#26 流星の予兆

『いやー、スッキリ! 爽快な気分だね! 命令でいやいや虐殺するのはストレスが溜まるけど、敵を殺すのはやっぱり違うよ。ムカつく裏切り者相手なら、なおいいね!』


 キミヒコの目の前のグラスから、ミルヒのご機嫌な声が聞こえてくる。

 彼女の弾んだ声と裏腹に、キミヒコの表情は固い。左目の眼帯をいじりながら、今後のことに考えを巡らせている。


『報告はどうしようか? 連合王国の話とか』


 思案に暮れるキミヒコに、ミルヒが問いかけてくる。

 パーカーとの話の最中、彼女は遠ざけていたはずだが、しっかり聞き耳を立てていたようだ。


「俺はなにも報告しないよ。手柄にしたければ、好きにしてくれ」


『なんで? 偶然捕まえて、吐かせたって言えば報奨金はもらえるんじゃないの? 殺しちゃったけどさ』


「……ヴァレンタイン卿には、昔、世話になった」


 キミヒコは懐かしむように、そう言った。


 パーカーを助けこそしなかったが、ヴァレンタインにはそれなりの義理があるとキミヒコは思っている。この件に、連合王国が絡んでいることを報告しない程度には。

 とはいえ、ミルヒがそれを報告するのなら、それを止めはしない。その程度の義理だ。


『そう。それなら、私も報告は上げないよ』


 だが、ミルヒは気を使ってくれたようだ。

 とんだ不良軍人だなと、キミヒコは内心で笑う。


『ねえ、キミヒコさん。さっきの話、マジかな?』


 ミルヒが今度は不安を滲ませた声で聞いてくる。

 聞かれた事柄は、キミヒコも考えていたことだ。パーカーに対して強気な態度を崩さなかったキミヒコだったが、内心かなり動揺していた。


「わからん。ミルヒはラミーからなにか聞いてたか?」


『……逃げた方がいい、みたいなことは言ってたね。そっちは?』


「俺は逆だ。逃げない方がいいってよ。俺はもう、帝国軍とは一蓮托生なんだと。将軍からそのうち説明があるとも言ってたな」


『パーカーを殺ったの、まずかったかな』


 ミルヒが遠慮しがちに、そんなことを言う。

 キミヒコからは見えないが、彼女の隣には惨殺死体が転がっているはずである。さんざんにいたぶってから殺しておいて、いまさらな発言だ。


「いや、野郎は連合王国の諜報員だ。俺たち素人の拷問で、口を割らせるのは難しいだろう。逆に、あることないこと吹き込まれて、いいように動かされたかもしれん」


『じゃあ、アーティファクトがどうこうって話も、ブラフかな?』


 ミルヒの言葉に、キミヒコは答えない。


 王国軍が妙なことをしようとしている。それをただのハッタリだと断じるには、現在の状況に不審な点が多すぎた。

 圧倒的優勢にもかかわらず、帝国軍には焦りがある。この都市を無理やりに落とす少し前から、その兆候はあった。今現在も、無理をして先遣部隊を敵の首都に差し向けている。

 進軍経路の確保のためと聞いているが、それにしては物々しい大部隊だった。


「……猟兵隊の方で、なにかそれらしい話はあるか?」


『隊長が、近いうちに大仕事があるかもみたいなことは言ってたかな……。あ、これ私から聞いたって言わないでね。機密だから』


 ミルヒの話に、キミヒコはさらに不安を募らせた。


 まさか、マジで危ないのか? 戦略級アーティファクトってなんだよ……。ここから帝国軍をどうにかできるって、核兵器みたいなものなのか……? 


 そんなことをキミヒコが考えていると、ふと閃くことがあった。


「おいホワイト。お前、大昔にこの国で隕石が落ちたのは本当だって、言ってたな」


『はい、言いましたね』


「……アーティファクトで隕石を落とせるって、あり得るか?」


『さあ……? ただ、そんなアーティファクトがあっても、不思議はないですね』


 アーティファクトで隕石を落とせたとしても不思議はない。ホワイトの答えに、自らの思いつきが補強され、キミヒコは顔をこわばらせた。


 かつてこの地に落ちた隕石は、小さい石ころみたいなものではない。クレーターで湖が形成できるほどの、巨大なものだ。

 もし、王国がそれをやろうとしているなら、どうなるか。


『い、隕石……? 与太話じゃなかったの、それ……』


 ミルヒもこの国に伝わる昔話を知っていたらしい。

 与太話と思っていたそれが、現実のものとなる可能性を考えて、声が震えている。


『で、でも、そんなものがあるなら、とっくに使ってなきゃおかしくない? もう王国軍は死に体なんだよ?』


「それはそうだが……。いや、使わなくても、その存在をチラつかせるだけで、帝国と優位に交渉できるな。やっぱりブラフか……?」


 ミルヒと戦略級アーティファクトとやらの有無について相談するが、不安が拭い切れることはない。

 こういう困った時に、キミヒコが頼る相手は決まっている。


「ホワイト、どう思う?」


『どうと言われましても……私はそういう駆け引きのようなものは、よくわかりません』


「なんでもいい。思うところを言え」


『はあ、そうですね……。まあ仮に、そんなアーティファクトがあったとしてですが、使いたくても使えなかったのでは?』


 主人から意見を請われて、人形が一つの推察を口にする。


『アーティファクトの使用条件は様々です。時期的なものであったりとか、特別な準備が必要であったりとか、そういった条件を今まで満たせなかった可能性がある、ということです』


「時期的な条件ってのは、例えば?」


『簡単なものなら、満月の夜しか使えないとか、特定の星や星座が見える時しか使えないとかですね。難しいものなら、皆既日食の時しか使えないというものもあるようです』


 時期的な条件には、太陽や月、星々の配置が重要らしい。


 そういえば、教会では天文学が盛んだったな。聖職者の必須教養らしいが、アーティファクトを扱う上で必要な知識ってことか……。


 そんなことも思いついたが、今は言語教会への推察をするときではない。思考を切り替え、次の質問に移る。


「特別な準備というのは?」


『アーティファクト起動のための儀式の準備です。これは本当に千差万別ですね。魔石や金塊などの捧げ物が必要だったり、生贄を用意したり、いろいろです。儀式が不要なものもあります』


「生贄……か」


『生贄は割とオーソドックスな部類ですよ。人間だったり家畜だったり、生贄にもいろいろあるようです。体重がいくつ以上とか、何歳以上とか、瞳の色とか髪の色とか、アーティファクトによっては相当細かい部分まで指定があるらしいですね』


 これまで話を聞いていて、ホワイトの意見は筋がとおっているようにキミヒコには思えた。


 キミヒコにとって、アーティファクトとはその存在を聞いたことがあるが、実物を目にしたこともないし、その実感も湧かないものだ。あえていうなら、この人形こそがアーティファクトであるかもしれないと思ってはいる。


「……俺、アーティファクトとか詳しくないんだけど、ミルヒはどう思う?」


『私も詳しくない……。そういうのって、持ってるのは由緒正しい旧家とかだし、アーティファクトなんて、私は見たこともないよ』


 ホワイトの意見も踏まえて、再びミルヒと相談するが、答えは出ない。答えが出ないというよりは、最悪の可能性を排除できないというのが正確だ。


「……ともかく、すぐに戻ってきてくれ。今後の相談をしよう」


『オッケー。……死体はどうする?』


「放っておけ。報告しないなら、首級もいらんだろ。ホワイトは先行して帰ってきてくれ。大至急な」


『了解です。貴方』


 ホワイトとミルヒと、最後にそんな会話を交わしてキミヒコは通信を打ち切った。


 この会話のすぐ後、キミヒコの部屋へと司令部からの使いが来た。呼び出しである。

 それを受け、キミヒコはホワイトの帰還を待ってから、共に司令部に向かった。嫌な予感に、冷や汗が背筋を伝うのを感じながら。

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