#13 夜天光

 新月の闇夜に、魔術による光弾が打ち上がる。

 帝国軍の照明弾だ。王国軍による夜襲を察知したらしい。


「……予定通りだな。急ごうか」


 険しい顔で、明るく照らされた夜空を見やりながら、オルレアが呟く。


 オルレアを含む部隊は、都市近郊の丘陵地帯と森林地帯を通るようにして、敵の陣地へと近づいていた。

 あの照明弾の下では、騎士マイブリス率いる陽動部隊が死闘を演じていることだろう。


 彼らの奮闘を無駄にはできない。

 そんな思いを胸に、部隊の面々は闇の中をひたすらに進んでいく。


 このまま進めば、攻性魔法陣の側面に出られる。そんな楽観的な目算がオルレアの脳裏をよぎるが、帝国軍はそこまで甘くはなかった。


「アンビエント卿、敵だ!!」


 叫ぶと同時、オルレアは即座に抜剣。


 前を行くアンビエントの背を庇うようにして、剣を振るった。

 飛来した魔力の斬撃とオルレアの刃が衝突し、甲高い金属音が闇夜に木霊する。


「騎士オルレアとお見受けする」


「……暗黒騎士か」


 暗がりの中から現れた黒い影。帝国軍の暗黒騎士だ。


 全部で四……いや、五人か。一人は右後方の木の陰。武装は剣が三人、槍が一人、槌が一人……。


 状況を冷静に見定めながら、オルレアはアンビエントに小声で囁く。


「人形はいないらしい。ここは私が引き受ける。隙を見て、先へ行ってくれ」


 その言葉にアンビエントは無言のまま頷いた。


 オルレアとアンビエントが二人組で同じ隊にいるのは、例の人形への対処のためだった。そしてこの場に人形はいない。

 護衛部隊前衛で陽動部隊と戦っているのか、あるいは本陣の守りについているのか。本陣で待ち構えていた場合は非常にまずいことになるのだが、その可能性を考慮すると敵の軍事行動の阻止は不可能となる。その線は切って行動するしかない。


 万一の場合は、防衛作戦を中止せざるを得ないだろう。


「四対二だ。卑怯とは言うまいな」


「その御首みしるし、天上に座すゲルトルード帝への供物とさせていただこう」


 暗黒騎士たちが口上を述べながら、その手に武器を構えた。


「やってみるがいい。……できるものなら」


 言いながら、オルレアも武器を構える。


 身の丈ほどもある無骨な大剣と細身だが鋭利な刀身を持つ曲剣による歪な二刀流。それが、アマルテア最強と謳われる騎士オルレアの戦闘スタイルだった。

 双方の陣営が睨み合ったまま止まっている中、帝国軍の信号弾が打ち上がり、辺りを照らす。


 それが合図となり、戦いの火蓋は切られた。



「な、なんで……!? 味方じゃないのかよ!?」


「あんな化け物が味方なわけあるか! 敵じゃないってだけだ!!」


 帝国軍特科大隊の陣地、そこを守る護衛部隊。


 王国軍の強襲に対応するその部隊では、怒号が飛び交っていた。

 戦況が帝国軍に不利であるからではない。配置されていた傭兵、正確にはそのしもべである自動人形が暴れ回っていたからだ。

 白い自動人形はその手の両刃剣を手首ごと回転させながら、ムチャクチャに振り回している。


 人形の手にある騎士武装、クラインの両刃剣はその性能を遺憾無く発揮していた。武器を貸し出した帝国軍や主人である人形遣いの想定以上に。


 魔核晶が内蔵された騎士武装は、持ち主の魔力を吸って凝縮し、攻撃に転用する機能がある。持ち主となる騎士のオーダーにより様々な調整が加えられるものの、斬撃を魔力の光波にして飛ばしたり、剣先から魔弾を放ったり等の機能はおおむねどの武装にも搭載されている。


 騎士クラインの両刃剣もその例に漏れず、人形の途轍もない魔力を吸った刀身から、光波の斬撃が放たれていた。人形の魔力は凶悪そのもので、斬撃は広範囲に迸り、王国軍を情け容赦なく切り刻んだ。味方であるはずの帝国兵ごとだ。


「なるほど悪魔か。本当に悪魔そのものだな……!」


 人形の攻撃をかわしながら、マイブリスが吐き捨てた。


 平然と味方を巻き込みながら攻撃すること、今は亡き戦友の武器を粗雑に扱っていること、そしてあまりにおぞましいその魔力。

 それらはマイブリスに、強烈な嫌悪感を抱かせた。


 現状、王国軍の陽動作戦はうまく機能している。

 帝国軍の前衛部隊、その中央戦列は半ば崩れていた。とはいえ、これは王国軍の攻撃だけによるものではない。すでに王国軍の部隊は全滅に近い有様だった。


 襲撃開始時、帝国軍は王国軍の強襲を即座に察知して、魔術による照明弾を大量に打ち上げた。その明かりの下、護衛部隊は速やかに戦列を形成。王国軍の攻撃は余裕をもって受け止められる。

 ここからどうにか敵の陣形を崩して混戦にもっていくため、マイブリスは戦力を中央に集中させ突破を図った。中央を選んだのは、敵両翼には暗黒騎士の姿が確認できたからだ。


 だがこれが間違いだった。


 自身の騎士としての武威と戦力の集中により、敵戦列を押し込み始めた時に、あの人形がやってきた。


 人形は帝国軍の戦列を無視して暴れまわった。それにより敵の戦列は崩れたものの、マイブリスの部下たちも多くが殺された。結果、王国軍の衝撃力は削がれ足が止まることになる。そのうえ、現在は敵の両翼に挟まれつつあった。


「よくもやってくれたなッ! 部下たちとクラインの仇討ちはやらせてもらうぞ、白いヤツ!!」


 マイブリスが吠え、人形に向けて斧槍を振るう。

 だがそれは両刃剣で易々と受けられ、弾かれた。そのままインファイトに持ち込もうとする人形に向けて、マイブリスは石突を打ちつける。

 その一撃は人形の胴を捉え、その華奢な体を吹き飛ばす。だが、人形はまるでダメージを負った様子はない。受け身をとって体勢を立て直し、すぐさまマイブリスの下へと向かってくる。


 硬い、強い、そのうえ速い……! 化け物め、オルレア卿に釘を刺されるわけだ。


 心中で吐き捨てながらも何度も人形と打ち合うマイブリスだが、勝機は見出せそうにない。それどころか、これ以上時間をかけることもできない。

 周囲で立っている味方は、もういない。剣戟の音は遠く、もはや戦闘と呼べるものは収束しつつあった。

 敵中央の戦列は隊列を整えつつあり、敵の両翼はこちらを包囲する動きを見せている。


「だが、負けてられないんだよ! 俺たちは、もう……!」


 マイブリスの悲壮な決意の言葉が漏れた瞬間、遠くで信号弾が打ち上がった。方角から見て、別働隊が敵に発見されたのだろう。

 そして、その信号弾が打ち上がるのと同時に、人形の動きが鈍った。魔力の糸が今までと異なる動きを見せている。信号弾が打ち上げられた方角に、気を取られているようだった。


 そして、その隙を見逃すほど、王国騎士は甘くない。


 斧槍の穂先に渾身の魔力を込め、全力の突きの一撃を繰り出した。


「もらった! 死ねよ悪魔が!!」


 マイブリスの一撃は、人形の顔面を直撃。会心の一撃が決まったことに、騎士はほくそ笑む。

 だが次の瞬間、マイブリスの瞳は驚愕に染まることになる。


 突き出された斧槍の先。そこに頭部だけになった人形が、刃の先を口で咥えて受け止めていた。


 顔だけになった状態で人形の眼球がギョロリと動く。闇夜に打ち上がった照明弾を反射して、その瞳が金色に輝いた。

 マイブリスがその瞳に気を取られているうちに、首から上を無くした人形の体が両刃剣を振るい、騎士の体は腰から上が寸断された。


 暗闇の中で、鮮血が噴水のように噴き上がる。それは血の雨となり、人形の体を赤く汚した。

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