#13 安眠を求めて

 天体観測が終わったあと、キミヒコとホワイトは教会宿舎に戻るため、深夜の市内を歩いていた。宿舎の屋上で行われた天体観測であるが、夜も遅いということでアデラインを自宅まで送り、その帰り道ということだ。


 キミヒコは心ここにあらずといった雰囲気で、ぼんやりと歩みを進めていた。コツコツと、革靴で石畳の上を歩む音が静かに響く。


「……貴方、どうしました? いつも以上に頭が働いていない雰囲気ですが」


 主人の様子を心配してか、ホワイトがそんなことを言う。


「……ホワイト。大司教が言ってたこと、どう思う?」


 キミヒコとしては、今晩得た情報は突飛なものばかりで、その整理に苦労していた。


 教会はキミヒコの元いた世界について知っているのではないか。それについて軽く探りを入れるつもりが、なぜかこんなことになってしまった。

 想定外の情報の処理に苦慮するあまり、猫の手も借りたい思いでホワイトの意見も聞いてみる。


「言ってたこと……どれのことです? 星座について? 教会について? それとも大いなる意志について?」


「大いなる意志と、それにまつわる教会の活動についてだ。あれは本当のことなのか?」


「さあ……? それは、私には判断のつかないことです。知識としてありませんので」


 やはり、この人形の見識には頼れそうにはない。元から期待はしていなかったが、それでもキミヒコは嘆息するほかなかった。


「お前が知らないってことは、一般的な知見でないのは確かか……。あの女の妄言であることも否定はできんが、裏を取ることもできんな……」


「痛めつけて吐かせますか?」


「……そうやって暴力で全部解決しようとするの、もう卒業しようぜ。ギルドの契約満了までは絶対にトラブルは起こせないって、何度説明したらわかるんだよ」


 さも当然のように暴力的な提言を行なうホワイトを、キミヒコが嗜める。


「そうは言いますが……貴方、弱みを握られてますよね」


「それはお互い様の話だ。あの女は無許可の炎術師パイロマンサーだぞ。俺が役所に密告すれば、あいつは逮捕される」


「……相手から暴露してきたことですよね、それ。貴方、いいように翻弄されているのではありませんか?」


 痛いところを突かれ、キミヒコは苦い顔をした。


「うるさいな。それを言ってくれるな……」


「やれやれ。年下の、それも全然男慣れしてなさそうな女に、こうも振り回されるとは……。金銭を介しての女性関係ばかりだから、こんなことになるのです」


「こ、この……! 言っていいことと悪いことがあんだろうが……!」


 よりにもよって、コミュニケーション能力が破綻しているこの人形に、こんな耳の痛いことを言われるとは。思いもよらぬところから精神的ショックを受け、キミヒコは憤懣やるかたなしという表情になる。


 お返しとばかりにホワイトの頭をペシペシとはたきながら、キミヒコは歩みを進めた。ホワイトはされるがままで、カクンカクンと頭を揺らしながらも、キミヒコの傍を離れない。


「で、結局のところ、口封じはいいんですか?」


「いいもなにも、やりようがない。一応は秘密交換という形にはなってるんだから、それで我慢だ」


「やりようがないということはないでしょう。死人に口無し、という言葉もあります」


「だから! 暴力は! 卒業しろっての!」


 コントのようなやりとりであるが、ホワイトは殺ると言ったら本当に殺ってしまう。曖昧な返事や、肯定的なニュアンスを含ませた返事はご法度である。きちんと否定をしておかないと、後々、大変なことになってしまう。

 いかにも「私、わかりました」という態度を見せることもあるが、その実全然わかっていないことがほとんどなのだ。


 ギルドとの確執、アデラインの真意、そしてホワイトの暴力性。ストレスの種は増える一方なのに、教会宿舎の寝心地も悪いとくる。


 このままでは寝不足にでもなってしまわないか。そんな心配をしながら歩いていると、キミヒコたちの今の帰る場所、教会宿舎が目に映った。もう深夜と言っていい時間だが、その扉からはうっすらと明かりが漏れている。


 早く暖かい室内に入りたくて、キミヒコは足早に扉まで向かう。

 扉を開けて中へ入ると、受付カウンターにキミヒコの顔馴染みの聖職者が座っていた。


「ん? ああ、キミヒコさん。おかえりなさい。大司教様を送っていただいて、ありがとうございました」


「いえいえ、当然のことですよ。物騒な世の中ですからね……」


「ですねぇ……。この間も一人、行方不明者が出ましたからね。まだ小さい男の子だそうで。痛ましいことです……」


 教会宿舎では、深夜であろうと常に一人は受付に人がいる。教会には公共施設としての側面があり、緊急時の避難所などの役割もあるためだ。大抵は下っ端の司祭が、持ち回りで寝ずの番をしている。


「あ、そうだ。この間の要望、どうなりました?」


「ああ、あれですか……。上には伝えてありますが、なんとも……」


 あまりに寝心地の悪い寝具に不満を持っていたキミヒコは、その改善のための要望を出していた。自分好みの寝具を買ってくるから、それを持ち込ませてくれといった内容のものだ。


 金を出すのは自分なのだから、これくらいの許可はすぐに出るかと思いきや、なかなかそうはならなかった。建前上とはいえ清貧を是とする教会で、キミヒコだけが高級ベッドに寝ていては問題があるということらしい。


「そう言わずに……寄付ならしますから、なんとかお願いしますよ。布団くらい、いいじゃないですか。私のポケットマネーで出すんですから。ここから出ていったあとは、宿舎の備品にして構いませんよ」


「そう言われましても……他の皆さんも同じ布団ですし、特別扱いはできませんよ」


「そうおっしゃらずに、お願いしますよ。このところ冷え込んで、寒くてたまらないんです。本当に寝るのもひと苦労で……なあそうだろ、ホワイト」


 なかなか要望を聞いてくれない男に、キミヒコは援護射撃をホワイトに要請する。

 だがこれを、キミヒコはすぐに後悔することとなった。


「そうですね。なかなか寝付けないからって、背中をさすってほしいだの、子守唄を歌ってほしいだの、赤ん坊のような要求を毎晩されてますし」


 ホワイトの発言に、受付の男が絶句してキミヒコを凝視する。

 口にこそ出さないが「こいつ、マジか?」というようなセリフが顔に書いてある。


「……ホワイト君。ちょっと、黙ってようね」


 同じく絶句していたキミヒコが立ち直り、ホワイトのこれ以上の失言を封じる。そしてすぐさま、自己弁護に乗り出した。


「いやあの、違うんですよ。誤解ですって」


「……誰にも言いませんから、大丈夫ですよ。……ですが、まさか……まさかないとは思いますが、人形相手とはいえ、宿舎内での淫らな行ないは厳禁ですからね」


 いい歳した男が、この小さな少女人形に寝かしつけてもらっている。それだけでも絵面的に問題があるのだが、さらにとんでもない邪推をされてしまっていた。特殊プレイの一環と思われているらしい。

 ひどい誤解に、キミヒコの顔が青くなる。


「えっ、いや、ちょ……するわけないじゃないですか! こいつ人形ですよ!? 信じてください!」


 キミヒコの必死の弁明も虚しく、受付の男は「わかってますから」と繰り返すばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る