別れ


 ある、夏の日の事だ。

 私は交差点で、信号待ちをしていた。待っているのは私の他に数人。何もせずとも汗ばんでくるような日差しの下で、短い影を皆引き連れていた。

 私の前に居るのは、若い女性だった。長い髪をしており、仕事の途中なのかスーツを着ていた。

 そうして待っていると信号が変わり、皆が歩き始めた。

 当然、私の前で信号待ちしていた女性も歩き始めた。

 私はそれを見て、ぎょっとして、足を止めてしまった。

 女性自体は何もおかしいところはなかった。

 問題は、女性の影の方だった。女性が信号を渡り始めたというのに、影はそれについていっていない。影だけが、その場に留まっている。

 私以外の誰もそれに気付いていないのか、むしろ足を止めた私の方を怪訝そうに見ながら、私を追い越して横断歩道を渡っていく。

 留まった影はその流れに逆らうように、横断歩道の逆方向へと移動してしまった。まるで見えない人間に引き連れられていくかのように。

 

 影も、影の元の持ち主も、その後どうなったのかを、私は知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る