#18 スカイパレード

「はは……あは、あははは……。壮観ね。やはりこれからは、空の時代。空を制するものが戦いを制する。我ら空軍こそが戦争の主役となるのよ……」


 空の上、風を浴びながら、ミルヒがブツブツと独り言を呟いている。

 その言葉のとおり、空を埋め尽くすような竜騎兵の大群が、一糸乱れぬ編隊を組んで飛んでいた。


 前線都市にいたミルヒも、この戦列に加わっていた。

 ミルヒが率いる空戦部隊は、装備が軽いため垂直離陸が可能だ。このため、飛行場を必要としない。


 王国軍はこれまで、空からの攻撃に対して航空戦力を差し向けてくることはなかった。

 だが、現在ビルケナウ市には、王国軍のなけなしの空騎兵が集結しているという情報もあり、ミルヒは戦いの高揚感に昂っている。


 独り言を繰り返し、ケタケタと笑い続ける彼女に、部下たちは戦慄の眼差しを送っている。だが、当のミルヒはそれを気にも留めない。


 そうして、飛行し続けることしばらく。ようやく、攻撃目標であるビルケナウ市が、ミルヒの視界へと映り込んだ。


 天気は快晴のうえ、乾燥した風が吹いている。この状態で都市に火をつけてしまえば、どうなるか。

 ミルヒはそれを理解していながら、気にかけないようにしていた。


 今までもそうだった。命乞いをする無辜の民を、自らの手で殺し、部下に殺させ、そうして今まで生きてきた。

 いちいちこんなことを気にしていたら、おかしくなる。いや、とうにおかしくなっているのかもしれない。


 そんな思考に囚われるのが嫌で、別のことを考えようとする。そうすると、脳裏にある言葉が浮かんだ。


 ――こんな作戦、真面目にやるわけ?


 出撃前にキミヒコから言われた言葉だ。


 キミヒコは将校の前でこそ「雇い主の帝国軍のため、粉骨砕身の覚悟で尽くします!」などと言っているが、全然やる気がないのがミルヒにはわかっていた。


 この空襲後の後始末、掃討戦に従事するらしいが、最低限の働きしかしないだろう。サボタージュする可能性すらある。

 この間の味方殺しの件もあり、今回、人形は単独行動を認められているらしい。市内で油を売っていても、誰も気が付かない。


 だったら最初から断ればいいと思うのだが、一応は引き受けてみせるのがキミヒコという男の変なところだ。

 集団に属するのを嫌っているらしいのに、組織内での体面には妙に気を配っている。そんなチグハグな雰囲気をミルヒは感じていた。


 そんなことを考えていると、黒い影が地上から上がってくるのがミルヒの目に映る。どうやら、仕事の時間のようだ。


 飛竜じゃない……グリフォンか。苦し紛れだよ。敵軍も哀れなことだね。


 ミルヒが心中で敵を嘲る。


 それも無理からぬことで、王国軍の空騎兵は騎獣にグリフォンを採用していた。グリフォンは空を飛べるが、その飛行能力は飛竜には遠く及ばない。

 おまけに数もまともに揃えていないらしく、爆撃部隊を護衛する空戦部隊の半分にも満たない。


 質も量も帝国軍が圧倒している状況だ。


 ミルヒが獲物を前にして、さてどう料理してやろうかと考えていると、それはきた。


 空に斬撃が走り、雲が割れる。

 それから一瞬の間を空けて、その途上にいた竜騎兵たちが爆散した。どうやら搭載していた爆弾が爆発したようだ。


 よく晴れた青空に、幾十もの炎の花弁が舞った。


 こ、こんな馬鹿な……! どうして、いったいどこから……!?


 こんな無茶苦茶な攻撃をしてくれたのは誰か。


 ミルヒがそれを探すと、下手人はすぐに見つかった。

 王国軍の空騎兵の一騎。そのただ一騎のみが二人乗りだ。そしてその後部座席に跨っている人物に、ミルヒは見覚えがあった。


「対空格闘戦用意! 我に続けッ!!」


 部下たちに号令をかけ、ミルヒは乗騎を急降下させる。


 ふふ……騎士オルレア、か。大きい獲物だ。よくもノコノコと、空まで上がってきたものね。キミヒコさんには悪いけど、ここで殺る……!


 特大の獲物、騎士オルレアを前にしてミルヒは心中で気炎を上げた。


 ミルヒが猛スピードで王国軍の編隊へと迫るさなか、オルレアが唐突にこちらへ顔を向けた。

 その瞳には強い戦意が感じられる。


「雑兵どもならいざ知らず、そんな足の遅いグリフォンで、この私の相手ができるものかよッ!!」


 獰猛な笑みを携えながら、暗黒騎士が吠えた。



「や、やりましたね! さすがオルレア卿!」


「はしゃぐな。……今ので十数騎は落とせたはずだが、編隊は崩れないか。戦争屋どもめ……!」


 オルレアを空まで運ぶグリフォンの騎手が賛辞の声をあげるが、当の本人からピシャリとたしなめられる。


 上空に向け大剣による一閃を放ったオルレアだったが、その表情は固い。


 超長射程からの完全に不意を打った先の攻撃は、敵の編隊を一瞬だけ崩すことができた。だが、それでどうにかなるほど帝国軍は甘くはない。

 入れ替わり立ち替わりですぐさま隊列を組み直し、見事な編隊飛行を維持している。


 そしてこちらを迎撃するべく、護衛部隊が降りてきていた。その中には、特徴的な黒い装備の騎手の姿も見える。暗黒騎士だ。

 あの暗黒騎士はオルレアをターゲットと見定めたらしく、手勢を引き連れ一直線に向かってくる。


「左後方上六十度、四騎編隊、来るぞ!」


「こ、高度を下げます!」


「駄目だッ! 敵の爆撃編隊はまだ健在なんだぞ!」


 高度を下げようとする騎手を、オルレアは叱責する。

 これより高度を下げてしまえば、敵の航空隊を攻撃する術がなくなってしまう。


 先の攻撃は時間をかけ、魔力を練りに練って放った渾身の一撃だった。それゆえにあの長射程を実現できたのだが、敵護衛部隊とやり合いながらではあの攻撃は不可能だ。

 ならば、高度は下げるどころか、さらに上げていかなければならない。


「持ちませんよ!?」


「泣き言をほざくなッ! 持たせろ!!」


 オルレアが騎手に気合いを入れてやっている間にも、敵の竜騎兵がこちらへと迫ってくる。


 突出する暗黒騎士を、王国軍の空騎兵が迎え撃つ。

 二騎がかりで同時攻撃を仕掛けるも、その攻撃はかすりもしない。


 逆に、すれ違いざまに暗黒騎士はその手の槍を振るい、グリフォン二頭の翼の先端を切断した。


 翼を傷つけられバランスを崩した空騎兵に、後続の帝国軍の竜騎兵が追い討ちを加える。二頭のグリフォンとその騎手二名は、あっというまに八つ裂きにされてしまった。


 できる……あの暗黒騎士は、竜騎兵が本職か。どうにか奴の攻撃をかわしながら、敵の爆撃部隊を射程に収めなければ……!


 オルレアを乗せるグリフォンはひたすらに上昇を続けるが、機動力が優勢な敵から逃げ切れるはずもない。

 二人乗りにより操舵を騎手に丸投げできるため、オルレアは迎撃に集中している。幾重もの斬撃が宙を裂くが、暗黒騎士はその全てを華麗に回避してみせた。


「クソッ、速い……! もっと速く動けないのか!?」


「む、無茶言わないでくださいよ! これで精一杯です!!」


 騎手に発破をかけても状況は好転しない。周囲を見れば、敵の竜騎兵は今相手をしている編隊以外も続々と降りてきている。

 他の味方は防戦一方であり、こちらを援護するどころではない。


 ならばと、オルレアは腰の曲剣に手を伸ばす。二刀流で斬撃の密度を濃くする腹積りだ。

 騎乗のための装備により、体はある程度固定されているものの、落下のリスクがないわけではない。戦闘機動のさなか、空を飛ぶ騎獣から両手を離して応戦するなど、通常であれば考えられることではない。


 そんなオルレアの必死の抗戦が功を奏してか、敵の竜騎兵たちは接近を躊躇しているようだった。

 しかし、それで止まらないのも一騎いる。例の暗黒騎士だ。


 暗黒騎士はオルレアのグリフォンを追い抜き、正面上方を位置取ったのち、反転。真っ直ぐに突っ込んできた。


「正面の敵を迎撃する! 伏せていろ!!」


 暗黒騎士を斬り伏せるべく、オルレアは騎手へと指示を飛ばす。

 そうして正面の敵を見据えて、オルレアは信じられないものを見た。


「な、なんだと……!?」


 敵影が、二つに割れた。


 暗黒騎士が飛竜から飛び降りたのだ。その身は小柄で、騎乗しているグリフォンの陰、オルレアの死角へと入り込む。

 そしてそのまま、暗黒騎士は体勢を横にしたまま体を一回転させて、斬撃を放った。


 暗黒騎士の槍、その十字の穂先に込められた魔力の斬撃により、オルレアの乗るグリフォンの翼は切り落とされた。当然その状態で上昇はできない。グリフォンはバランスを崩し、暴れる。


 騎手が泣き喚きながらどうにか操舵しようとするのを横目に、オルレアは飛び降りた暗黒騎士を確認した。

 暗黒騎士はくるりとその身を一回転させ、自身の下へと帰ってきた飛竜に取り付き、その背にまたがる。曲芸師のような離れ技だ。


 そして、他の竜騎兵たちが、緩やかに落ちていくオルレアたちへと群がってくる。


 敵の爆撃編隊は健在で、もう打つ手はない……もはやこれまで、か。


 暗澹たる思いを抱えながらも、オルレアの判断は素早かった。

 自身と騎手を騎獣に固定するベルトを、曲剣で切断。その後曲剣を放り捨て、騎手を片手で抱えて飛び降りた。


 直後、グリフォンは飛竜たちに貪られて、絶命の叫びをあげる。グリフォンの悲鳴を背に、オルレアと騎手は自由落下に身を任せた。


「ああッ! 死にたくない!! 神様、神様ぁ!!」


「死なないから黙ってろ!!」


 泣き叫ぶ騎手を一喝して、オルレアはその手の大剣に魔力を込める。

 刀身を下へ向け、タイミングを見計らう。


 そして、地面からある一定の距離を見定めて、大剣に込められた魔力を解放した。


 騎士武装の中の魔核晶。それにより強化された魔力が、衝撃波となって放出される。その反動で、落下の運動エネルギーを相殺しようということだ。

 そしてオルレアの目論見どおり、空高くから落下した二人は地面を前にして減速に成功。衝撃波が地面を抉ったことにより発生した土埃の中へと消えていく。


 追撃を加えるべきか、竜騎兵たちが落下地点の上空を旋回していると、土煙が晴れた。

 土まみれになりながらも鋭い眼光で、竜騎兵たちを睨みつけるオルレアが姿を現す。なお、相乗りしていた騎手は泡を吹いて地面に転がっている。生きてはいるらしい。


 暗黒騎士はオルレアの健在を確認すると、撤収の合図を味方に送ったようだ。竜騎兵たちが続々と空へ舞い上がっていく。

 最後に暗黒騎士が、親指で首を掻き切るジェスチャーをオルレアにして見せて、空へと昇っていった。


 険しい顔でそれを見送るオルレアだったが、竜騎兵たちが完全に離れると同時、片膝をついて荒い息を吐いた。


 ビルケナウ市防衛は失敗。敵にいいようにやられて、死にかけた。こんな私を見て、いったい誰が、アマルテア最高の騎士などと言うのか……。


 自虐的な考えに耽りながら、荒い息をオルレアは整える。


 そうしてから立ち上がり、ビルケナウ市の方角に黒煙が立ち上っていることにオルレアは気が付いた。

 都市の城壁を攻撃されてしまったのかと考えてから、思い直す。もうもうと立ち上る黒煙の量は、ただ爆撃で城壁が粉砕されたにしては多すぎる。

 自らの気付きに、オルレアの額に冷や汗が流れた。


 ま、まさか……そんなまさか……。奴らだって、帝国軍だって、都市の施設や物資を必要とするはずだ。略奪どころか、ただ焼き払うなど……。


 不安を振り払うようにして、オルレアは駆け出す。ビルケナウ市に向けて一心不乱に駆けていく。


 都市が近づくにつれ、オルレアの疑念は確信へと変わっていった。

 帝国軍は、ビルケナウ市を焼き払っている。


「帝国軍の奴ら、人殺しをやれば満足だっていうのか……!? 連中はいったい、何のために戦争をやっているんだ!?」


 全力疾走を続けながら、オルレアは叫ぶ。

 その脳裏には、彼女の守るべき、我が子のように想う少女の姿がよぎっていた。

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