

 順番は私が一番最後だった。

 百均で買ってきた懐中電灯で中を照らしながら、怪物の口のようなトンネルに足を踏み入れる。

 トンネルの内部は数メートル毎に電灯が点いているが、その多くがちかちかと点滅しており、外よりも明るいとは言えない。

 トンネルは中で大きくカーブしており、その距離を見誤って事故がよく起こっている。それが、このトンネルが心霊スポット扱いされる原因の一つだ。

 ちょうどそのカーブまで差し掛かったときだ。

 私は電灯の下に、人の姿を見た。

 それは四十代半ばくらいの、背の低い男性のようだった。

 男性はなぜかトンネルの壁に向かって、ぶつぶつと呟いていた。

 正直、気味が悪い。肝試しなんてやっている最中だし、そんな事とは関係なく、どう見ても危ない人のようにしか見えない。

 通り過ぎないで一旦戻ってしまおうか、とも思ったが、戻っても誰も居ないし、恐らくは全員これを見てなおトンネルを潜り抜けたはずである。

 一人だけギブアップするようで癪だし、可能な限り刺激しないようにして隣を通り過ぎる事にした。

 音をあまり立てないように歩いて近づいて行くと、見たくないと思っても男が何をしているのか目に入ってしまう。

 男はモップのようなものを持って、トンネルの壁に擦りつけていた。

 掃除――にしか見えないが、こんな時間に、なんで一般人がトンネルの壁を掃除しているのかがさっぱり分からない。

 気にしてはいけない、と思っていても、こんなものどうしても気になるに決まっている。

 真横までまで来て、私は男が何を洗っているのかを見た。

 それを見て声を上げなかったのは、奇跡だと思う。

 男がモップをかけていたのは、黒いシミ……恐らくは乾燥した血液だったのだ。

 私は走ってそのトンネルを駆け抜けて、先に待つ二人に合流した。

 合流した二人に、あの男性について話をしたところ、二人はそんなものは見なかった、との事だった。

 私だけが見てしまったあの男性は一体何者で、なんでトンネルを掃除していたのだろう。

 手がかりと言えるのは、私が隣を通るときに聞こえた、あの男性の呟きの内容くらいだろう。

 あの男性はトンネルの壁にモップをかけながら、延々と、綺麗にしないと、綺麗にしないと、汚しちゃったから、綺麗にしないと……と、ずっと呟いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掌編ホラー2023 下降現状 @kakougg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ