#17 帰還

 王都ブルッケンの王城の一室。傭兵として雇われたキミヒコのために用意された部屋で、さすがに一国の王城だけあってなかなかのものである。


 広い間取りに、大きくてふわふわなベッドにソファ。呼べばメイドが来てくれ、酒でも食事でも持ってきてくれるという好待遇だった。


 キミヒコが今日も優雅に昼前から酒を嗜んでいると、ホワイトが戻ってきた。


「ただいま帰還しました」


「おう、おかえり。首尾はどうだった……いや、聞くまでもないか」


 いつもどおりの、何度目かわからないやりとりをしようとしたキミヒコだったが、今回は聞くまでもなく戦果がわかった。

 騎士武装と思われる立派な装飾の剣と、その持ち主であった男の首級が入っているであろう皮袋をホワイトは持っていた。


「言われたとおり、フォルゴーレとかいう騎士は始末してきましたよ。これが騎士武装と首です」


「でかした。……それはいいんだが、そんなもん持って王城に入ってきて、なにも言われなかったか?」


 ホワイトの格好に疑問を呈するキミヒコ。


 皮袋はいいとして、その渇いた血のついた剣はまずくはないだろうか。アインラード市にいたときと異なり、ここは王城だ。武官以外にも人の出入りが多い。


「ああ、ここの兵隊になにかいろいろ言われましたよ。この部屋の前までついてきますが、どうします? 排除しますか?」


「……なんだって? 兵隊がついてきてる……?」


「私になにか文句があるようでした。首級の入っているこの袋も、無理やり押しつけられました」


 なんてことないかのようにそう言うホワイトに、キミヒコは閉口した。


 ……おいおいおい。こいつ、剣だけじゃなくて生首をそのまま持って登城したのかよ。


 剣を引きずりながら、生首を持って歩く少女。ずいぶんと危険な絵面である。


 ホワイトの奇行は今に始まったことではない。アインラード市でもこうだったが、あそこの臨時司令部庁舎には武官しかいなかった。役人に王女派のシンパがいるということで、全員追い出していたためだ。

 それに加え、司令官である騎士ウーデットが司令部全体に通達を出していたため、血塗れで帰還しようが生首を持ち歩こうが、問題にはならなかった。


「無理やり突破して、ここまで来たんじゃないよな?」


「いえ、私の行手を遮ろうという方はいませんでしたから。正門を通って普通に歩いてきました」


 暴力沙汰を起こしたわけではないらしいと、とりあえずキミヒコは安堵の息をついた。


 普通なら素通りはあり得ない。おそらくウーデットが手を回してくれたのだろう。彼にはあとで礼を言うとして、今はともかく、部屋の前にいるであろう兵士たちに弁明しなくては。


 扉越しに声をかけて入室してもらうことにする。


「……失礼します」


 ぞろぞろと兵士が入ってきた。キミヒコが思っていたよりも大所帯だ。


「どうも。うちのホワイトが迷惑をかけたみたいで、申し訳ありませんね」


「い、いえ……。その、できれば騎士武装と首級をこちらへお預けいただけたらと……」


 顔を青くしながら、代表らしき兵士がキミヒコに嘆願する。


「ええ、もちろん。ホワイト、渡してやれ」


「わかりました」


 ホワイトが兵士に近づくと、兵士たちが後ずさる。


 代表の兵士だけが顔面蒼白になりながらもその場に踏みとどまって、剣と首級入りの袋を受け取った。ホワイトが離れていくと露骨にホッとした顔になる。


「確かに受け取りました。……その、ホワイト殿は喋ることができたのですね」


 ホワイトはいつものとおり、他者からの問いかけに無視を決め込んでここまで来たようだ。


 まあ、そりゃ怖いよな。騎士をぶっ殺してきたやばい奴なのに、意思疎通も図れないとか……。


 キミヒコとしてはもう少し社交性を身につけてほしいのだが、ホワイトのこうした部分はなかなか改善されない。キミヒコがいくら言っても変わらないし、理解できないようだった。


「ええ、まあ。人見知りなので私以外には無口なんですよ。困ったものです」


「そうでしたか。……どうも此度は大人数で押しかけ申し訳ない。それでは、失礼します」


 そう言って、兵士たちはそそくさと部屋を出ていった。


 兵士たちがいなくなったところで、ホワイトにいろいろ聞くこととする。


「アインラード市は落ちたな?」


「司令部がどうなったかは知りませんが、おそらくは。私が脱出するときは東門は制圧されてました」


「他の騎士とは交戦したか? 殺してないよな?」


「騎士サジタリオと騎士ヴェルトロには会敵しませんでした。生死は不明です」


 予定どおりの戦果に、キミヒコは胸を撫で下ろす。

 勢い余って、他の騎士まで殺害していないか不安だったが、どうやら杞憂だったらしい。


 だが、心配事はまだまだ続く。


「……まだ詳しい日程は聞いていないが、後日アルフォンソ王との謁見がある。お前も同席するが、ウーデット卿が段取りを組んでくれているから、そのとおりに動いてくれ」


「はあ、わかりました」


「本当にわかってるのか? なにかムカつくことを言われても暴れたりするなよ。頼むからな」


「問題ありませんよ。むしろ貴方が変なことを言わないように気を付けるべきでは?」


「……そういう軽口、王の前では絶対にするなよ」


 ホワイトのコミュニケーション能力で謁見を乗り切れるか、キミヒコは今から不安で仕方がなかった。


 事前の段取りでは、ホワイトはひと言も喋らずにキミヒコの傍で控えているだけだが、王からなにか喋ってみろとか言われたらどうなるだろうか。まともな受け答えは、期待できない。


 ホワイトは正規兵や武官からは畏怖されているが、一般人からは可愛らしい動く人形くらいに思われている節がある。魔力の感知能力の差で、そうした認識の相違が出ているようだが、アルフォンソ王はどうだろうか。

 見目はいいので、軽い感じでちょっかいを出されないかキミヒコは不安だった。


 なるべくなら謁見は中止にならないかな。キミヒコはそんな勝手な期待をしていたが、謁見の日程の通達がこのすぐあとにきた。

 まだ先のことではあるが、キミヒコは今から胃が痛くなる思いだった。

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