蠱毒の釜と魔女の槌

霧崎 つばき

第1話 獣道

「……でさー。首都にスイーツショップができて、それが結構評判いいらしいんよ。」

「えー、いいじゃん!行きたい!だワン!」

「こら、あんた達、そろそろ目標地点だよ、黙りな。」

「えー?」「むー。」

 真昼の空に浮かぶ3人の少女の影。1人は少し年上で、他は同い年であろうか。その中の1人の犬耳が、ただの人間では無いことを物語っている。

「全く、敵地だってのに、呑気なもんだねぇ。」

「だってよぉ、今回の仕事は簡単って噂だろ?」

 ふわふわと飛びながらの雑談。チームの結束を上げ仲間の状態を把握するために、無意識に行われる行為。3人とも重要性は分かっていて、この制止は名目だけである。

「まぁそうだけ――ッ!避け……」

「……!?」

 遠くで星が瞬く。先程まで少女達を率いていた彼女の胸が、光に貫かれていた。呆然と立ち尽くす2人。

「リーダー……?嘘だよな?まだ、俺たちは――あいつら、やりやがった!絶対に許さねぇ!」

 1人が激昂し、感情に任せて駆け出す。もうひとり、犬耳の彼女が呼び止めても、全く止まろうとしない。寧ろ加速するばかりである。

「馬鹿、戻って!……はぁ、まじで馬鹿。終わった。にーげよっ。」

 この行動が、彼女らの命運を決定づけた。晴れ渡る空は、彼女達の未来を祝福しているかのようであった。



『よーし、1人落としたよー。あとは頑張ってー。』

「はぁ……もうちょっと働け。」

『いーじゃん、仕事はしたんだしさぁー。』

「そうですよー。」

「……お前はさっさと働け。」

「……はーい。」

『それじゃ、通信切るねー。』

「おい待て」

 一方的に通信が切られる。命がかかっているはずなのに、どうして彼女らはこうも楽観的なのだろうか。

 彼女にとっては、初めて複数人で臨む任務である。チームを組む事さえ初めてであり、失敗したくないと思うのも無理はないだろう。ましてや、ただの戦いで敗北していては、魔女を名乗ることは出来ないだろう。

 今まで幾度となくソロで活動して生き残っってきた彼女の自負。ボスからの期待。背負うものは色々ある。……とにかく、私は任務を遂行するだけだ。



空を切り裂く美しい軌跡。他には何も無い。

「と、りゃぁぁぁぁああああ!っ!」

 突撃する彼女の前に、1枚の壁が現れる。少女は回避行動をとるが、それを読むかのように回避先にも、またその先にも壁は現れた。

「くっそ、イラつくわ……!」

 際限ない壁の増産を目にして、全て壊すことにしたのだろう。少女は武器をとる。この程度のレンガ造りなど貫通できる程度の火力はあるだろう。

 目の前の壁を壊して、壊して、壊して……復讐に燃える彼女は、いつの間にか周りに揺れる小さな蟲には、全く気づく様子がなかった。



 今回の相手は3騎。1騎は、さっきヒカリちゃんが落とした。1騎は恐らく、よくある飛行能力。そして、もう1騎は犬に関係する能力を持った魔女だろうが、逃げ出したなら関係ない。……それにしても、犬なのに、忠誠心は無いのか。一瞬で逃げ出したせいで、さすがに倒せなかった。

 それに対して、こっちの戦力はまずヒカリちゃん。『銃の魔女』で、遠距離攻撃持ち。次にリーダーのリッカちゃん。『風車の魔女』で、防御力が高かったり壁を造り出せたりする。最後に、フィニッシャー兼バフ要因の私、ツミキ。鉄壁の布陣。

「まぁ、負けないよねー。」

 先制して2対3になった時、敗北はほぼ無くなった。あとは、私の番である。


 遠くで少女が炎に包まれる。離れているこちらまで聞こえる絶叫。その様子を見て、ヒカリの顔に笑顔がこぼれる。

「全く……万全の準備に突っ込んでくるとか。おかげでボーナスも確定したし、儲かるからいいんだけどさ。」

 『蛍の魔女』ツミキの能力は、味方に対するバフと自爆する蛍の召喚。どの辺が蛍の魔女なのかは分からないが、初見殺しとしてはかなりの強さを誇る。まだ名が売れていない今だからこそ、誰にも負けない能力になる。

「それじゃ、怒られる前にさっさと戻りますか。」

 リッカが怒ると、とても面倒なことになる。私だって、風車に閉じ込められたくはない。さっさと戻るのが吉である。非常に大きな疲れを感じながらも、彼女は集合場所に歩き出す。日差しが強く、暑い日であった。



「うわ、うわわわわわわ!」

 体が落ちるような感覚に包まれ、仲間の術式が切れたことを伝える。そうか、彼女は死んだのか。まぁそれも仕方ない。彼女はこの業界では純情すぎた。いっそ今死んで良かったとさえ思える。まぁ、そのせいでまた1人になったが。

「っととと。危ない危ない。」

 肉球から地面に着地する。さて、ここからどうしたものか。このまま戻っても、依頼主に殺されるだけだ。



 日が落ちた頃、地上にて。

「いえーい、大勝利ー!」

「こら、はしゃがない。一応任務中だから、もうちょっとちゃんとしなさい。」

「はーい。」

 夕食の準備をしながら、どうでもいい会話をする。戦闘も上手くいったし、関係も良好。この様子なら、思ったよりも仲良くやれそうだ。

「というか、今回運んでるこれって、何なんだろうね?」

 ふと私の口をついた質問に、彼女は首を振る。どうやら誰も、これが何なのかわかっていないようだ。リーダーでさえ知らないのなら、一体誰が知っているというのか。

「なになに、なんの話ー?ってか、ご飯できてるじゃん!」

「あ、ようやくヒカリも帰ってきた。」

「ごめーん、遅くなったー。」

「それでさ、これって何?」

 カレーをお椀に掬いながら、雑談を続ける。

「さぁ?私たち末端の人間には、どうでもいいことだにゃ。」

「まぁそうだよね。とりあえず食べよっか。」

 戦闘が終わって、おおよそ1時間半。そろそろ火照りも冷め始める。頭上には満月が煌々と輝き、私たちを照らす。食事が冷め切るまえには皆食べ終わり、既に片付けが始まっていた。

「それで、どーする?夜間はバレやすいから飛べないけど、地上なら移動出来るけど。」

「うーん、どうするにゃーリッカちゃん?一応、目の前には道はあるけど。」

「……これ、道?」

 ヒカリとツミキにそう言われて目の前に目をくれると目の前に広がるのは、道というには心細いなにか。言うなれば、獣道。進みたくはない。

「うーむ、どうしたものか……」

 3人揃ってじっと道を眺める。進めば多少の危険はあれど、確実に期日には着くことができる。ここで泊まれば安全だけど、明日は急がないといけない。ここまでで戦闘もあったし、それなりに消耗している。だけど、進めないほどでは無い……よし。

「……進もう。ツミキも、それでいいよね?」

 後ろを振り返るとそこには、胸から血を流し倒れるツミキの姿があった。

 満月は、今も妖しく輝いている。


「これで、1人目。リーダーと同じ場所、返したからね。」

「残党……!」

 先の戦闘で取り逃した1人。仇討ちか、仕事かは分からないが、とにかく命を狙われている。2対1だが、大きな術式の準備をしてきているかもしれない。……どうすべきか、全く分からない。

 彼女がとった行動は後退、悪手であった。壁役である彼女が後ろに下がってしまったら、当然ヘイトは前にいるヒカリに向くわけで。

 数秒後には、ヒカリは切り刻まれていた。そのすぐ前に、腕を振り抜いた姿で静止する敵の姿。寧ろ芸術とさえ思えるほど悪趣味な死に様と鼻の奥を刺激する悪臭に吐き気を催しながらも、さらに数歩後退する。

「2人目。全身を細切れに。……あと、1人。」

 あの獣は、手をゆらゆらと揺らしながら、じっとその場に立っている。その姿の不気味さたるや、まるで満月に照らされた悪鬼の類である。常人なら恐怖の下に逃げ出すか、もしくは動けなくなっていたことだろう。

「……ほんとにさ。君たちには結構ムカついてるんだ。これじゃ、また生還しても『一匹狼』だの『今度は何人殺した?』だの言われるじゃん。」

 一匹狼。この辺りを縄張りとする、実力者の異名。確か、チームを組まずに1人で高難度の依頼をクリアしてくる怪物、だと聞いていたが。

「……チームは組まないはずじゃないのか。」

「ん?チームは何時でも組んでるよ?ただ、僕に付いてこれる人が居ないってだけで。ほら、最近の子って、みんなすぐに熱くなって突撃するジャン?」

 ……なるほど。この言動を見れば、何故生き残ってきたのか分かる。彼女の精神は、徹底的とさえ言える程に楽観的なんだ。よく考えたらヒカリも、ツミキも楽観的だった。

「……どうして、そんな楽しそうなんだ?命がかかっているのに。」

 この任務についてから、ずっと疑問だった。私の周りの魔女たちは、全員笑顔である。積希の死に顔も、目の前で手をブンブンと振っている少女も、全員が。

 理由が知りたい。濃厚な死の気配を押しのけて彼女を支配したのはそんな欲求だった。

「だってさ、死ぬ時は死ぬよ、私たち?」

 そのひと言だけで、聡明な少女には十分だった。だが、さらに魔女は続ける。

「生きてる間は生きてるし、死んだなら死んだ。結局戦いは運ゲーなんだから、いちいち熱くなってる場合じゃないでしょ?だいいち、そこを履き違えちゃったら、早死にするよ……あなたみたいに。」

 そうか、この子達は、自分の命をなんとも捉えていないんだ。ましてや他人の命なんてどうでもいいのだろう。

 一度は死の恐怖さえも消してしまったはずの疑問は、少女の一声で完全に破壊された。

「さて、話は終わりだね。じゃあ、戦いを始めよっか。」

 自分より遥かに年下の少女なのに、自分より圧倒的に上位の精神性。自分の命さえ喜捨しようとする違和感。じわじわと、危機が迫ってくる。

「……化け物め。」

 それでも。最後まで足掻――

 考えた時には、既に首は落とされている。自らの死を認識する間もなく散った1人の魔女は、諦めたような表情と微笑をたたえて眠りについたのである。

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