#15 特別指定魔獣第十七号

 その日、メドーザ市の空は雨一色だった。


 ギルドとの契約に従い、キミヒコは傘をさしながら、事前の取り決めにあった防衛配置、巨大な英雄像がシンボルの中央東公園へ足を運んでいた。隣には、黒いレインコートを羽織ったホワイトが付き従っている。黒と白のモノトーン調の装いの中で、金色の瞳が際立っていた。


 冬の雨は本当に冷たいもので、水滴が肌に触れるたび、刺すような冷気がキミヒコの体を走る。


 ようやくドラゴンが来てくれた。この仕事が終われば、自身を縛るこの忌々しい契約はなくなり、報酬金をゲットできる。

 キミヒコはそう喜んでいたのだが、その喜びは早々に打ち砕かれることになる。


 到着した公園では怒号が飛び交っていた。


「ちょっと待て! 五十メートル級!? 聞いてねえぞそんなの!!」


「だ、騙したな……! そんなもん戦えるわけねえだろうが!」


 ギルド職員の説明を受け、ハンターたちが口々に喚いていた。基本的にギルドに楯突くことはないハンターたちだが、さすがに命の危機となればそうも言っていられない。


「ご、ごじゅう……?」


 飛来したドラゴン、特十七号のサイズを聞いたキミヒコも呆然と呟く。


 全長五十メートルの空飛ぶトカゲ。もはやファンタジーではなく、怪獣映画の世界に片足を突っ込んでいるような存在である。以前、ホワイトが相手をしたドラゴンのサイズは二十メートルないくらいだった。


 今年の襲撃はヤバイんじゃないか。ギルドの焦り具合からそんな噂はちらほらされていたが、現実は噂以上にとんでもない事態となっている。


 キミヒコは思わず空を見上げるが、見えるのは雨雲ばかりだ。


 本当はドラゴンなんて来ていないんじゃないか。そんな希望を抱きもしたが、時折聞こえる甲高い咆哮が、無情にもそれを否定する。特十七号は雲の上にいるらしい。


「……ホワイト。敵のドラゴンは、五十メートルの化け物だってよ。……勝てるか?」


「地上戦ならば問題なく。ただし空を飛んでいると、私は敵の位置を把握できませんので、やりようがありませんが」


 いや勝てるのかよ。キミヒコはそう驚くと同時に、安堵する。


 一見して、この少女のような人形が巨大怪獣に相対して勝てるなど、考えられることではない。だがキミヒコはホワイトを信頼していた。ホワイトが勝てると言ったなら、勝てる。そう思っていた。


 だが懸念点もある。ホワイトも言ったとおり、敵を視認できないことだ。

 ホワイトに視力はないため、展開した魔力糸の範囲外のことは感知できない。糸を引っ掛ける物体のない空には魔力糸を展開できないため、空を飛ぶ敵の相手は苦手だった。


 その点の不安を解消するため、ハンターたちをなだめているギルド職員のひとりを、キミヒコは捕まえて詰問する。


「おい! 特十七号はでかいだけで、ドラゴンとしては普通なんだな!?」


「は、はい。事前の調査では、そうなっています」


「一方的に空からブレス攻撃をしたりとか、ないよな?」


 キミヒコの不安はこれだった。

 いかにホワイトが最強無敵の存在だろうと、上空から一方的に攻撃されればなすすべはない。仮にホワイトが無事だとしても、キミヒコはそうはいかない。


「それは……ないかと。ドラゴンが火を吐くのは、本当に追い詰められたときだけです。体力消耗が激しいですし、獲物を消し炭にしてしまいますから……。ただ、このサイズですと、羽ばたきだけで相当な風圧になります。接近時に飛ばされないように注意は必要です」


「なるほど、風圧か。飛ばされると困るな……。じゃあ俺は、防空壕にこもってるか」


 風が吹こうが嵐がこようが、ホワイトならば問題ない。魔力で自らを強化できる、他のハンターたちも耐えられるだろう。だが、キミヒコは無理だ。


 確かこの公園には、ドラゴン襲撃に備えて造られた防空壕があったはずである。そこでやり過ごすのが無難であるように、キミヒコには思えた。

 炎のブレスを吐かれれば蒸し焼きになりそうだが、羽ばたきによる風圧を凌ぐくらいならばちょうどいい。


「ちょっと!? 契約違反ですよ!?」


「なに言ってんだよ。防空壕は公園内にあるじゃん。俺の配置はこの公園内だから、そこにいたって契約上なんの問題もないぞ」


 敵前逃亡をするのではないかと声を荒げるギルド職員に、キミヒコは平然とそう返した。


「それに特十七号がここに降りてきて、俺が羽ばたきで吹っ飛んだら、ホワイトは戦わない。自衛権は認められてるから当然、俺を助けるのが最優先になるからな。……知ってんだぞ。ここの地上戦力、ホワイトをあてにしていて、他にまともなのがいないんだろ?」


 キミヒコに痛いところを突かれて、ギルド職員は言葉に詰まった。


 公園内は武器庫から急いで持ってきたらしいバリスタなどの対空兵器や、対空攻撃が可能であろう魔術師の姿はチラホラ見かけるが、接近戦を挑めそうな人材は多くない。


「し、しかし、防空壕の使用は市民が優先で――」


「はぁ!? ざけんなよ! 俺がこの都市にどれだけ納税してると思ってんだよ? その辺の市民どもの十倍は納めてんだぞ!? その税金で整備した設備なら、俺にも使わせろ! いや、むしろ俺が優先されるべきだろうが!」


 キミヒコが怒鳴り散らす。十倍は言い過ぎだが、実際に一般的な市民の何倍もの税金を納めていた。

 それに、ここの防空壕には市民は誰も来ていない。それもそのはずで、ここから上空に向けて攻撃を放つのだから、当然相手に狙われる場所もこことなる。そんな場所にわざわざ避難する物好きはいなかった。


「う、上に許可を取ってきます……」


 逃げるようにして、ギルド職員は去っていった。


「貴方、意外ですね。自身だけでも離れた場所に避難するかと思っていました」


「相手は空を飛び回るドラゴンだぞ。市内に安全な場所なんてねーよ。お前の隣が一番マシだ。五十メートルは予想外だったけどよ……」


 ホワイトの言葉にそう返しながら、ギルド職員が戻ってくるのを待たずにキミヒコは防空壕へと向かっていく。ギルドになにを言われようと、防空壕に入ることをキミヒコは決めていた。


「なかなか、しっかりした造りだな。……じゃああとは頼むぞ」


 そう言って、防空壕の中に入ろうとするキミヒコの耳に、一際大きいドラゴンの咆哮が響いた。

 空を見れば、巨大な影が雨の中を旋回しているのが見える。どうやら、雲の下に降りてきたようだ。


「あれが……特十七号、か」

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