第2話 大人と子供
酒場に響き渡る、粗野な男たちの笑い声。中心のカウンターには、下を向いて震えている犬耳少女。一体何があったというのか。カウンターに涙が落ちる。
「ギャハハハハハハ!リラお前、また独りかよォ!」
「マジでなんか呪われてンじゃねーの!?」
オレンジの灯りと酒の匂いが蔓延する店内で交わされる会話と、少女を突っつく彼ら。
「……違うもん。」
「んァ?」
「私悪くないもん!着いてこれないやつが悪いんだもん!!」
「ま、まて……ぎゃああああッ!」
炸裂する拳が、カウンターの酒瓶を叩き割った。彼女がチームを組み、帰ってきたら必ず起きる寸劇は、この街の人々にとってはもはや伝統芸でさえある上、それをイジって負傷した人間は後を絶たない。
それにしても、なぜ人は、関わらない方がいい場面に限って近寄ってくるのだろうか。彼女とで元々は、バーで独り人の世の儚さを嘆こうとここに来たはずなのに。あの時話しかけてきた男を、たった今負傷させた男を、許すことは無いだろう。噂は千里を駆けてしまったのである。
「うぅー。いつから人生間違えただァー!許せん!ひぐっ。ぐずっ。」
「まぁまぁ、落ち着いて……」
「うるさい!あーもう、ムカつくわ!マスター、もう一杯!!……うわーん。」
ここで注意。彼女は『狂犬の魔女』、つまり犬である。犬に酒を飲ませると、中毒で亡くなる危険があるため、現実世界で飼い犬に酒を与えてはいけない。彼女の場合は人間の部分で飲めばするが、当然酒には滅法弱い。
また、彼女は呑むと暴れる。
「あだぁだだだだだ!死ぬ死ぬ、まじで死ぬ!」
綺麗なヘッドロックがスキンヘッドにきまる。その痛みたるや、まるでこの世全ての首を痛めている人間の感覚を1人で奪い去ったかのようである。
「まずい……ほらほら、飲め飲め!奢ってやるから!」
「金ならあるにょー、でもありがーと、お前良い奴たなー。」
「毎回奢ってるよ!あぁもうマスター早く、これ以上犠牲者が出る前に!」
こうなった彼女を止める手段はただ1つ、酔わせて寝かせることだけである。その為なら、この男たちは如何なる協力も惜しむまい。全ては一時の笑いと、生命の保証のため。彼らは団結するのだ。
「ふぁー。イヌとも和解せよじんるい……Zzz……」
数分間の健闘の末、少女は眠りに落ちた。
「……ようやく寝たよ。力では抑えられないし、酒癖はマジで悪い。とんだ糞ゲーだな。」
「俺の金がァ……」
「そもそも、肉体的には15かそこらのガキだろ?いいのかよマスター。」
今まで無言で酒を提供してきた初老の紳士が、ようやく口を開く。様々な事柄を見てきたその目は、蒼く濁っている。
「……魔女には、治外法権が認められています。」
「だけどよマスター」
「我々は、魔女を縛らない。魔女は、我々を害さない。……道端に生える草をわざわざ焼きに来るほど、魔女は愚かではない。我々は、生かされているのです。」
マスターは、少女の前で放置されている空のジョッキを手に取り、洗いながら続けた。
「かつて。我々人類が強力な戦車を、軍艦を持っていた時でさえ、たった1000人の魔女に勝てなかった。航空機もミサイルも、まるで葦を踏み荒らすかのようになぎ倒された。」
「500年戦争……」
それは、悲劇だった。何十億の人類が戦って、一方的に蹂躙された、あの日。まだ50年も経ってないこの戦争の記憶は、あらゆる老人の心に刻み込まれている。
「我々は、魔女に生かされているのです。特にこの地は、『魔女の遺物』を主要産業にしていることもあって。」
「へぇ……にしてもマスター、詩人だな。」
「知らねぇのか。この方は、元々中央の研究者だったんだぞ。」
「あの子は……孫が今頃、あれくらいの歳だった。たとえ怪物だとは言えど、孫は甘やかしたい、と思うのが爺心というものでしょう。」
そう言って、散乱するガラスを片付ける。なにも受け取ることが出来ないその顔は、しかし、なにか決意を秘めているようにも思えた。
「さぁ、手を上げろ!」
「動くんじゃねぇぞ!」
深夜。まだ賑わいが残っていたバーが、一気に冷め切る。強盗だ。
近頃、この街では強盗や窃盗が相次いでいる、という話は、狭いコミュニティであるこの街で知らぬものは居ない。守護者が消えてから、この壁の内側では無法が横行していた。
「さぁマスター、金を出せ。」
ただ、銃を手にした男5人は、不幸であったと言う他あるまい。
「……1つ。ここは、酒を飲む場所です。用がないならお帰りください。」
「あぁ?なんだぁジジイ!」
男の1人が天井に発砲する。だが、誰も動じることは無い。
「2つ。銃を持つのはあなた達だけではない。」
老紳士が銃をカウンターから取り出す。破裂音の後、発砲した男が血を吹いて倒れた。男たちは銃を構え直す。
「3つ。この世において、銃は最先端などでは無い。……2発もあれば、
「何を言っ――」
「ふぁーあ。ごめんね、ちょっと芸がなかったかなー。」
3人、首が落ちる。同じ形の断面は確かに代わり映えしなくて芸がない。殺人に芸術性を求める者がいたならの話だが。
やはり化け物だ、とそこにいる誰もが思った。マスターも、もちろん盗賊も。
「お疲れ様です。あとは寝ていなさい。」
「あとはいいの、おじいちゃん?じゃ、もっかい寝るかなぁ。あー頭痛いわ……」
そう言って、怪物はすやすやと寝息を立てている。人を殺したとは思えないほど可愛らしいその様子で、店主はさらに覚悟を深める。
「全く、年端もいかない少女に戦いを押し付けるとは……本当に、嫌な大人になったものだ。昔の私だったら飛び出していただろうに……まぁいい。とにかく、お前を捕らえることが先ですね。」
今まで微動だにしなかった男たちが集まってくる。戦いの事後処理が彼らの仕事だった。
「全く、運が悪いなぁこの盗賊。なんで魔女がいる所に突っ込んできたんだか。」
「あー、こいつ気絶してるぜ。俺走って警察呼んでくるわ。」
「はい、お願いします。」
テキパキとした処理。人間は魔女に敵わない故に、彼らは戦いの処理をも生業にしているのだ。
そう、人は魔女に敵わない。魔女を憐れんではならない。寧ろ人間こそが魔女にとって憐れみの対象である。だが、それでも。
「……私は、彼女の家を、帰る場所を提供する。それが、私のできる精一杯ですから。」
少しかけた月が天上に輝く夜空に光る星。紅きその瞬きに、店主は独り誓うのだった。
「あ、あの!私とパーティを組んでくださいませんか!?」
「……は?」
いきなり話しかけてきたのは、私と同い年かそれより年下の2人組。片方はどことなくふわっとした印象を与える薄桃色のカーディガン、もう片方は凛々しい漆黒のテーラードジャケットが、非常に良く似合っている。……それにしても。果たして、私のことを知っていて声をかけたのだろうか。
「あなた達、私が誰かわかって声を掛けたの?」
「はい!噂も聞いてます!」
聞いていたようだ。どうやら、なにか訳ありらしい。
「……とりあえず、1回話そっか。」
話を聞いてみる他には、このおかしな状況を解決できる手段はないようだ。非常に嫌な予感がする。
「それで、あなた達、なんで私に声をかけたの?」
今はもう男たちは退散した。きっと仕事があるのだろう。店内にはマスターと私、そして2人組だけが座っている。
「あの、私たち、すっごい欠陥があって、誰もパーティを組んでくれなくて……」
「して、その欠陥とは?」
魔女のパーティは命を預ける大切なもの。その欠陥の程度によっては、パーティを組むのは遠慮したいところである。
「とりあえず、能力の説明だけしますね。」
少女が語ったのは、次のようなことであった。
さっきから話している、ふわふわした感じの子は『気球の魔女』ローペス。能力は気球を出したり、水素爆発を起こしたりするもの。飛行能力持ちが1人居るかどうかで結構強さが変わるため、かなりありがたい。もう1人の静かな子は『黒渦の魔女』シーナ。右手で物を吸引し、左手で吸ったものを放出する能力らしい。吸ったものはそのままの状態でどこかに保持しているようだ。なかなか難解な能力ではあるが、そこまで欠陥があるようには見えない。
「それで、私の欠陥なんですけど……気球、攻撃受けると破裂するんですよね……」
「え、ヤバくない?」
突然始まる紐なしバンジーに怯える生活は、さぞかし辛いだろう。
「はぁ……ま、それなら私はどうにでもなるからいいけど。それで、もう1人は?」
「……私は、周りを吸い込む。無差別。だからソロ。」
なるほど。彼女も周りを巻き込むタイプのようだ。本気を出すと味方を巻き込むが、そうしないと一般の魔女の平均に劣るため組む理由がない、といった所か。誰もフレンドリーファイアで死にたくない。
「……それで、あの、噂を聞いて、凄腕のフリーの魔女が居るって。今朝の酒場の騒動も、実は見ていて。それで、この人しか居ないって思ったんです!」
これはチャンスなのではないだろうか。私なら、この2人のデメリットは無視して動くことができる。それに、広範囲攻撃と補助役と単体攻撃なら、パーティとしてのバランスもいい。
彼女にはこれが福音だとさえ思えた。ここまで言っているのだから、私に逆らうことはないだろう。無駄に死ぬこともない、と信じることが出来る。先の虫の報せはなりを潜め、代わりに天使がラッパを吹き始めたかのようだ。結論は出た。
「いいよ、テストしよう。とりあえず、買い物付き合って?」
さぁ、少女3人のショッピングが始まる。
蠱毒の釜と魔女の槌 霧崎 つばき @meidinmika
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