#11 ドール・コネクトーム

 ビルケナウ市の王国軍の詰所のひとつ。

 そこで、騎士オルレアと騎士アンビエントという二人の女性騎士と、彼女らの従騎士が会談していた。


「人形遣いのキミヒコはアマルテア各地、どのギルドでも最高位の等級のハンターとして扱われています。主な活動はハンターとしての魔獣狩り。まれに、傭兵としても活動するようです。主な活動実績としては――」


 人形遣いについて淡々を解説をするのは騎士オルレアの従騎士、レナードだ。


「――というのが、ハンターギルドから得た人形遣いの情報です」


「出身も、あの人形の出どころも不明。金にうるさい、冷酷な利己主義者エゴイストか……」


 レナードの報告を黙って聞いていたオルレアが、人形遣いの人となりについてそう呟いた。


「出自については明確なところはわかりませんが……教養はあるようです。神聖言語の能力はかなりのものだとか。どこかのご落胤かもしれません。それと、言語教会とのつながりがあるという話もあります」


 オルレアの呟きに対して、彼女のもう一人の従騎士、レイが補足の説明を入れた。


「会員の情報を、ギルドがよくすんなりと喋ったな」


「すんなりとは話してくれませんでしたね。……まあ、いろいろとツテがあるものでして」


 感心したように言うオルレアの言葉に、意味深長な笑みを湛えながらレナードが答える。


「金にうるさいというなら、買収はできない? 帝国にいくらで雇われたか知らないけど、どうにか接触できれば……」


 魔術師のローブを身に纏った、落ち着いた雰囲気の年若い女性。騎士アンビエントがそう提案した。


「それは……難しいかと。人形遣いは、結んだ契約には忠実のようです。ギルドの信用情報は、かなりの格付けがされていました」


「……暗殺はどう?」


 買収案が無理となると、さらに苛烈な提案をアンビエントは行なった。


「やめた方がいいだろうな」


 その暗殺案を、今度はオルレアが否定する。

 アンビエントはほうと息を吐いて、無言で話の続きを促した。


「理由は二つ。まず、そもそも暗殺自体が困難だ。帝国軍とて、その危険は排除しているはずだし、現在の居所も不明だ」


「もう一つは?」


「人形遣いを討った場合、あの人形がどう動くのかまったく読めない」


 オルレアの言葉に得心がいったらしく、アンビエントが頷いてみせる。


「人形遣いを殺しても、人形の脅威は消えないってことか」


「そうだ。あの人形は完全に自立しているようだった。主人が死んだあと、目的を失って停止するのか、復讐のために暴れまわるのか、あるいはそのまま帝国軍で使われ続けるのか。リスクに見合うリターンが得られる保証はなにもない」


 オルレアの言葉にアンビエントはため息をつく。


 現在の戦況は劣勢どころか敗北寸前。おまけに帝国軍には、王国最強騎士であるオルレアをして、「勝てる自信が全くない」と言わしめる怪物がいる。


「なら、やり合うしかないのか。……オルレア卿の見立てでは、私と人形が戦った場合、どうなるかな?」


「……卿を侮るわけではないが、戦いは絶対に避けてくれ。確実に殺されるだろう」


 オルレアのストレートな言葉に、アンビエントは瞠目した。

 オルレアは大抵、不確実なことは口にしない。その彼女が「確実に」と言うのなら、万に一つも勝ち目はないのだろう。


「あー、本当にやばいね、それ。まあクライン卿が殺られてるからね。魔術師タイプの私じゃ、距離を詰められておしまいか……」


 アンビエントが諦観を滲ませながら、そう言った。


 彼女の発言のとおり、騎士アンビエントは近接戦闘は不得手だった。魔術、それも精神に干渉するタイプが専門で、戦闘能力は高くない。


「でも、聞く限り、私の魔術にハメることができれば、無力化できそうだ。単独じゃそんな暇もなさそうだけど、卿が協力してくれるなら……」


「アンビエント卿。相手は人形だぞ」


 アンビエントの提案に、オルレアは疑念の声を上げる。


 精神干渉系の魔術は幻覚を見せたり、高度なものは精神を乗っ取ったりと、ハマりさえすれば敵を無力化することができる強力なものだ。もっとも、術中に嵌めるには複雑な手順が必要なことが多く、戦いの中でそれをするのは困難であるのが普通だ。

 まして、今回の相手は自動人形である。そもそも干渉できる精神が存在するかも怪しい。


 オルレアのそんな意見を受けて、アンビエントはニヤリと笑ってみせる。


「わかってるよ。だからこそ、だよ」


「どういうことだ?」


「その人形、かなり高度な精神構造を持っているらしいからね」


 直接見たことがあるわけでもないのに、アンビエントはそんなことを言う。


「自前の魔力で完全に自立していたんでしょ?」


 怪訝な顔をしているオルレアに、アンビエントはそう問いかけた。


「そうだが……それが精神を有している理由になるのか? 喋ったりもしてはいたが、あの人形が言葉を考えて言ったのかも定かではないぞ」


「元々、自動人形やゴーレムみたいな無機型の魔獣だって精神を持ってるんだよ。人間のそれと比べて、非常に単純な構造だから、私たちじゃ理解できないし干渉もできないってだけ」


 精神系の魔術の専門家として、アンビエントは現在ある情報から己の推察を語ってみせる。


「それにギルドから収集した情報だと、人形遣いに任されて勝手に依頼を選んで魔獣を討伐したり、自己判断能力もあるらしいからね。人形遣いの遠隔操作で動かしているんじゃないなら、高度に独立した精神構造を持ってるはず……私の魔術で干渉できるほどの」


 アンビエントはそこまで語ってから、口と瞳を閉じて考え込むように沈黙した。

 そして、しばらくの黙考ののち、意を決したように口を開いた。


「……もし、嫌じゃなければなんだけど、誰か記憶を覗かせてくれない? 人形のイメージを掴みたい」


「わかった。私の記憶を見てくれ」


 アンビエントの提案に、オルレアが即座に応じた。

 その様に、従騎士たちが唖然とする。


「即断だね……。私から提案しておいてなんだけど、いいの?」


 魔術により精神に干渉され、記憶を覗かれるというのは、普通の人間にはかなりのストレスとなることだ。

 悩む様子もなくそれを受け入れたオルレアに、アンビエントは驚いていた。


「構わない。卿は不要な覗きをするような人間じゃないからな」


「信頼してくれて嬉しいよ。……では早速――」


 オルレアの額に手を当てて、アンビエントは術を発動させた。


「うげ……本当にヤバイ。なんなのあの人形。悪魔って評判も頷けるね……」


 室内の全員が静かに見守る中、アンビエントは術を解除し、そんなことを呟く。


「で、どうだった?」


 青い顔をしたアンビエントが気を落ち着けるのを待ってから、オルレアが問いかける。


「うん。おそらく、あの魔力糸が神経系の役割を果たしているんだろうね。もしかしたら、人間より複雑な精神を持ってるかもしれない」


「あの糸が神経……?」


「そう。私たちの脳も神経の集合体みたいなもので、それによって精神を形成しているでしょ? 同じなんだよ」


 師匠の受け売りだけど、と前置きしてからアンビエントが解説を始めるが、彼女以外のこの場の人間には理解できる内容ではなかった。

 人間の神経回路図コネクトームには千億のニューロンと千兆のシナプスがあるだとか、クオリアやら哲学ゾンビがどうとかといった内容で、単語からして意味がわからない。


「つまり、魔術による精神干渉は有効ということか?」


 いつまでも続く講釈を遮って、オルレアが要点を聞く。


「おそらくね。精神防壁には注意しないといけないけど……」


「……危険なのか?」


「たぶん、まともな精神構造はしてないから……。どんな精神防壁があるかわからないし、逆にあの人形の精神世界に取り込まれる可能性もある。だけど、正攻法で当たるには、それ以上に危険が大きい相手だから……やるよ」


 決意を固めるように、アンビエントはそう言った。


「大丈夫。私は精神干渉魔術のプロだからね。うまくいけば動きを止められるし、敵の弱点……魔核晶の位置も探れる」


 通常の自動人形は、その心臓部にあたる魔石を破壊したり取り出すことで倒すことができる。

 あの白い自動人形は、その保有する魔力量を考えれば魔石ではなく魔核晶がその身に内蔵されているはずである。それを破壊するか抜き取ることができれば、あの人形は魔力を失い、死ぬだろう。


「動きを止めて魔核晶を破壊できれば、仕留められるか……」


 オルレアも、アンビエントがそこまでの決意があるのであれば否やはない。


 その後は二人で共同で人形にあたることを決め、その段取りの相談を続ける。

 彼女らの従騎士たちも加えて意見を交わしていると、部屋の扉がノックされた。従騎士レナードが応対のため、部屋を出ていく。


 レナードはすぐに戻ってきたのだが、その顔には困惑の色が滲んでいた。


「閣下……その、姫様が……」


 現在、このビルケナウ市で姫と呼ばれる人物は一人しかいない。

 帝国との交渉、その手土産として王都から用意されたメリエス姫だ。


 帝国との交渉は決裂し、彼女は王都へと帰還する手筈になっている。というよりも、予定どおりなら、もう王都へと発っていなければならない。


 なぜ、姫がここに。


 オルレアが訝しんでいると、入室許可を待たずに扉が開かれた。


「オルレア、ここにいたのね」


 入ってきたのは、ブロンドの長髪に華奢な体躯、そしてブルーグリーンの瞳を持つ少女。ヴィアゴル王国を支配するドライス家の直系のひとり、メリエス姫だ。


「姫様……」


 オルレアが入ってきたメリエスに困惑するのも一瞬のこと、すぐさま彼女に同行していた侍女たちに刺すような視線を送る。


「そう、怖い目をしないで。私が無理を言ったの」


「……王都に帰還すると聞いていましたが」


「交渉がどうなったのか。まだ報告を受けていないわ」


 どうやら姫は、先の帝国との交渉についての報告を求めているらしい。

 だがその交渉の結果、なにひとつとして成果はなく破局したことは、当然彼女の耳にも入っているはずである。


 オルレアは静かにメリエスを見つめる。姫の瞳には、強い意志が感じられた。


「オルレア卿、姫様をこんな場所に置くわけにもまいりますまい。どうぞ、御所へとお連れしてください。その上で、ご報告されるのがよろしいかと」


「アンビエント卿……」


「この件はもう大筋のところは詰め終わりました。あとは少々、卿の従騎士をお借りしてまとめておきます」


 貴人を前にして、恭しい言葉使いでアンビエントがそんなことを言う。

 オルレアはため息をひとつ吐き、席を外した。



「そう……。まあ、それはそうよね。こんな小娘ひとりのことで、帝国軍の態度が変わるわけもない」


 ビルケナウ市の王室御所の一室。そこで、オルレアから直々に報告を受けたメリエスは寂しげにそう呟いた。


「オルレア。ビルケナウ市は、落ちるのね?」


「残念ですが、遠くないうちにそうなるでしょう」


「せめて、騎士たちを全員ここに集められたなら……」


 ビルケナウ市失陥の予想を告げるオルレアに、メリエスは悔しげにそう漏らした。


 騎士クラインが討たれ、王国騎士は残り五人。

 帝国軍の次の目標がビルケナウ市であるのは、誰の目にも明らかであるのに、この都市の防衛に派遣された騎士は三人だけだった。


 騎士を筆頭に、王国軍は戦力を前線へ集中させることを訴え続けている。だが、王国内の混沌とした政治力学により、王都の動きはひたすらに鈍かった。


「姫様。私とアンビエント卿、そしてマイブリス卿。我ら三人で――」


「もう姫様はやめて」


 メリエスを守る。オルレアがその決意を言葉にしようとして、当の本人に遮られた。


「……メリー、わがままを言わないで。あなたのことを、私に守らせてほしい」


「なら私の傍にいて……それで、私を守ってよ」


「ここは危険だ。帝国軍の竜騎兵の恐ろしさは知っているでしょう?」


 本人の要望通りに、姫様呼びをやめてオルレアは説得にかかる。


 帝国が人質としての受け入れを拒否した以上、メリエスにはなんとしても王都に戻ってもらわなければならない。

 王都はメリエスにとって過酷な場所だ。お国のため人質として送られるのを志望した理由に、少なからずそれが関係していることをオルレアは理解していた。

 だがそれでも、このビルケナウ市にいてもらっては困る。帝国軍を相手にしながら彼女を守り抜く自信は、オルレアにはなかった。


「でも、竜騎兵はしばらく来ないんでしょ?」


「そんなことはわからない。今この瞬間にだって、飛んでくる可能性はある」


「あらそうなの? スパイからの情報で、飛行場の建設が遅れてるから当分は飛んでこないって聞いたけれど」


 メリエスのその言葉に、オルレアは息を呑んだ。


「その反応、本当にスパイがいるんだ……。連戦連敗の我が軍も、やることはやってるのね」


 彼女にこれ以上余計な情報を与えるのを防ぐため、オルレアは口をつぐむ。


 メリエスの言ったとおり、内通者は実在する。

 だがそれは、王国軍ではまったく把握できていないことだった。王都を経由して、断片的な情報が軍に流れてきているだけだ。

 大方、カイラリィかゴトランタが忍ばせていたスパイだろう。帝国と敵対する列強二国が、情報を流していると考えるのが自然だ。


 慈悲によるものではあり得ない。

 少しでも帝国の足を鈍らせたいという、ただそれだけの意図だろうとオルレアは考えていた。


「メリー、その情報が正しいという保証はどこにもない。お願いだから、今は王都にいてほしい」


「ふふ……おかしなことを言うのね。私は人身御供として、ここに送られてきたのよ。他ならぬ私が志願して。そんな私が帰って、どうなるというの……? もう王都に、私の居場所はないわ……」


 メリエスは王都に味方がいない。

 母親は彼女を産んですぐに亡くなり、その実家も没落。王位継承権は上位に位置するものの、後ろ盾のない彼女の立場は悲惨なものだった。


 彼女の拠り所は、生母と親交のあった騎士オルレアただひとり。

 そのオルレアも立場上政治とは距離をおいていたため、王都に跋扈する悪意から、彼女を完全に守ることはできなかった。


「私は王都に戻らない。お願いだから、ここにいさせて……お願いよ……」


 声を震わせるメリエスに、オルレアはかける言葉を持たなかった。

 メリエスの目尻に溜まった涙をそっと拭い、その身を胸元へと抱き寄せる。


「……大きくなりましたね、メリー」


 そんな言葉が、オルレアの口から漏れ出た。


 オルレアの脳裏に、かつてメリエスが赤子であった頃、その小さな体を抱いた記憶が蘇る。

 それまでオルレアは赤子が苦手だった。いや、嫌悪していたといってもいい。

 自身が望み得ない夢。その象徴だったからだ。


「また、そうやって子供扱いする……」


 ふてくされた声を上げながらも、メリエスはされるがままに身を任せている。


 この娘は私が守ってみせる。この娘は私の夢なのだから。たとえそれが、私のエゴだったとしても……。


 オルレアも自覚はしていた。メリエスに優しくするのは、代償行為に過ぎないことを。


 若かりし日に、自らの不覚で失った女の部分。我が子を望めないオルレアの、行き場のない母性。その捌け口として、メリエスを利用しているだけだ。

 それをエゴと断じながらも、オルレアは自身の夢を抱きしめ続けた。

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