#16 バイツァダスト

 キミヒコが王都についた頃、アインラード市では王女派の攻撃が始まっていた。


 アインラード市は城壁が整えられた城郭都市ではあるが、騎士が防御側にいない以上それは意味をなさない。

 騎士ヴェルトロが放った一撃で城門は粉砕され、王女派の軍勢が都市の中に雪崩れ込む。その中には若き騎士、フォルゴーレの姿があった。


「火の手が上がっているな。あちらは糧秣庫の方か?」


「そのようです。あちらにはサジタリオ卿が向かっていますが、どれだけ確保できるか……」


 フォルゴーレは近くの武官に問いかけたが、その返答は芳しくない。


 現在、王女派の騎士は三方に分かれて都市の制圧にあたっていた。サジタリオは騎士の単独行動を望まなかったが、都市の確保をスムーズに行うため、こういった形となった。

 この都市が王都を攻略するまでの拠点となるので、無傷で確保したいという欲がでた結果だ。フォルゴーレの担当は東門の確保となっている。


「あちらのことを考えても仕方あるまい。今は我々の仕事に集中しよう」


 戦いはすでに収束に向かいつつある。西門を破られてからは、王弟派からはろくな抵抗はない。騎士ウーデットも出てこなれば、例の殺戮人形の姿もない。


 あとは自分が東門を制圧すれば、敵は逃げることもできずに降伏するだろう。そう考えながら東門へと続く大通りを進むフォルゴーレの目の端に、見えるものがあった。


「……糸だ」


 騎士の短い呟きに、東門へと進む一団に緊張が走る。


 全員が足を止め魔力感知を行う。現在地は東門の目と鼻の先だ。糸は周囲の建物から城壁へと伸びている。


 東門は二基の塔が両脇を固める構造となっている。そしてフォルゴーレ達から見て左側の塔上部の胸壁の上、そこに白い人影が立っていた。

 白い髪とドレスが、風を受けてたなびいている。


「……フォルゴーレ卿。ここは我らが」


「いや、貴官らは東門を制圧しろ。あれの相手は私がする」


「しかし、サジタリオ卿は――」


 武官が反論しようと言葉を出そうとしたとき、人形が動いた。


 ふわりと宙に身を投げ出し東門の前に着地。そのまま、ゆったりとした足取りでフォルゴーレたちの方へと歩みを進める。触手のような細々とした糸が蠢き、周囲へと広がっていく。


「案ずるな、時間稼ぎをするだけだ。その間に、頼む」


 それだけ言って、返事も聞かずにフォルゴーレは人形へと向かっていく。


 ついてる。フォルゴーレは内心でそう思う。

 ここでこの人形を打ち倒すことができれば、サエッタの仇討ちができれば、これ以上ない武勲となる。


 いまだに自分は騎士としては不足と思われている。見目の良さで姫に取り入って騎士の位を得たと、そう思われている。

 ここでこの人形を討つことができれば、誰もが自分を騎士と認めるだろう。ヘンリエッタの傍に立つのにふさわしい男であると認められる。あの愛しい人の傍に堂々と寄り添うことができる。


 フォルゴーレは胸中の思いを込めるように、自らの剣に魔力を練り上げる。ヘンリエッタより下賜されたこの騎士武装は、フォルゴーレにとっての誇りであり、心の支えだった。


 まずは小手調べ。そう思い上段に構えた剣を振り下ろす。剣に込められた魔力が光波の斬撃となって、人形へ向けて放たれる。


 人形は垂直に飛び上がってそれを回避。光波は地面に突き刺さり、石畳を巻き上げながら大通りに亀裂を残した。


 ――迂闊だなッ!


 人形の行動を悪手と断じ、即座に追撃に移る。

 フォルゴーレは振り下ろした剣を瞬時に上に振り上げ、再び光波を放った。


 空中にいる人形は避けられない、そのはずだった。フォルゴーレの予想を裏切り、人形は空中で方向を転換し急速にその身を移動させ、通りの建物の屋上へ着地。


 糸を使って移動したか。立体的な機動ができるとは、厄介だな。


 あらかじめ張ってあった糸を収縮させて移動したのを見て、そう考えるフォルゴーレ。


 今度はこちらの番とばかりに、人形が周囲の糸を巻き取るようにして全身に魔力を集中させる。そしてその身から四方八方に糸が放たれた。


 フォルゴーレの方向に放たれた糸は十本以上。それぞれが直進していく。フォルゴーレは瞬時に回避ではなく迎撃を判断し、自身に命中しそうな三本の糸を剣でなぎ払う。

 魔力が込められた剣に触れた糸は、はらりと弛んで消失した。


 その他の糸はそれぞれ石畳や建物に突き刺さり、人形からピンと張られた状態になる。どうやらあの糸は魔力の干渉で弾くことができるらしい。


 攻撃を凌いだとフォルゴーレが息をつくのも束の間、今度は人形が分裂した。


 頭、胸、腰、手足、そして身に纏っていた白いドレスまで上衣、スカート、左右の袖に分割されて、四方へ飛ぶ。いったん四散した各パーツはフォルゴーレを囲むように展開すると、中心に向かって手足のパーツが突進を仕掛けた。


 放たれた糸のうち、フォルゴーレの周囲に固定された糸を利用した攻撃らしい。

 一見して回避不能の四方からの攻撃だが、フォルゴーレは落ち着いて対処した。


 糸を見ることで軌道を読み、一撃目の右足を剣で弾く。続く右腕、左足を一撃目の方向へ跳躍して回避。その際に残る左腕を引く糸を切断すると左腕は明後日の方向へ転がっていく。


 この隙に頭部か胸部に攻撃を仕掛けようと、その位置を確認しようとするフォルゴーレの耳に、破砕音が響いた。遠くに転がった人形の左腕が地面の石畳を破壊したらしい。


 一瞬そちらに気を取られたフォルゴーレだが、その刹那の狭間に、すぐ背後でカチャリという音が連続するのを耳ざとく聞きつけた。

 即座に左へ跳ぶと、フォルゴーレのいた場所に人形の手刀が振り下ろされ、地面を抉る。人形はフォルゴーレの気を引いた一瞬のうちに、左腕以外を合体させ人型を形成していた。


 手刀のお返しとばかりにフォルゴーレが横なぎの一閃を放つが、人形はバックステップでそれを躱し、残る左腕に糸を放ちそれを巻き取って回収する。


「フォルゴーレ卿! お引きください!」


 一連の攻防を見て、場に残っていた武官がたまらず声をあげる。


「下がっていろ! やってやれない相手ではない!」


 自分を鼓舞するようにフォルゴーレはそう叫んだ。


 戦闘の高揚感に任せての発言だったが、その一方で相手は強いが決して勝算がないわけではないと、自身の冷静な部分が判断していた。


 まだやれる。そう判断するフォルゴーレだったが、人形は不意に城壁側に向かって駆け出した。


 城壁を見やれば、東門の塔の上に王女派の旗が掲げられている。


 東門が制圧されたのを見て撤退する気か。そう判断したフォルゴーレは、人形を追って駆け出した。


 人形は東門までたどり着くと、周囲の兵には目もくれずに跳躍し塔の外壁を駆け上がる。


 このままでは逃げられる。


 フォルゴーレは覚悟を決め、両足に魔力を込めて一気に塔の屋上を目指し跳躍した。着地の隙を狙われてはひとたまりもない危険な賭けだ。


 塔の屋上の胸壁に着地したフォルゴーレは、即座に人形の位置を確認する。人形は都市の外側の胸壁の上。フォルゴーレに背をむけ、そのまま飛び降りる。その白い体は赤く染まっていた。


 ――誰の血だ?


 瞬時に人形を追おうと、屋上へ降り立ったフォルゴーレの脳裏に、そんな疑問がよぎった。その疑問に引きづられ、一瞬周囲に気を配ったことが彼の命を助けた。


 首をはねられた王女派の兵の死体。その手に持つ弩がフォルゴーレに狙いを定めている。

 次の瞬間に放たれた矢を、剣の腹を盾にして軌道を逸らす。甲高い金属音がして、矢がフォルゴーレの兜を飛ばした。兵の死体から這い出るように人形の腕が現れ、都市の外へ向かおうとする。


 人形のくせに、妙な小細工をしてくれる。


 フォルゴーレは内心でそう吐き捨てる。そして、人形の腕を追うため足を進めようとして、フォルゴーレは膝をついた。


「……ぇ」


 息を吐こうとした口から鮮血が漏れる。フォルゴーレが視線を下にすると、自身の胸から小さな腕が生えているのが見えた。


 いつの間にか、フォルゴーレの背後に立っていた人形が、残った右腕でその胸を貫いていた。


 撤退すると見せかけて、塔の外壁を回り込んだのか……。


 薄れゆく意識の中でフォルゴーレはそう理解した。


 結局、自分は騎士の器ではなかったのか。サジタリオ卿の懸念のとおりになってしまった。皆に迷惑をかけてしまったな……。


 後悔、懺悔、様々な思いがフォルゴーレの内を駆け巡る。

 そして、彼が最期に思うのは愛する女性のことだった。


 本当は指導者など向いてはいないのに、気丈に振舞う姿。慟哭と共に弱音を吐露され、縋り付かれたときの震えた声。想いを通わせた際に見せてくれた、花が咲くような笑顔。

 ヘンリエッタとの思い出が、暗くなっていく意識の中で、ぼんやりと浮かんでは消えていく。


 騎士に右腕を突き刺したまま、白い殺戮人形は左肩の糸を巻き取っていき、左腕が人形の肩にはまり込む。右腕が引き抜かれると同時、装着された左腕が振るわれてフォルゴーレの首が落ちた。


 彼の意識は完全に消えてなくなった。

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