#15 昼食会

 アインラード市から東に広がる平野の中心地にある一際大きな都市、ブルッケン市。王国の名を冠するこの都市は、小国とはいえ一国の首都にふさわしい威容を備えていた。


 アインラード市とは規模が違う。これなら歓楽街も期待できそうだとキミヒコは楽しみにしていた。


 現在キミヒコはそんな王都で一番立派な建物、王城の一室で昼食をとっていた。


「……そろそろ、戦が始まった頃合いですかね。アインラード市は」


「であろうな。だが、心配はいらない。私の従騎士はあれでよく気が付く男だ。無理なことはしない。ホワイト殿の実力を以ってすれば、問題なくここまで脱出できよう」


 相席しているのは騎士ウーデットである。


 なんでだ。この人暇なわけではあるまいに。これから決戦の準備があるはずだからな。俺なんぞに構っている余裕あるのか?


 キミヒコが訝しんでいると、苦笑したようにウーデットが口を開く。


「まあ、そう邪険にしないでもらいたい。貴公とはこうしてゆっくり話す機会がなくてな。こうして時間をとらせてもらった」


「は、はあ……」


「そう固くならずともいい。アインラード市での働きの報酬は先日内示したが、戦後の恩賞についても希望を聞いておきたくてな。貴公、戦後はどうする? 王国に仕官する気はないか?」


 戦後の恩賞に仕官の誘い。まだ勝ったわけでもないのに、捕らぬ狸の皮算用のような話である。


 キミヒコとしてはこの国に腰を落ち着けて、ホワイトと共にのんびりと暮らしたいと思っていた。そのためにいろいろな手を回してもらえるのはありがたいのではあるが、正直仕官には乗り気ではない。


 働きたくない。キミヒコの思いはそのひと言に尽きる。


 働かずに面白おかしく生きていくのがキミヒコの望みだった。面倒な責任が生じる要職のポストなどはごめんということだ。

 傭兵業の目的が権力者とのコネクションであって、自身が権力者になる気がないのもそういう理由だった。


「いえ、ありがたいお話ですが……。私のような流れ者が仕官となれば、ウーデット卿の気苦労になりましょう。私の人形は組織に溶け込むには問題がありますし……。私としては戦後はここに定住できればと思っていますので、その点でいろいろご都合していただければ十分です」


 失礼のないように、キミヒコはやんわりとそんな返事をした。


「……意外と欲がないな、貴公。望むのであれば、私の権限でそれなりの地位を用意するが」


「まあ、そういうことでしたら、なにか名誉職のようなものをいただければ。俸給が出るなら言うことありませんね。……あとはまあ、戦後もウーデット卿とは仲良くさせていただければと」


 コネクション構築の相手として、目の前の騎士は申し分ない。ここで仲良くなっておけば、あとはこの戦争に勝つだけだ。


 物事が順調に推移していることに、キミヒコは内心でほくそ笑む。


「そうか。では、私の方でそのように取り計らおう。だが、気が変わったらいつでも言ってくれ。武官として取り立てる用意もしておくでな。私としても、よりよい付き合いをしていきたいと思っている。よろしく頼むよ」


 ウーデットが朗らかに言う。


「ははは。ではどうか、これからもよろしくお願いします。……ですが、この話も全ては反乱軍を打ち負かすことができてからでしょう。実際のところ、どうなのです?」


 話を現実的な問題に切り替える。


 戦後の輝かしい未来も、勝たなければ絵に描いた餅に過ぎない。今のところ、この戦争は目の前の男の想定内で動いているようにキミヒコには思えた。負け戦ならこんな話を昼飯をとりながらするはずはない。

 だが、戦いに絶対はない。この戦争の行く末をこの騎士がどう考えているか、キミヒコは確認したかった。


「そうだな、全ては勝ってからの話ではある。今のところ状況は問題なく推移している。このまま王都まで敵を誘引して決戦に持ち込めば、私の見立てでは九割方勝てるだろう。騎士の数が唯一の懸念だったが、貴公らがこちらにいるのは大きい。仮に決戦に持ち込めなくとも、今度は物資の問題が敵にはある。反乱軍は春までは持たない。そうなるように、私はこの戦争を進めてきた」


 ウーデットの見解は、概ねキミヒコのそれと一致するところだった。納得はいくものの、全てを鵜呑みにするのもどうかと思われた。

 差し当たり、反論を出してみてその反応を窺うこととする。


「……追い詰められれば、物資は敵もどうにかするのでは? 強引に物資を徴発すれば、まだやれそうな気はします」


「その場合も反乱軍は軍勢を維持できんよ。それをやれば、連中は自らの掲げる大義を失う。もともと、王位継承権の順位を考えれば正当性はこちらにあるのだ。無理筋な陰謀論だけでは民衆はついてはこない」


 王女派のお題目の一つに無能な王の圧政に苦しむの民を救うというものがある。

 お偉方の掲げるお題目など、キミヒコは最初から信用していなかったので注視していなかったが、派閥をまとめる大義として機能していたらしい。


 そしてその大義は、民衆から戦争のために無理に徴発をかければ失ってしまうということだ。


 前王が暗殺されたという陰謀論の真偽はわからないが、そちらは大義名分として弱いようである。


「なるほど。……では、列強の干渉はどうです? 帝国とは現在どのような関係なのですか?」


 これもキミヒコとしては気になるところだった。


 列強、連合王国と帝国の国力は桁違いだ。ブルッケン王国など、どちらかがその気になれば片手間で滅ぼされるだろう。

 王弟派は現在帝国の庇護を受けているが、もし戦後に連合王国が攻めてきたら守ってくれるだろうか。


 帝国にそんな余裕はないとキミヒコは思っていた。帝国は現在、他の列強二国を相手に二正面作戦を展開中なのだ。


 シュバーデン帝国は強大な軍事国家だ。その前身であるザンネルク王国が主導した統一戦争と呼ばれる一連の戦争により、シュバーデンと呼ばれる地域の諸侯をまとめ上げて成立した新興国家である。


 軍事的天才である初代皇帝が遺した帝国軍は、戦術面においても軍組織としても他の列強の一歩も二歩も先を行っているという。現在展開中の二正面作戦も帝国軍が押しているとキミヒコは聞いたことがあった。


 だが、さすがの帝国軍も三正面作戦はどうだろうか。


 ブルッケン王国の存在するこの辺りは、連合王国と帝国の緩衝地帯となっている。なぜ帝国が手を出したのかはわからないが、この内戦に干渉したことで連合王国も出てくることとなった。


 現在は両国ともに各陣営の支持を表明するにとどめており、過度な支援は控えている。


 だが、戦後にブルッケン王国が親帝国国家となることを連合王国が許容するだろうか。もしそれが引き金となって連合王国と戦争になれば、帝国はどうするだろうか。


「もっともな心配だな。だが安心してほしい。確かに帝国は戦後に我々を軍事的に支援をすることはないだろう。現在そうしているようにな。だが、それは連合王国も同様だ。すでに連合王国とも話はついている」


「……連合王国とも話がついているのですか?」


「うむ。詳細は言えぬが、両国共に戦争は避けたいというのは一致しているのでな。戦後はどちらが勝っても、両国共にこの地域に軍事的干渉はしないという合意がある」


「ほう……そういうことでしたか……」


 そんな取り決めがあったことに、キミヒコは驚く。


 雇われたとはいえ外部の人間であるキミヒコに喋るくらいなので、密約と呼べるほどの秘密ではないのだろう。国家上層部においては公然のことなのかもしれない。


 しかし、こうなると帝国がこの内戦に口出しした理由が本当に不可解なものとなる。


 帝国はその軍事力とは裏腹に、外交の稚拙さには定評がある。実際、そうでなければ二正面作戦などやってはいないだろう。

 現在の連合王国との睨み合いの状況は帝国外交部のミスではあろうが、いくらなんでもこんな小国に意味もなく干渉はしない。


 いったいなにが目的だったのか。キミヒコは興味が湧いた。


「連合王国との戦争を避けたいにもかかわらず、なぜ帝国はこの内戦に干渉したのですか?」


「……帝国とは、この内戦以前から繋がりがあった。すまんが、これ以上は言えぬ」


 どうやら藪蛇だったらしい。


 キミヒコとしては、戦後に列強の干渉がないとわかったのだから、これ以上余計なことを聞く必要はなかった。おとなしく引き下がることにする。


「……それから、ホワイト殿が帰還したのち、貴公の陛下への謁見を予定している。陛下は……その、気の難しい方でな。事前に拝謁の際の段取りを説明するので、そのように頼みたい。台本とおりにやってくれれば問題ないはずだ」


 ここにきて嫌な話を聞かされてしまった。


 キミヒコはまだ面通ししていないが、アルフォンソ王は暗愚ということで有名だった。おまけに癇癪もちで、周りは苦労しているらしい。


 王弟派のもう一人の騎士、ハインケルが前線に今まで出てこなかったのは王をなだめるためだという。そのおかげでウーデットは随分と苦労をしてきたようだ。

 今までたった一人で騎士三人、いや実質四人を相手に前線指揮を執る羽目になっていた。孤軍奮闘とはこのことである。


 キミヒコとしては、正直なにを言われるかわからないので、謁見などしたくはない。だが、恩賞をもらい、この国でのんびりと生きていくには、致し方ないことだった。


「なにぶん、学がないものでして……。陛下に失礼のないように、決められたとおりにやりたいと思います。ご迷惑おかけしますが、ぜひ段取りを整えていただけると助かります」


「ん、そうかしこまることはない。まあ貴公ならば問題にはなるまいよ。気楽に構えていてくれ」


 キミヒコ一人でならどうとでもなる。だが、ホワイトが一緒で謁見を乗り切れるのか。不安ではあるが、ホワイトも帰らぬうちから気を揉んでも仕方がない。


 キミヒコはいったん謁見のことは忘れて、ウーデットの言うとおり気楽に構えることにした。


 そうして話は終わり、キミヒコとウーデットが雑談を交えながら昼食をとっていると、扉がノックされる音が響く。

 部屋に控えていたメイドが確認のためいったん部屋を出た。少し間をあけて戻ってくると、ウーデットになにやら耳打ちをする。


「ふむ、通してくれ」


「かしこまりました」


 伝令か、それとも来客でもあったのか。キミヒコがやりとりを黙って聞いていると、ウーデットが口を開く。


「ハインケル卿だ。よい機会だ。貴公も面通ししておくといいだろう」


 来訪したのは騎士ハインケルだった。王弟派の二人の騎士の片割れだ。

 キミヒコとしても顔を繋いでおきたい相手なので、ウーデットの言うとおり、これを機に面識を得ておきたいところだった。


 メイドが扉を開き入室を促すと、小柄な女性がツカツカと入ってくるのが見えた。


「邪魔をするよ、ウーデット卿」


「久しいな、ハインケル卿」


 気さくにウーデットと挨拶を交わすこの女性が、騎士ハインケルだった。

 失礼のないように配慮しながら、キミヒコは騎士ハインケルを観察する。


 ……ずいぶん若いな。


 内心でそうこぼす。


 実際、騎士ハインケルは若かった。女性というよりは少女といった風貌で、おそらく十代ではないかと思われた。真っ赤なショートヘアに華奢な体躯。一見して戦えるようには見えない。


 とはいえ、この世界では年齢や性別は強さの指標にはなりえない。魔力の存在がそうさせていた。素の身体能力も大事な要素ではあるのだが、魔力の多寡や技巧によってそれは簡単に覆される。

 魔力を扱えないキミヒコには、騎士ハインケルの強さを推し量ることはできないが、見た目どおりでないことはわかっていた。


「卿、仕事が立て込んでいると聞いていたので、帰還の挨拶はあとに回していたのだが。ここに来て大丈夫なのか?」


「いやなに、ちょっと早めに片付いてね。卿が戻ったと聞いて顔を見に来たんだよ。……そちらが噂の人形遣いさん?」


「ああ。こちらが傭兵として活躍されているキミヒコ殿だ」


 ウーデットがそう言って、キミヒコに目配せする。

 それを受けて、キミヒコは自己紹介を開始する。


「お初にお目にかかります、ハインケル卿。傭兵として雇われております、キミヒコと申します。どうぞお見知り置きを……」


「これはご丁寧に。騎士ハインケルと申します。……まあ、そうかしこまらなくてもいいよ。あなたの方が年上でしょう。堅苦しいのは苦手でね」


 やりづらい相手だとキミヒコは思った。堅苦しいのは苦手と言われても、正直困るのだ。


 年下の可愛らしい女の子だろうと、騎士の肩書を持つ相手に下手な対応はできない。持ちうる権力も暴力も遥か格上だ。まして今はホワイトが傍にいない。


「あなたの人形の活躍は聞いているよ。サエッタを殺るとはね。並の魔獣じゃないんでしょう。……今はいないのかな?」


「ええ。アインラード市の防衛戦に参加しています。今頃は反乱軍相手に暴れてるんじゃないですかね」


「それは頼もしいね。……決戦は近い。私もようやく戦場に出ることができるから、そのときはまあ、よろしく頼むよ」


 適当な雑談を交わすキミヒコ。


 話しながら、騎士ハインケルには聞いてみたい話があったことをキミヒコは思い出した。


「そういえば、ハインケル卿は優れた竜騎兵だと聞いています。ぜひ一度、空を駆ける姿を拝見したいものです」


「ほほう。キミヒコ殿は竜騎兵にご興味が?」


「ええ、それはもちろん。飛龍に乗って戦うなんて、聞いただけで格好いいじゃないですか」


 これは世辞でもなんでもなく、キミヒコの本音だった。


 竜に乗って戦うなど、いかにもファンタジーである。年甲斐もなく、憧れに似た感情がキミヒコにはあった。


「あなたほどの傭兵なら、さすがに道理がわかるというものね。金がかかるだのなんだの、最近はそんな話ばかり聞かされてね……。よければ竜騎兵隊の訓練を見学でもする?」


「よろしいので? ぜひ拝見させてほしいです」


「もちろん。あとで訓練の日程を部下に伝えさせるから、よければ見学してってね」


 機嫌がよさそうにハインケルが言う。どうやら歓迎されているらしかった。


 ここブルッケン王国は飛龍の特産地で有名だった。それゆえに、竜騎兵もそれなりの数が揃っているのだが、ハインケルが言ったとおり維持費がかかるのが問題だ。

 口ぶりからして、王国内での竜騎兵隊の立場はあまり強くはないのかもしれない。


 キミヒコからすると、航空戦力になり得る竜騎兵はかなり重要なポジションにも思えたのだが、現状そうはなっていないらしい。


 この世界には魔力という要素がある。魔法やらなにやらが絡むと、航空戦力の重要性は落ちるのかもしれない。


 そんな考察をしつつ、キミヒコは騎士二人と昼食をとりつつ親睦を深めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る