#15 忠告

「――以上が先の軍事作戦の顛末となります」


 帝国軍の司令部にて、先のビルケナウ市に対する軍事作戦についての会議が執り行われていた。


「敵に精神魔術をかけられたことに、気が付かなかったか」


「申し訳ありません。攻性魔法陣の管制部隊コントロールユニットのうち一名が、騎士アンビエントの魔術による、精神汚染を受けたらしく……」


 特科大隊の大隊長が、その顔に苦渋を滲ませながら報告する。


 先の作戦、攻性魔法陣による砲撃は失敗に終わった。


 攻性魔法陣は順調に起動し、夜明けと同時に照射。だがその際、照準に狂いが生じた。

 攻撃は目標であるビルケナウ市城壁に命中することはなく、そこから離れた荒野にクレーターを作るだけに終わってしまった。


 照準を定める人員に、敵の精神魔術をかけられた者がいたからだ。


 精密な魔術制御が必要な管制部隊コントロールユニットの統制が乱れ、攻性魔法陣による砲撃は明後日の方向へ飛んでいったというわけだ。


「現在、通信科の精神魔術兵の協力を得て、部隊の精神汚染を洗っています。今のところ、精神汚染を受けたと判明したのは一名のみです。おそらく先の夜襲、特科大隊本陣が襲われた時に、なんらかの方法で……」


 心底申し訳なさそうに、大隊長が状況の補足をする。


「良い。貴官を咎めることはないと言ったはずだ。私が貴官の作戦案を採用していれば、こうはならなかったろう。……引き続き、調査を進めてくれ」


 大隊長をなだめるようにして、ウォーターマンがそう言った。


 実際、敵の強襲の危険を冒して、陣地を近づけたのはウォーターマンの判断だった。

 そして、その危険を冒してでもやりたかったこと。敵騎士の抹殺についてへと、議題は移っていく。


 その議題に切り替わるにつれ、幕僚たちの視線が集まる人物がいた。

 黒髪の眼帯の男。本来であれば、軍議に出席など認められない部外者。傭兵として雇われているキミヒコだ。


 キミヒコに対する幕僚たちの視線は厳しいものだ。ウォーターマンも、視線こそいつもと変わりないものであるが、詰問するかのような口調でキミヒコに語りかける。


「騎士オルレアは、仕留め損なったようだな」


「残念ながら、そのようです」


「無様だな。君には安くない契約金を支払っている。戦後の待遇も約束している。参謀本部はそれだけの価値があると踏んでいたらしいが……見込み違いだったか?」


「ご期待に沿えず、申し訳ありませんでした。しかし、その代わりと言ってはなんですが、ホワイトは騎士マイブリスを葬りました」


 ウォーターマンの咎めるような言葉に、キミヒコは顔色を変えずにそう返した。


「味方を巻き添えにして、な」


「それについては、こちらの過失がなかったとは言いません。が、そちらの運用方法の問題もあったと思われますが? ホワイトに敵味方の区別など、期待できません。単独行動を前提とした初期配置にするべきだったかと」


「……そう言うか」


 ホワイトによる騎士マイブリスの殺害は、味方の兵を犠牲にしてのものだった。

 それについては責められて然るべき事柄ではあるものの、キミヒコにも言い分はあった。そもそも、ホワイトに集団行動を期待するのが無理筋なのだ。


 事実、今までホワイトは単騎で戦場に投入されてきた。今回に限っては、敵の攻撃に備えての防御配置だったためこうなってしまったということだ。


 そういう言い訳を、キミヒコは素知らぬ顔でしてみせる。だがその平然とした表情とは裏腹に、内心では戦々恐々としていた。


 あのポンコツめ……いくらなんでもやりすぎだ。この場を切り抜けたら、絶対に説教してやる……!


 ホワイトが敵味方という括りに無頓着とはいえ、こんな大惨事になるとはキミヒコにとっても想定外のことだ。ひとりふたりを巻き添えにするくらいのことはあるかもしれないとは思っていたが、今回はやりすぎである。


 持たせた鹵獲品の騎士武装により、広範囲への攻撃手段をホワイトが獲得してしまったこともその一因だ。キミヒコの予想以上に、ホワイトはあの両刃剣をうまく使ってみせた。それで戦果を上げることもできたが、殺した味方の数を聞かされた際にキミヒコは卒倒しそうになった。


 とはいえ、今回の戦闘によりホワイトが挙げた戦果は赫々たるものではある。この戦果をアピールして、どうにかうやむやにするしかない。


 キミヒコはそう決めて、この軍議に臨んでいた。


「……それと、これは確信の持てる話ではありませんが、騎士アンビエントはこの戦争からは脱落したと考えてよろしいかと」


 キミヒコがホワイトの功績を付け加える。


 騎士マイブリスを殺したことに加え、騎士アンビエントももはや戦闘不能であると、キミヒコはホワイトから聞かされていた。


「かの騎士は、ホワイトに精神攻撃を仕掛けました。無謀にもね。……もはや、彼女の正気は失われたことでしょう。少なくとも、しばらくは復調しないはず。まあこの辺りは、通信科の方が詳しいでしょうが……」


「簡易的にではあるが、確かにそういう報告は受けているな」


 キミヒコの説明に、ウォーターマンも同調する。


 常勝不敗の帝国軍を、鉄道科と共に陰から支えているのが通信科である。


 精神感応テレパシー能力を備える精神魔術師を取り揃え、通信基地を各所に設置することで、帝国軍は通信網を形成していた。これにより、帝国軍は参謀本部の意のままに、戦争をしている全域で統合的に動くことができた。


 通信科の兵員は替えがきかない人材であり、前線での戦闘に関わる任務は門外漢である。

 今回は敵の精神干渉魔術にいいようにやられたとあって、例外的に調査に協力していた。


 ホワイトの精神を覗いた者がどうなるか。それを確かめるための実験も計画されたが、当の精神魔術師たちから断固拒否されてしまっている。

 このため、騎士アンビエントの現況は不明である。しかし、まともな状態ではないというのが、通信科の意見だった。


「いいだろう。本作戦の主眼の一つ、敵騎士の漸減は叶った。だが、味方に損害が出たのも事実だ。騎士マイブリスの殺害報酬の査定はそれ込みで行なう。騎士アンビエントの脱落については、不確定のことゆえ功績とは認めない。鹵獲した斧槍もこちらで使わせてもらう。……構わんな?」


 ウォーターマンの口調は相変わらずきついものだが、どこか違和感があるようにキミヒコには感じられた。今、彼が口にした内容も、キミヒコからすれば特に問題はない。元々、オルレア殺害以外の報酬はおまけのようなものだ。


 将軍、もしかして全然怒ってないのか……? これはむしろ……。


 そんなことを思いつき、キミヒコはその考えに身を任せることにした。


「まあ、妥当ですね。異存はありません。……損害については、申し訳ありませんでした。今後は将軍のご期待に沿えるよう尽力いたします」


 殊勝な態度を装って、報酬についてゴネることなく深々と頭を下げる。

 キミヒコが素直に頭を下げたことで、ウォーターマンは満足気に頷いた。


 茶番だな、これは。わざわざ呼びつけて吊し上げみたいなことをやったのは、ガス抜きのためか。事前に言ってくれればいいのに……。


 いかにも申し訳なさそうな、神妙な顔を作りながら、キミヒコはそんなことを思う。


 ウォーターマンからすれば、騎士オルレアが討たれればキミヒコという手駒を失うこととなる。騎士二名を無力化したうえ、ホワイトを侵攻軍の戦力として続けて使えるのだから、今回の戦果に彼は満足していることだろう。


 味方殺しも騎士二人分の犠牲と考えれば、破格のものだ。貴重な戦力である猟兵隊や特科部隊に損害はない。死んだのはいくらでも替えが利く兵員だった。


 とはいえ、味方から攻撃された将兵がそれで納得するかは別の話だ。心情的な問題がある。

 その辺に配慮して、ウォーターマンはわざわざキミヒコをこの場に呼びつけて、吊し上げたのだろう。軍議の中で将軍自らが叱責したのだからこの話はこれでおしまいと、そういうことだ。


 ウォーターマンが傭兵である自分に配慮してくれたことに、キミヒコは内心ホッと息をついた。


 軍内部からの恨みは完全に消えはしないだろうが、これでかなり薄れることだろう。あとはしばらくおとなしくしていれば、この件をわざわざ口に出す者もいなくなる。


 だが、ウォーターマンには面倒な借りができてしまった。どこかで返す必要はあるだろう。


 そんなことをキミヒコが考えていると、先の軍事作戦に関する報告会は終了となった。会議は続けて今後の軍事作戦についてとなるらしく、高級将校以外は退席する運びとなり、隣に座っていたラミーと共にキミヒコは会議室を後にした。



「ラミー中尉、失態だな」


 面倒な会議が終わり、部屋へと戻るべく意気揚々と歩くキミヒコの背後からそんな声がかかった。正確には隣を歩くラミーに言ったもののようだ。

 見れば、若い将校が立っている。


 キミヒコが隣を歩いていたラミーに小声で誰かと問いかけると、「軍学校の同期です」とだけ返事があった。


「パーカー少尉、私の失態とはどういうことか?」


「おいおい、味方を死なせてそれはないだろう。人形遣い殿のやることは、担当窓口の責任だ。……それと、この場に他の将校はいない。同期なんだから、堅苦しいのはなしでもいいじゃないか」


 パーカー少尉とやらが、そんなことを言う。

 軍学校の同期ということらしいが、まるで親しみは感じない。


「そうか。まあ、そうだろうな……。それで君はわざわざ同期の私を心配して、声をかけてくれたということか。ありがたいことだが、私よりも自分の仕事を気にかけたらどうなんだ?」


 心底どうでも良さそうに、ラミーが返事をする。


 この男がこんな反応をすることもあるのかと、キミヒコは少し驚いた。

 ラミーという人間は、誰に対しても物腰柔らかいが、どこか距離を置いた応対をするのが常だった。


「ひどい言いようだな。これでも、同期の出世頭に気をかけてるつもりなんだが?」


「よく言う。私のポストがほしくて、色々手を回しているのは知ってるぞ」


 ラミーの言葉に、パーカー少尉とやらは肩をすくめた。


 ポスト……参謀本部の席か。卒業早々に配属されたのは首席卒業のラミーだけって話だからな。


 黙って会話を聞きながら、この二人の関係をキミヒコは察した。要するに、妬みだ。


「それこそ、気をかけてやってるのさ。リカール出身じゃ、参謀本部では肩身が狭かろう?」


「大きなお世話だ。ザンネルク生まれが、そこまで偉いのか?」


 加えて、出身閥の問題もあるらしい。

 いかにも仲の悪そうな会話が、キミヒコの前で繰り広げられる。


「……中央の席の話だけじゃない。人形遣い殿の窓口業務にも興味津々らしいが、どういうつもりだ」


 ラミーが苛立ちを隠そうともせずに、そんなことを言う。


 ここにきて、どういうわけか自身に話が及び、キミヒコは目を白黒させた。


 え、俺……? 俺の担当窓口って、そんなに旨みとかあるか?


 そんな疑問が、顔に出たらしい。

 パーカーが苦笑しながら、口を開く。


「意外ですか? あなたと顔を繋ぎたいという人間は、結構いますよ。私もその一人です」


 パーカーの説明をキミヒコは訝しんだ。


 帝国軍に雇われてからというもの、軍の人間からは、腫れ物扱いとまではいかないが、どこかよそよそしい空気が感じられた。

 軍の将校で、キミヒコと仲良くしているのは、担当窓口のラミーと以前からの知己であるミルヒだけだ。

 ついでに今回の味方殺しの件で、一部の人間からは恨みも買っている。


 そうした現状を考えると、顔を繋ごうとする人間が多いようには思えなかった。


「騎士級戦力……いや、それ以上の実力者ですからね、あなたは。まあ、上から接触は控えるように通達があるので、大っぴらにお近づきにはなれませんが」


「なるほど……」


 パーカーの補足の説明に、キミヒコは得心がいった。


 キミヒコも自分が危険人物であるという自覚はある。正確にはキミヒコがというより、ホワイトがである。過去に傭兵業をやっていた際に雇用主をうっかり殺してしまったこともあるし、今回も味方をずいぶんと殺してしまった。

 刺激するのは避けたいというのは理解できる。


「そうした次第でしてね。改めまして、パーカーと申します。そちらのラミー中尉とは軍学校で同期です。ぜひ、顔と名前を覚えておいていただければ――」


「上から通達があったと、自分で言ってなかったか?」


 すかさず自分を売り込もうとするパーカーに、ラミーが釘を刺した。


「やれやれ。その男は優秀なのですが、少々頭が固い。ついでに出身閥は非主流派です。……付き合う人間は選んだ方がいいですよ、キミヒコ殿」


「……なるほど。参考にさせていただきます。少尉殿」


 キミヒコのその返事に、パーカーは満足気に頷き、そのまま去っていった。


「なかなか、麗しい友情ですな」


 パーカーの姿が見えなくなってから、キミヒコが呟く。からかうように言ったそれは、もちろんラミーに向けてのものだ。


 ラミーはそれに返事をすることなく、ただ肩をすくめて歩き出す。そんなラミーの様子に、キミヒコはどこか既視感があった。

 なんだろうと一瞬考えて、閃く。

 組織で味方を作らずにいたがために、組織の悪意に抵抗できずに無様に死んだ男。かつての自身の生き方と、どこか似ている。そう思い付いたのだ。


「……ラミー。あまり敵を作るなよ」


 自らの思い付きに突き動かされ、キミヒコはそんな言葉を口にしていた。


 普段から場を弁えているキミヒコが、酒場で話すような口調で言った忠告に、ラミーは驚いているようだった。振り向いたまま唖然としている。


 キミヒコ自身も、なんでラミーにそんな忠告をしてやらなければならないのかと、言ったあとに後悔した。


 ラミーと仲良くなったのは打算あってのことだ。

 自分という人間は、他人の交友関係のようなデリケートな問題に深入りするような性格ではない。それをキミヒコは自覚していた。


 だが、言ってしまったものはしょうがない。キミヒコは忠告を続けることにした。


「お前さんは、味方を作るのが下手そうだからな。余計に敵は作らない方がいい」


「あなたにそんなことを言われるとは、夢にも思わなかったよ」


「だろうな。そこらじゅうから恨まれている自覚はある。……まあ、未来の参謀総長へのゴマスリの一環さ」


 最後はおどけたようにしてキミヒコは話を締めたが、ラミーは黙って考え込んでいる。


「……忠告ありがとう。覚えておくよ」


 ラミーはそれだけ言って、去っていった。


 キミヒコはその後ろ姿を黙って見送る。

 途中までラミーと一緒に帰る予定だったのだが、そうしないのには理由があった。


「やれやれ、柄にもないことをしたな……。なあホワイト」


 キミヒコが語りかけた先には、ホワイトがいた。

 どうやら、キミヒコを迎えに来たらしい。その片腕には包帯が巻かれている。


 先の騎士オルレアとの戦闘による損傷は、まだ癒えていない。自動修復能力を持つホワイトではあるが、前腕部を半ばからへし折られれば、さすがにすぐには戻らないらしい。


 この人形が帰還した際、その腕の損傷を見て、キミヒコは大いに動揺したものだ。意味もないのに、医務官から包帯を取り寄せ、その腕に巻いてやったのは記憶に新しい。


 つい先程まで、味方殺しについての説教をしてやると息巻いていたキミヒコであるが、人形の腕に巻かれた包帯を見ていると、そんな気も萎れてなくなっていく。

 我ながら甘いことだと、キミヒコは自嘲した。


「……貴方」


「ん? どうした?」


 さあ一緒に帰ろうとキミヒコが歩き出す前に、ホワイトが何事か話しかけてきた。

 いつもとどこか雰囲気が違うこの人形に、キミヒコは首をかしげる。


「私は、貴方の信頼を裏切ってしまいましたか……?」


 ホワイトの言葉にキミヒコは呆気にとられた。


 しばらくポカンと人形を見つめていたキミヒコだったが、少ししてから堰を切ったように笑い出す。


「ふふ……なんだよお前。もしかして、今回しくじったと思って、気にしてんのか?」


 笑みを浮かべながら、人形の頭を撫でつつ、キミヒコは優しく語りかける。


「ばーか。一丁前にそんなことを気にするなんて、お前には百年早いんだよ。……いつも言ってるだろ? お前は、よくやってくれてるよ」


 キミヒコはホワイトの頭を撫で続ける。

 白い髪が指の間をサラサラと通り抜ける感触が心地よい。ホワイトはされるがまま、目を閉じてキミヒコの手を受け入れている。


「よし、今日は一緒に飲みにでも出かけるか! こういう時は、体にアルコールを入れてやるに限る」


「私はアルコールを摂取できませんし、今日は休肝日ですよ、貴方」


「お前、そこは黙ってついてこいよな……」


 呆れたようにそう言って、キミヒコはホワイトと共に歩き出した。

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