#10 特科大隊
現在、破竹の進撃を続ける帝国軍の作戦司令部。占領都市の市役所庁舎に設置されたそこで、司令官であるウォーターマン将軍をはじめとした幕僚たちが集まり、次の都市攻略に向けての作戦会議が行われていた。
「進捗状況は芳しくないな……」
状況報告を黙って聞いていた、ウォーターマンがそうこぼした。
全てが順調に見える帝国軍であったが、ここにきて問題に直面していた。
航空隊を運用するための飛行場。刈り取った王国の領土内に、新たなものを設営する予定だったのだが、これがうまくいっていない。
当初の設営予定地にいざ工兵を送り込むと、地質調査で飛行場には不適であることが判明した。地盤が弱く、雨による地滑りの危険があるとのことだった。
しかし、常に第二、第三の案を用意しておくのが帝国軍という組織である。
第一案が駄目になると、あらかじめ決まっていた第二候補の土地で飛行場の設営をすぐさま開始。だが今度は設営予定地の悪天候に悩まされ、工事は難航していた。
そうした次第で、この先の軍事行動に必要な飛行場がいまだに建設できていないというわけだった。
「現在使用中の、国境の飛行場からの航空攻撃は無理なのか?」
「厳しいようです。航行距離が延びるため、航空爆弾の搭載に制限がかかります。ビルケナウ市の城壁を破壊するには不安があります。加えて、天候の影響を受けやすくなるため、安定した作戦行動に支障をきたす恐れもあります」
ウォーターマンの問いに、幕僚の一人が答える。
現在に至るまで、数々の要塞や城壁を一方的に破壊してきた航空隊は活用できないようだ。
「ビルケナウ市を攻撃するには、航空隊は活用できないか」
「現状、侵攻スケジュールにはかなりの余裕があります。それに、本作戦は航空隊の試験運用も兼ねていますが……」
攻勢に出ようとするウォーターマンに、幕僚の一人が懸念の声をあげる。
侵攻軍が航空隊を重用しているのは、純粋にその有用性を買ってのことではない。参謀本部の戦術研究課からの要請があってのことだった。
航空隊を無視して従来どおりの戦術で攻めては、それに背くことになる。
「わかっている。飛行場の設営を待っても、侵攻スケジュールに遅延は生じないだろう。だが、敵軍にただ猶予を与えるのは避けたい。補給の問題もある」
ウォーターマンとしては、この地でただ意味もなく足踏みするのは避けたかった。
古今東西、軍の指揮官を悩ませるのが、兵站の問題である。
帝国軍は参謀本部の部署の一つ、兵站総監部の主導により、国境間際に集積所を設置。鉄道を活用して、そこに物資を輸送している。
侵攻初期であれば、そこからの補給線で十分に間に合っていた。しかし、王国内に鉄道はないため、深くまで切り込んでいくうちに補給物資の輸送は滞り始めた。
とはいえ、軍が前進を続けるうちはまったく問題はない。行く先々で現地調達すればいいからだ。帝国軍では略奪手法すら完全にマニュアル化されており、周囲の村落から効率的に物資を収奪していた。
だが、軍の足が止まってしまえば、略奪で補うには限界がある。軍が一箇所に留まり続ければ、周辺の物資を奪い尽くしてしまうだろう。
現状、物資には十分な余裕があるものの、無為に時を過ごすのは避けたい。せめて、今後の軍事作戦の布石くらいは打っておきたいというのがウォーターマンの考えだ。
「侵攻作戦も予定どおりに進めて、新設の航空戦隊の運用テストもやる。面倒をやらせるものだな、参謀本部は……」
ため息をつくようにして、そんな言葉がウォーターマンの口から漏れる。
そうしてからしばらく、彼は無言で思案を重ねたのちに、口を開いた。
「特科大隊を使う」
ウォーターマンが短く告げた。
特科大隊とは魔術兵で構成された部隊である。集団で発動させる強力な魔術による攻撃を専門としている。
「攻性魔法陣による砲撃でビルケナウ市城壁を粉砕する。部隊は動かせるな?」
「問題なく運用可能です。すでに、攻性魔法陣の展開位置の選定は済ませてあります」
特科大隊の大隊長が淀みなく答える。
この場に至るまで、特科大隊には仕事らしい仕事が与えられていなかった。新設の航空隊の活躍を歯噛みしながら眺めていただけだ。
それだけに、今回白羽の矢がたった特科大隊、その隊長である彼の気合いの入れようは並ではなかった。
こんなこともあろうかと、事前に策定していた攻性魔法陣による攻撃案を次々と披露していく。特に陣を敷く地点については、綿密に案が練られていた。
「……この地点はどうだ?」
大隊長の説明を黙って聞いていたウォーターマンが、地図のある一点を指し示しながら言う。
そこは、陣を敷くには不足のない地形だったが、敵地であるビルケナウ市に近すぎる場所だった。
「危険です、将軍。敵地に近すぎます。この距離からでなくとも、攻性魔法陣の威力は十分に発揮できます」
先程までの弾んだ声色での解説から一変、慎重な提言を行なう大隊長。
「その地点は完全にこちらの勢力圏とは言い難く、さらに土地鑑は王国軍が長じています。加えて、現在ビルケナウ市には敵の騎士が集結しているとの情報もあります。騎士を含めた少数精鋭による強襲を敢行された場合、対処は困難です」
「そう、ビルケナウ市には敵騎士が集結している。これまでに討ち果たした騎士はたったの一人だ」
反対意見に対し、ウォーターマンが静かに告げる。
「……この機に、敵騎士を片付けるおつもりで?」
「そうだ。ビルケナウ市の次は王都攻略戦となるだろう。それまでに削っておきたい」
ウォーターマンの意図を理解した大隊長だが、その顔は渋い。
当然だ。ようやく自分の部隊の出番が回ってきたと思えば、敵の騎士を引きつけ始末するための囮として利用するというのだ。面白いはずはない。
「猟兵隊とあの人形を護衛につける」
なだめるようにウォーターマンがそう言う。
だが大隊長は逆に顔をこわばらせた。暗黒騎士はともかく、人形への忌避感が強いらしい。
「ご命令とあれば全力を尽くします。しかし、小官が反対したことはご記憶に留めていただきたい」
「わかっている。仮に失敗したとしても、貴官を咎めはせん」
不承不承ながらも、命令を了承する大隊長。
帝国軍においては、上官に意見することはあれど、命令に服従しないことはあり得ない。
「中尉、人形遣いを説得しろ。……できるな?」
今度は人形遣いのお目付役、ラミーに対してウォーターマンは確認を入れる。
「騎士オルレアが現れた際にはそちらを優先させる。そういう条件をつければ、キミヒコ殿は否とは言わないでしょう。仮に襲撃があるとすれば、オルレアがそれに参加する公算は高いですから」
「なら、それで任せる」
人形遣いに対しての話はこれで終わり。
そうしてさらに作戦の詳細を詰めようと、会議は次の話題に移ろうとして、それに待ったがかかった。
「お待ちください、将軍」
「……なにかね? パーカー少尉」
会議テーブルの末席に座る、若き将校。パーカー少尉と呼ばれた男が、声を上げた。
「ラミー中尉は人形遣いのお目付役としての義務を怠りました。そのまま任せるのは、いかがなものかと思われます」
パーカーはラミーの仕事ぶりを糾弾しているらしかった。
先の王国使節との会談で、人形が勝手をやったことを揶揄しているようだ。
「私はそうは思わんが」
だが、ウォーターマンはこの若手将校の言い分を切って捨てた。
確かに先の人形の暴走のため、一時はラミーを更迭すべしという意見もあった。
しかし、人形遣いの扱いについてはラミーは常に慎重な意見を述べてきており、その意見を退けて現場判断を優先してきたという事情もある。
ウォーターマンとしては、人形遣いとの関係も良好なラミーに任せれば、今後は安心だと考えていた。
「先日の王国使節との会談の際に――」
「くどい。人形遣いとの交渉はあの件以来、中尉に一任することとしている。貴官は自らの職務を果たすことに集中したまえ」
なおも食い下がるがまったく取り合ってもらえずに、パーカーはグッと言葉を詰まらせ、それきり黙った。
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