#9 教会の浮説

 日が沈み始めた頃、キミヒコは魔獣狩りの仕事へ出掛けたホワイトを迎えに、中央東公園まで来ていた。


 ホワイトはまだ来ていないので、ベンチに腰掛け、葉巻をふかしながら広場中央の噴水を眺める。子供たちが大騒ぎをしながら噴水の周りを駆け回っていた。この寒いのに元気なことだと感心する。


「よお、キミヒコ。なにを黄昏ているんだい?」


「ん? シモンか」


 いつの間にか、キミヒコの目の前にはヒョロっとした体格の黒髪の男が立っていた。キミヒコの知り合いのハンター、シモンである。


「どうだい、教会ではうまくやってるか?」


「ああ、どうにかな……。親切にしてもらってるよ」


 会話を交わしながら、シモンもベンチに腰掛けた。


 キミヒコが宿が出禁になったくだりは、シモンもまた知ることとなっていた。

 ギルドのせいだと愚痴るキミヒコに「だから喧嘩するなって言ったのに。言わんこっちゃない」と呆れられたのは記憶に新しい。ついでに「俺を巻き込むなよ」と釘も刺された。


 友達がいのないやつだとも思ったが、キミヒコはそれを甘んじて受け入れた。

 立場が逆だったらキミヒコもまたそう言っただろうし、そういうドライな性格であるから付き合いが続いている。そこを理解していたからだ。


「ま、そりゃあな。お前ほどの神聖言語の語り手なら、教会も無下にはすまいよ。今朝の朗読、大したもんだったぜ」


「なんだ、聞いてたのかよ。あれはブラムド司教に頼まれてな。泊めてもらってるのに、断るのもなんだしよ。ていうかお前、ミサとか来るんだ……。すげー意外なんだけど」


「ほっとけ。……ブラムド司教か。あの人はいかにも真面目な聖職者だからなあ。だが、他の連中は銭ゲバだから注意した方がいいぜ」


 それはそうだろうな、とキミヒコは思った。


 実際にマダラスを通じての賄賂によって、キミヒコは教会に宿泊できている。金を受け取った司教はブラムドではない。

 金を贈った司教は、教会内でのトラブルを避けるための約束事をいくつかキミヒコと交わして、それきり干渉してこない。キミヒコとしては付き合いやすい相手で、ありがたいことだった。


 そういうわけで、ブラムドを除く司教たちが銭ゲバという話はキミヒコとしては納得のいくものだった。だが、ふと気になることを思いつく。


「連中が銭ゲバってのはわかるが、大司教もか?」


「あの娘はただのお飾りさ。なにもできやしないよ。それゆえ、善良かもしれんがな」


 アデラインの評判が気になっての問いかけだったが、返ってきたのは案の定な答えだった。


 お飾り、か。まあそんなもんだろうな……。


 騎士のような自身の武力を担保にできる存在であれば、歳若くとも就任していてそれほど違和感はない。だが、聖職者というものは政治色が強い存在だ。

 アデラインのような小娘に、老獪な聖職者たちを御せるとは、キミヒコも思っていなかった。


「……ここだけの話、あの教会はあまりよくない噂もある」


「よくない噂ねえ……」


 したり顔でそんなことを言うシモンに、キミヒコは気の無い相槌をうつ。

 教会の聖職者がアコギな商売をしているとか詐欺をしているとか、そんな話はよくあることで、特に興味は惹かれない。


「なんだい。あんまり興味なさそうだな」


「実際興味ない。どうせ、金に汚い聖職者がどうとかって話だろ。俺にとって不都合がなければ、どうでもいいな」


「それはそうだろうよ。だが、この噂は銭が絡んだ話じゃない」


「……ほお?」


 キミヒコは少し興味が湧いた。教会のゴシップネタといえば、金の話が定番だ。それが絡まないとはどんな話だろうか。


「先代教区長が、教会の陰謀で殺されたんじゃないかって話さ」


「そりゃ、穏やかじゃないな」


 ずいぶんと険呑な話だった。


「先代は確か、唐突に行方をくらましたんだろ? 言っちゃなんだが、この都市じゃ行方不明者なんて山ほどいるじゃん。それがどうして殺されたなんて話になるんだ?」


「……先代が姿をくらましたのは、教会内だ。行方不明になった日、教会に出勤してから外に出ることなく、そのままいなくなったんだ」


「……なるほど、内部犯が疑われるってことかい」


 シモンの言わんとするところを察して、キミヒコが言った。


「そーゆーこと。世間じゃ例の失踪事件と同列扱いだが、被害者の立場といい状況といい、きな臭いだろう?」


 確かにきな臭い話である。


 先代教区長が死ぬことで得する誰かによる犯行とくれば、教会内部の権力争いだろうか。だが、後釜に座ったのは娘であるアデラインだ。教区長の座が欲しかったのだとすれば、この陰謀は失敗と言える。

 あるいは先代教区長がなにかよからぬことを知ってしまい、口封じで殺されたとかはどうだろう。真面目な人だったらしいので、教会の不正かなにかを暴こうとして返り討ちにあったなんてこともあるかも知れない。


 キミヒコはいろいろな想像をしてみたが、結局は下種の勘繰りの領域を出ない。


「……ま、確かに怪しいし、想像が膨らむ話だ。でも、どう考えても俺には関係ないな」


「はははっ、そりゃそうだ。まあこんな噂もあるくらいに思っといてくれよ」


 シモンが笑いながらそう言って、この噂話は終わった。


「つかお前、暇なのか? 仕事帰りって感じじゃないが」


「俺の魔獣の、定期監査の日だったんだよ……。あいつら、俺のコロちゃんを鎖で繋いでおきながら、何度も何度もくだらない調査をしやがる。しかも、調査費はなぜか俺持ちなんだぞ! 信じられるか!?」


 藪蛇だったとキミヒコは後悔した。


 この男はとにかく、自身の魔獣のこととなると愚痴っぽい。


「また始まったよ……。苦労してるのは別に魔獣使いだけじゃないだろ。例えば……炎術師パイロマンサーとかさあ」


「ああ、まあ、確かに。あいつらはなあ……。でも連中のことはきっちり規制してくれないと、下手すりゃ大火事だからな」


 シモンをなだめるため、例として炎術師パイロマンサーを挙げる。


 炎術師パイロマンサーとはその名のとおり、炎の魔術を扱う人間のことだ。キミヒコは魔術に明るくないので詳しくはないが、適性によってはこれしか扱えない魔術師もいるらしい。

 魔獣使いも各都市での認可が必要な存在ではあるのだが、炎術師パイロマンサーの規制はそれ以上に厳しい。


 認可もなしに火炎魔術を使用すれば当然お縄となるし、使わなくとも事前に申告がなければ炎術師パイロマンサーというだけで捕まる。


 魔獣狩りに行って、逆に山火事を起こして村ごと丸焼けなどという、冗談ではすまない事例もあるので当然の措置ではある。だが、彼らは肩身の狭い思いをしていることだろう。


「まあ、連中もかわいそうと言えばかわいそうかな……。腕のいいやつは本当にすごいんだがよ……」


「お、知り合いに炎術師パイロマンサーがいるのか?」


「ああ、一回だけ仕事で組んだことがあってな。魔術のコントロールが半端じゃなかったな、あいつ。魔獣に火炎魔術を浴びせて、目的の部位以外は消し炭にしちまった。毛皮と魔石だけ残して、他は灰になっちまった。解体の手間要らずだったよ」


 うまく話題を誘導して、そんな会話をしていると、急にシモンが肩をビクリと震わせた。


「……おっと、お前の待ち人が来たようだ。俺は退散させてもらうよ」


「ん? ああ、そうか……。それじゃあな。神隠しにあわないように、気を付けて帰れよ」


「おう、お前もな」


 そう言って、シモンはそそくさと去っていく。

 シモンが去っていった方向とは反対の通りに、小柄な白い人影が見えた。ホワイトが戻ってきたようだ。


「ただいま戻りました」


「ああ、おかえりホワイト。さて、教会へ帰ろうか」


「はい」

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