#10 セプテントリオン
日が沈み、薄暗い空に星が見えるようになる。
キミヒコとホワイトはそんな空の下、寝泊りする教会への道を歩いていた。
「どうだった? 今日の仕事は」
「駄目ですね。都市内部では、目ぼしい魔獣は発見できませんでした。外の仕事でしたら、獲物は豊富ですが」
「……外の仕事は駄目だ。ギルドに難癖をつけられる可能性は避けたい」
今日の成果はなかったようだが、致し方ないことだとキミヒコは諦めた。
キミヒコは今現在、ホワイトには都市の外での魔獣狩りは禁じている。理由はギルドだ。
契約により、都市の外に出るのはギルドの許可を受けたうえで、規定の時間内でなければならない。
キミヒコとしてはその許可を取るのすら嫌だったし、許可を受けても嫌がらせにタイトなスケジュールを組まされたりする可能性を考えていた。万が一に門限が間に合わなかったりして、契約違反だと言われては目も当てられない。
だが、市内に潜んでいた魔獣も、もはやそれほど残っていないようだ。
都市型の魔獣というものは、そもそも発見が困難なものなのだが、ホワイトの索敵能力は凄まじかった。下水道に隠れていたスライムやら、廃屋に潜んでいた自動人形やらを、片っ端から見つけ出して始末していた。
例の失踪事件の影響により、都市型魔獣には高い報酬がつけられていたため、濡れ手で粟の大儲けができたのだが、これ以上は望めそうにない。
「……ま、いいさ。教会で契約満了までは世話になれる。質素だが飯もついてくるし、歓楽街にも出掛けられんから、金も使わんし……」
「そうですね。健康的でいいことです」
キミヒコはこのところ、禁欲的な生活を送っていた。教会に世話になっているので体面を気にした形だ。
もし教会に素行不良を咎められて、追い出されることがあれば、今度こそギルドに頭を下げなければならない。それはなんとしても避けたかった。
「もう獲物はいないかもしれんが、明日もこの調子で頼むぞ」
「そういうことでしたら、明日も市内での探索を続けます。……貴方は今日、どうでしたか?」
「俺か? もちろんバッチリよ。俺の聖句朗読は最高だとよ。ブラムド司教のお墨付きだ」
キミヒコが自信満々に言う。
この人形には常日頃から、昼行灯だのなんだのと馬鹿にされているため、威厳を見せつけてやろうという心づもりだ。
「ふむ……わかりませんね」
「いやなにがだよ。俺がしっかりしてるのが、そんなにおかしいか?」
「まあそれもおかしいのですが、私が言いたいのは聖句のことです。なにをそんなにありがたがっているのでしょうか。大した内容には思えませんが」
ホワイトがミサで読み上げられる聖句について、疑問を呈する。
人の物を盗んではいけませんとか、不倫は駄目ですとか、両親を大事にしましょうとか、聖句とはそんな道徳や倫理を説く内容になっている。
キミヒコには問題ないのだが、無駄に勿体ぶったような表現のためか、読んだり書いたりが難しいらしい。
人間の道徳や倫理からは程遠い価値観を持つこの人形には、聖句の内容が理解不能なのは当然ではある。だからその内容の社会的意義について、ホワイトに説明しても無意味だろう。
だが、聖句にはその内容以外にも信者にとっては重要な側面もある。
「ああ、そりゃあれだ。言語教会の教義では、自分で聖句を唱えたり聖職者に唱えてもらえば、死後にそいつは救われるみたいな感じだからな。要するに、あれだけ唱えてれば天国に行けるっていう寸法よ。俺の故郷の宗教もそんな感じだった」
キミヒコからすると、教会の聖句については理解がしやすかった。故郷、日本の宗教との近い部分があったからだ。
ただ念仏を唱えていれば極楽浄土に行ける。他力本願を是とする仏教宗派と同じというわけだ。法事の度に、お寺の坊主に金を包んでお経をあげてもらっていたのを、キミヒコは思い出した。
「なるほど。意味不明ですね」
「まあ、お前はそうだろうな」
そして案の定、ホワイトには理解が及ばないことだった。
この人形は天国地獄どころか、生死の概念すら怪しい。死後に天国に行くとか地獄に落ちるとかを説明しても理解できるわけがない。
そんな調子でお互いの今日の出来事の報告を交えながら、二人でメドーザ市の大通りを歩く。すっかり日も沈んで、星明かりが道を照らしている。
「星空、綺麗だな。北斗七星がしっかり見えるぞ。とすると……北極星はあれか」
「私は星が見えませんから、反応に困ります」
キミヒコはなんとなく、北極星の位置を確認したくなった。探してみると簡単に見つかる。これで異世界でも夜空を見れば方角がわかるななどと考えていると、唐突に違和感を覚えた。
……いや、おかしくないか。同じ星座がそのまま見えるってことは、ここは地球なのか……? 北極星が見えるなら北半球?
星座もそうだが、暦もほぼ同じであることも気になった。この世界の暦は、現代日本でも使われていたグレゴリオ暦ほぼそのままである。この星の公転周期は、地球と太陽のそれと同じということだ。月齢も地球と同一のように思えた。
キミヒコがこの世界に来て、それなりの月日が経っているのに、いまさらこんなことが気になった。
いったいここは、どこなのか。平行世界とかなのだろうか。
「なにを考えこんでいるんです? 夜空になにか見えましたか?」
「……なあ、星座ってわかるか?」
「まあ、一般的なものなら。貴方がさっき口にした北斗七星は、おおぐま座の一部ですね」
なんてことはないかのようにホワイトが言うが、キミヒコからするといろいろおかしい発言だった。
「おおぐま座って……お前、熊ってなにかわかってる?」
「……クマ?」
この世界には熊がいない。にもかかわらず、熊を模した星座だけが存在するとは妙な話である。
「……熊がいないのに、おおぐま座ってなんだよ。いろいろおかしくないか?」
「えぇ……。そんなことを言われましても。そういうものだとしか、わからないのですが」
キミヒコが覚える違和感を、ホワイトに尋ねてみるがしっかりとした答えは返ってこない。
そもそも、同じ星と星を結んで星座を作って、さらにそこから同じものを連想して名前をつけるなどありえない。キミヒコが事前の知識がなくおおぐま座を見たところで、熊を連想することはないだろう。
星座の命名を行なったのは、どこの誰か。キミヒコは気になった。
「星座の命名は誰がやったんだ?」
「言語教会ですね。教会では天文学も盛んですよ。教会で世話になって、ミサで聖句の朗読までしているのに、ご存知ないので?」
キミヒコの質問に、今度は淀みなく答えるホワイト。余計な嫌味は無視しつつ、キミヒコは考える。
言語教会、か。今日見つけたピアノも、総本山のゲドラフ市由来のものだと、大司教は言ってたな……。
言語教会は異世界について、なにか知っているかもしれない。それについて探りを入れるのも、悪くないようにキミヒコには思えた。
この世界に来てから、自身が異世界人であることとはホワイト以外に告げたことはない。十中八九、狂人であると思われるだけであろうし、仮に異世界のことを認知している相手がいた場合、どのような扱いになるか想像がつかなかったということもある。
自身の出自を明かす必要性は微塵も感じないが、教会が異世界についてどの程度知っていて、どういう扱いをするのか。万が一、出自がバレた場合に備えてそれを調べるのも悪くない。
どうせ暇なのだから、教会に世話になっているうちに、そうすることをキミヒコは決めた。
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