#14 市協合同連絡会
メドーザ市市役所の会議室にて、市議会の議員やらハンターギルドの重鎮やらが一堂に会していた。
会議室の大きな黒板には「第六回・特十七号対策に係る市協合同連絡会」と書かれている。
「えー、皆さまにおかれましてはご多忙の中、えー、本会議へのご出席のため、こうしてご集まりいただき、えー、市を代表するものとして御礼を――」
開会の挨拶を長々としているのは、このメドーザ市の市長だ。禿げ上がった頭に汗をかきながら、そしてそれをハンカチで拭いながら、挨拶の言葉を並べている。
なんの意味もなさない長話を、議員側の席ついた人間はただぼんやりと、ギルド側の席の人間は苛立ちを募らせながら聞いていた。
「……市長、ありがとうございました。では、開会の挨拶が終わりましたところで、定時連絡会を開始させていただきます。本会議は板書されております進行表に沿って進めさせていただきますので、各自ご確認をお願いいたします。なお、本会議での発言は議事録として記録され、公文書の扱いとなりますので、ご発言の際には――」
ようやく市長の挨拶が終わると、今度は司会の男が形式ばった話を始める。
お役所の連中というのは、いつでもこの調子だ……。報告は事前に上げたはずだが……この危機的状況を、こいつら本当に理解しているのか……?
ギルド側のテーブルの上座に座る男、ギルド長が内心でそう独りごちる。
彼からすれば、頭の固い役人相手の会議になど出席したくはない。だが、ギルドの予算の都合をつけるため、そして都市防衛計画についてのある提案のため、嫌々ながらも部下を引き連れ、こうして椅子に座っている。
やれ仕事が遅いだの、予算を使いすぎだの、品のないハンターを雇ったせいで治安が悪化しただの、ひたすらに文句ばかり言われるこの会議に、ギルド側の出席者は辟易としていた。
形式ばった挨拶やら、ギルドへの嫌味やらといったやりとりが終わり、ようやくギルド側から現状報告が行われる。
報告内容は凶報とも言えるもので、このメドーザ市に襲撃されると予想されるドラゴンが、想定よりはるかに大きな個体であるというものだ。
このショッキングな事実を、ギルド長はこの会議でいきなり明かすのを避け、事前に出席者に通達されるように手配していた。にも拘わらず、議員たちはなんとものんびりした様子で、ギルド長は訝しむ。
「都市への襲撃が予想されます、特十七号と呼称されるドラゴンは、先の追跡調査により全長およそ五十メートルと判明し、現有の戦力では都市防衛に不足が――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。その――」
ギルド職員の説明を遮って、市議会側の人間が声を上げる。だがその声すら遮って、司会が「発言の前には、役職と氏名をお願いします」と言った。
「厚生局局長のヘンリックだ。……報告を遮るようで申し訳ないが、特十七号が五十メートル級とはどういうことかね? 先の連絡会では、三十メートル弱という話ではなかったか。全然違うじゃないか」
会議に先立って市長に根回ししたのに、この議員は事前に報告を受けていないらしい。その事実にギルド長は唖然とする。呆けるのも一瞬のことで、今度は市長に視線をやる。これはいったいどういうことか、と。
市長はギルド長の視線に気が付き、首をかしげた。
この男は市長の椅子に座りながら、全然話をわかっていなかったようだ。もしくは、惚けているだけで、ギルドを嵌めてやろうという心算か。
ギルド長の額に青筋が浮かぶ。そして、市長を殴ってやりたい思いを必死に堪えた。
「先の連絡会の時点では、詳細調査がまだ成功していませんでしたから。近づいての目視観測は危険が大きく、今月になってようやくできたことです」
「それはギルドの怠慢ではないのか!? ここにきていきなり、見積もりよりも巨大だったから戦力が足りないでは話にならんぞ!」
「そもそも、その調査は正確なものなのかね? いくらなんでも、五十メートルというのは眉唾だよ。五年前の襲撃は二十メートル少しくらいでしたぞ。前の見積もりの三十メートルでも大袈裟だと思ったくらいだ」
「過去にはそれ以上のサイズの襲撃があったとの記録もあります。五十という数字は、決してあり得ぬ値ではありません」
「それは英雄クワンリーの斃したドラゴンだろう。そこまでいけば、もうおとぎ話の世界だよ。……予算を取るために、誇大な報告をしているのではあるまいな?」
各々、勝手に発言を繰り返す議員たちに、司会が「発言前には役職と氏名を!」と繰り返すが、もう誰も聞いていない。
いつもどおりの退屈な会議と思いきや、突然とんでもない報告を聞かされた議員たちは、血相を変えてギルドに詰め寄る。これを避けるための根回しだったのに、騒然とした会議になってしまったと、ギルド長は頭を抱えた。
一方で、市長も含めてどこか他人事のようにしている議員たちもいる。彼らは彼らで、紛糾する会議を横目に雑談に興じていた。
「飛びトカゲどもめ……。なんでこっちに来るんだ。他の弱いドラゴンの縄張りを奪えばいいものを」
「まああの図体ですからなァ。脳もそれなりの大きさで、知性があるらしいですよ。ドラゴンたちの中で、そういう文化でもあるのかもしれませんな」
「縄張り争いに負けた腹いせに、ここを襲撃か。迷惑極まりない文化だな、それは」
特別指定魔獣第十七号、省略して特十七号と呼ばれるドラゴンは、山脈での縄張り争いに負け、元いた山を追い出された個体である。
山脈のドラゴンの勢力図は定期的に変動し、あぶれた個体が都市に襲撃をかけてくるというのが通例だ。
勢力争いに負けたとはいえ、特十七号は強大な個体であるのだから、他の弱い個体の縄張りを奪えそうなものである。だが、どういうわけかこうした個体は、山を降りて平地へと飛来することが多かった。
日和見の議員たちをよそに、会議はさらにヒートアップしている。
――現在の状況で、ギルドは市民を守れるのか!?
――ギルド長を更迭しろッ! もはや任せておけん!
――五十メートルなんてあるわけない! もしそんな化け物が来たら、メドーザ市はおしまいだぞ!
もはや罵倒大会の会場となりつつあるこの部屋に、数名の人間が駆け込んできた。
ひとりはギルドの職員で、ギルド長の下へと赴き何事か耳打ちする。それを受けて、ギルド長は席を立った。
「失礼、火急の用で――」
「待てッ! 勝手な退席は許さんぞ!」
会議から席を外すそぶりを見せたギルド長に、鋭い叱責の声が飛ぶ。
「……こちらでも急報が入った。今、特十七号が市上空に飛来したらしいな」
目を血走らせながら、ギルド長を制止した議員が言った。傍には、急報を伝えにきたらしき役人がいる。
どよめきが室内を覆った。
「市長! これまでの防衛計画では、特十七号をハンターによる組織的攻撃により、撃退するものとなっています。いまさら、それができないとは言えませんぞ! ……そうだな諸君!?」
議員のひとりが顔を真っ赤にして言う。彼の発言に「そうだそうだ」と他の議員たちも同調する。誰ひとりとして異を唱えない。
それも当然の話で、もしドラゴンを撃退できないとなれば、避難マニュアルに則ってやり過ごすことになる。だが、その場合の被害はとんでもないこととなる。街並みは破壊され、逃げ遅れた市民たちは貪り食われることになるだろう。
これをやった場合、彼らは全員、議員バッジを失うこととなるのは確実である。
「え? ……ああうん。そうだね、ヘンリック君。まったくそのとおりだ」
状況を理解しているのかいないのか、呆けたような調子で市長も便乗した。
これに焦ったのはギルド長である。
ギルド長としては、現有の戦力で都市全域をカバーしつつ、五十メートル級のドラゴンを相手にするのは無謀だと考えていた。
がむしゃらに各地の腕利きハンターを集めはしたものの、それでもなお不安が残る。騎士でもいれば心強いのだが、あいにくとメドーザ市には存在しない。
この状況で無理を通せば、ハンターやギルド職員にかなりの犠牲が出るだろう。
そんな理由で、都市全域の防衛は諦め、特定地区に集中配置したハンターに迎撃にあたってもらいつつ、市民は避難区域に退避してもらう。ギルドも市議会も仕事をしていると、市民にアピールできるように調整しつつお茶を濁す。
そんな折衷案を腹案としていたのだが、議員たちの承認を得る前に、特十七号は飛来してしまった。
承認を得ずとも、緊急時にはそれなりの権限がギルドには委任されている。それにより、独断でこの腹案を実行しようとしたのだが、それすらこの場で封殺されてしまった。
「……避難を優先し、襲撃をやり過ごすという手も――」
「これは市議会の総意だ。なにがなんでも、ハンターどもにどれだけの犠牲が出ようが、撃退ないしは討伐をするんだ。今までの予算につけた、市民の血税分の働きはしてもらう。必ずな。……早く取り掛かりたまえ」
避難を優先させたいギルド長に、議員のひとりがピシャリと言い放った。
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