#12 インターミッション

「ホワイト、作戦概要は聞いているな?」


 キミヒコひとりで、他に誰もいない部屋。

 自身の目の前、テーブルの上に置かれたワイングラスに、キミヒコは語りかける。


『魔法陣を守って、陣地を攻撃に来た騎士の始末もする。……複雑ですね。作戦行動というものは、シンプルな方がやりやすいのですが』


 ワイングラスに注がれた赤い液体が、波紋を揺らめかせながら声を発した。


 現在、ホワイトはキミヒコの下を離れている。ビルケナウ市を攻撃する作戦に参加するためだ。

 作戦前の最終確認が、糸電話による交信により行なわれていた。


「言うほど複雑か? まあお前にとってはそうなんだろうが、そういう指示なんだから両方やれ。……優先順位はわかるな?」


『魔法陣の防衛が優先、騎士の始末は二の次と言ってましたね』


「司令部の指示はそうだな」


『そんな御託はどうでもいいですよ。……貴方の指示は?』


 ホワイトは司令部からの指示を、どうでもいいことと断じる。

 それもそのはずで、この人形が従うのはこの世でただ一人だけだ。


「騎士オルレアの抹殺を優先しろ。最悪、魔法陣が壊されて作戦が失敗しても、俺たちには関係ない」


 キミヒコは今作戦の遂行よりも、自身の仕事を優先した。ラミーからは、それとなくそうしていいというニュアンスの説明も受けている。

 それに、作戦が失敗したところで、騎士オルレアさえ始末できればキミヒコの仕事は終了である。さっさと帝都に戻ってしまうだけのことだ。

 そうなれば、侵攻軍が苦労しようが、もう自分たちには関係のないことだとキミヒコは思っていた。


「……だが、それ以上の優先事項もある。わかるか?」


 今作戦はキミヒコたちの仕事を終わらせるチャンスではあるのだが、不安の種もあった。

 再三ホワイトには言ってあることだが、キミヒコは最後に念押しをすることにする。


『我らの身の安全でしょう? 何度も聞きました』


「そうだ。俺はここにいるから関係ないが、お前はダメージを負ったなら撤退しろ」


『ダメージ……どの程度ですか?』


「修復に一日以上かかるような傷は負うな」


『面倒ですね……まあ、貴方が言うなら、そうしますか』


 キミヒコは今までも、この自信過剰な人形に油断はするなと伝えていたが、本当に理解できているのか怪しいところだ。

 だがとりあえずは、具体的な撤退条件を言い含めたのでそれでよしとした。


「おう、そうしてくれ。……では後は任せるぞ。気をつけてな」


『了解。通信、切ります』


 ホワイトのその言葉を最後に、ワイングラスは静かになった。


 あいつ、大丈夫か? まあ仮に、騎士オルレアを仕留められなくても、無事に帰ってきてくれればいいか……。


 そんなことを考えながら、キミヒコは葉巻を咥える。そのまま、懐からマッチを取り出し火をつけようとするが、うまくいかない。

 何本かマッチを駄目にして、ようやく葉巻に火がついた。口の中を満たす煙の味が、なんだか物足りない気がする。

 ホワイトが帰ってきたら、またいつもみたいに火をつけてもらおう。


 揺れる煙を眺めながら、キミヒコはそんなことを思いついた。



 同日深夜、ビルケナウ市の城壁の上。

 二人の騎士、オルレアとアンビエントがそこにいた。


「あの光がそうか」


「うん。帝国軍の攻性魔法陣の発光によるものだね」


 二人の視線の先。

 そこには、闇の中でぼんやりと発光する何かがあった。


「魔術師たちを集めての、連結式魔術による攻撃か。……竜騎兵が使えないというのは、本当らしいな」


 オルレアが呟く。

 発光しているのは、帝国軍の攻性魔法陣によるものだった。


「猶予はいかほどだ?」


「あの発光具合から見て……あと二、三刻というところかな。夜の闇に乗じて陣を形成してから、魔力を充填。日の出と同時に狙いを定めて照射。という感じの作戦だと思う」


 アンビエントが魔術師としての推察を述べる。


 現状、陣が発光していることから、もう魔力充填の段階に入ってしまっている。どうにかして妨害しなければ、攻性魔法陣による攻撃を受けてしまうだろう。


「あの規模なら、射程、威力ともに、ビルケナウ市の城壁を粉砕するのに不足はないかな。過剰すぎるくらいだよ」


 帝国軍の魔法陣をアンビエントはそう評する。


 それを聞きながら、オルレアは思うことがあった。攻性魔法陣は軍用魔術としてはオーソドックスなものだが、この都市の城壁を一撃で破壊できる規模のものは見たことがない。


「我が方であの規模の陣を敷こうとして、できるか?」


「無理だね」


 オルレアの疑問に、アンビエントはにべもなくそう答える。


「全軍の魔術師を動員して、数日かければ八割くらいの威力は出せるかも。……帝国軍とうちとじゃ、兵の練度、装備の質、それに軍隊としての組織力が違いすぎる」


 オルレアとしてもその返答には納得できるものの、軍隊としての絶望的な実力差にため息をつきたい気分にもなった。


 そんなオルレアに、今度はアンビエントの方から疑問の声がかけられる。


「でも妙だよ。私が敵の指揮官なら、もっと距離をとって陣を構えるけど……なんだろうね?」


「……私たちを、おびき寄せるつもりなんだろう」


「ああ、なるほど。ありそうな話だ。とはいえ、行かないわけにはいかないんだけどさ……」


 自分たち、騎士を誘い込んで、殺す。そんな意図だろうというオルレアの推察に、アンビエントも同調した。


 今宵は新月である。

 この暗闇の中、どこかに暗黒騎士やあの人形が潜んでいるのだろう。王国騎士を始末するために。


「すまない、遅くなった」


 厳しい眼差しで、闇夜を見つめるオルレアの背後から、そんな声がかかる。


 ビルケナウ市にいる王国騎士の最後の一人、騎士マイブリスがそこにいた。

 己の騎士武装である斧槍をその肩に乗せながら、悠然と歩いてくる。


「マイブリス卿、準備はどうだ?」


「問題ないさ。命知らずどもを集めてある。……クラインの弔い合戦だ。派手にやってやるよ」


 オルレアの問いに、騎士マイブリスが獰猛な笑みを湛えながらそう答える。


 今回の帝国軍の軍事行動に対する、防勢作戦。帝国軍の動きを察知してから、わずかな時間で準備されたそれは、騎士アンビエントの主導によるものだ。

 この作戦においてマイブリスの役割は陽動だった。敵の攻性魔法陣を破壊するための決死隊を送り込むためのものである。


「すまないね。卿には、危険な役どころを押し付けることになってしまったよ」


 アンビエントが申し訳なさそうに言う。


 決死隊も大概だが、陽動部隊の危険は大きい。圧倒的優勢を誇る帝国軍を相手に、野戦を仕掛けるのだ。夜襲とはいえ、帝国軍も当然それは想定している。多くは帰らぬ人となるだろう。


「おいおい。そりゃ、お互い様だろう? 本当に危険なのがどちらなのか。行ってみなけりゃわからんぜ」


「……まあ、それもそうか」


 マイブリスに気負った様子はない。

 見せかけのものかもしれないが、それでもアンビエントには頼もしく思えたらしい。若干、彼女の顔色はやわらいだ。


「……マイブリス卿、暗黒騎士はともかく――」


「人形とはやりあうな、だろ? わかっちゃいるがね……状況次第ではどうにもならんよ」


 オルレアの忠告を遮って、マイブリスが肩をすくめながら言う。


「人形抜きで考えても、敵方には暗黒騎士が十人近くいるらしい。対して、こちらは三人。この作戦に何人投入してるかわからないが、数的劣勢は歴然だ」


「わかってるよ、オルレア卿。これ以上、騎士の頭数は減らせないからな」


 続くオルレアの気遣いに、マイブリスも顔を引き締める。


 だが、危険があるのはマイブリスだけではない。

 オルレアとアンビエントは、決死隊として敵の魔法陣を破壊するために敵陣に突入する。騎士二人掛かりとはいえ、あまりに危うい作戦である。


「死ぬなよ、二人とも。俺たちはまだ、帝国軍相手に何もできちゃいないんだ……」


 マイブリスの呟きに、オルレアもアンビエントもただ黙って頷いた。

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