#14 惚れた腫れた

 王女派の拠点の一つ、アインラード市にほど近い要塞の中でもまた軍議が行われていた。議題はもちろんアインラード市攻略についてだ。


 出席者には王女派に属する騎士である、騎士サジタリオ、騎士ヴェルトロ、そして若手の新人騎士フォルゴーレがいた。そしてここが最前線でありながら、派閥の首領である王女ヘンリエッタもいる。王女派の重鎮揃い踏みである。


 連戦連勝を重ね、破竹の進撃でここまで来た彼らだったが、ここにきてその進撃に影が差していた。


 軍議ではこちらの兵の士気・装備について、偵察隊からの報告からの敵戦力の配置予想、そういった現状の確認が進められている。


「やはり、進捗状況は芳しくないか」


「はい、先日も輜重隊が襲撃を受けたため、予定の量にはまだ……」


 サジタリオの言葉に渋い顔で返答をするのは兵站担当武官だ。


 現在アインラード市を攻略するにあたり問題になっているのは糧秣の確保だ。

 すでにアインラード市周辺の要塞郡は攻略済みである。都市を落とすまであと一息というところまで来ているが、このところになって補給が不安定になり都市攻略に支障をきたしていた。


「先日の襲撃、例の殺戮人形の仕業か。忌々しい限りだ」


 そう発言したのは、ヴェルトロだ。彼は先の輜重隊襲撃で従騎士を二人失っている。


「人形遣いのキミヒコに自動人形のホワイト……だったか。彼らが王弟派についてくれたおかげで、サエッタ卿が討たれたうえに補給もおぼつかない。本来ならアインラード市はすでに我らの手に落ちていたというのに」


 恨み節を続けるヴェルトロ。


「逸るなよ、ヴェルトロ卿。戦後のことを考えれば、これ以上騎士を失うのは避けたい。できれば、ウーデット卿とハインケル卿もな」


 戦後を見据えて、ヴェルトロを嗜めるサジタリオ。


 彼としては騎士サエッタの戦死はまったくの想定外であり、これ以上の騎士の犠牲は許容できない。必勝の確信がなければ、例の殺戮人形に騎士をぶつけることは避けたかった。


 今でこそ列強同士の睨み合いとなっているため、それが周辺国への圧力となっていたが、戦後はどうなるかわからない。

 元々、彼らの後ろ盾の連合王国は、帝国がこの地域へ介入するのを嫌って王女派の支持を表明したに過ぎない。仮に王女派が勝利したとして、戦後の面倒は見てはくれないだろう。


 王女派の騎士はもちろん、できれば敵方についた二人の騎士も健在のまま、この内戦に決着をつけたいという思いがサジタリオにはあった。そしてそれは王女派の指導層の共通認識であり、ヴェルトロも黙って頷く。


「サジタリオ卿の言う通り、これ以上の犠牲は避けるべきでしょう。討つべきは、父を暗殺し王位を簒奪した我が叔父アルフォンソです。ウーデット卿とハインケル卿にも大義のため力を貸していただきたかった……」


 落ち着いた色彩のブロンドヘアを腰まで伸ばし、青い瞳を曇らせながら発言する美しい少女。彼女こそが王女派の首領、王女ヘンリエッタだ。


「王都防衛の任についているであろうハインケル卿はともかく、ウーデット卿とは連絡がつきませんか」


 王女の言葉を受け、フォルゴーレがサジタリオに問う。


「継続して連絡は入れている。だが、最初の返答以来、音沙汰はないな」


「フン。王国騎士は反逆しない、か。あの石頭め」


 ヴェルトロが吐き捨てるように言う。


 王女派は決起する際に、各地の有力者に手紙を出した。無論、ブルッケン王国騎士全員にもだ。


 ウーデットの返事はただひと言、王国騎士は反逆しない。この一文のみだった。


「あの石頭の内応は期待できない。おまけに現状は補給もおぼつかない。もうじきに冬になる。この調子なら、現状で動かせる兵とこちらの騎士全員でアインラード市を強攻する他ないと思うが。あの忌々しい人形がいたとしてもな」


 強硬策を提言するヴェルトロ。あわよくば自らの手であの人形を討ちたいという意思が透けて見える発言に、サジタリオが眉を顰める。


「卿の言うとおり、多少の無理は承知で攻勢には出なければなるまい。近いうちにな。だがそれでも、騎士の損耗は避けなければならない。あの人形と一騎打ちなどはもってのほかだ」


 アインラード市にいるであろうウーデットとの戦闘であれば、サジタリオはまだ許容できる。

 ウーデットであれば、たとえ王女派の騎士が戦いに敗れたとしても命までは取らない。王女派も、ウーデットを殺そうとは思わない。


 だがあの人形は騎士を殺してみせた。


 血気盛んなヴェルトロとまだ若く功を焦る傾向にあるフォルゴーレは、あの人形に臆せず向かっていくだろう。だが、それは避けたいというのがサジタリオの考えだ。


 サジタリオとて、現在の状況では多少の危険は承知で攻勢に出なければならないことはわかっている。時間は王女派にとって敵だった。このまま冬を迎えるまで手をこまねいていては、王女派の軍勢は瓦解する。ウーデットの計略により、それほどまでに王女派の物資は逼迫していた。


 せめてもう少し強引に物資の調達ができればよかったのだが、彼らの錦の御旗である王女ヘンリエッタはそれをよしとしなかったし、民心の掌握という面でもそれはできなかった。


「戦闘を避けろと言ってもな。現実問題、あれは放置できんぞ。こちらが避けてもあちらから来るだろうしな。生かしておいても、戦後我らに協力するかもわからん」


「私もヴェルトロ卿と同意見です。討てるときに討たねば、あれは我々に禍根を残します」


 案の定の二人の騎士の発言に、サジタリオは頭が痛くなった。


 チラリとヘンリエッタへ視線を送る。ヘンリエッタであれば釘を刺すだろう。彼女の犠牲を好まない性格と個人感情を考えれば。


「……相手はサエッタ卿を討った程の手練れです。サジタリオ卿の言うとおり、決して無理をしてはなりません。万が一にもあなた達を失うわけにはいかないのですから。この戦いの後も、王国はあなた達を必要としているのです」


「ヘンリエッタ様の仰るとおりだ。あの人形と会敵しても直接戦闘は避けろ。せめて、騎士二人で相手をする状況へ持っていけ」


 王女と派閥の筆頭騎士の言葉に、ヴェルトロは不承不承といった具合に自分を納得させる。だが、フォルゴーレは諦めが悪かった。


「ヘンリエッタ様。我が剣、我が命はあなたのために存在します。あなたのため、あなたの道を阻む敵を討つことをお許しいただけませんか? 私が必ずやあの人形を討ってみせます」


「フォルゴーレ……」


 フォルゴーレに言われて、思い悩むヘンリエッタ。


 自分のために危険な戦場へ向かおうとする若き騎士に、彼女の心は歓喜に震える一方で騎士の身を案じる憂いの感情も抱いていた。複雑な内心を映すように揺れる瞳で、己の騎士を静かに見つめている。


 また始まったとサジタリオは頭を抱えたくなった。ヴェルトロも白けた目で二人を見ている。


 フォルゴーレの実力が不足とは誰も思ってはいない。だが、この若き美男子の騎士叙任に王女の個人的感情が入っていることは、この場にいる全員が察していた。


「フォルゴーレ卿、ヘンリエッタ様を困らせるな。主君に報いたいのであれば、目先の敵ではなくこの戦争全体、そして王国の未来を見据えて行動せよ」


 サジタリオが二人の間に割って入るように発言する。


「サジタリオ卿、しかし……」


「卿はこの王国にとって必要な存在だ。アインラード市攻略の戦いなどで無理をする必要はない。決戦はその先なのだ。そうですね、ヘンリエッタ様」


 ヘンリエッタは胸中で思いを巡らせて放心していたが、サジタリオに話を振られて我に返った。


 しばしの沈黙の後、フォルゴーレに向かって言葉を向ける。


「……ええ、そうですね。フォルゴーレ卿。あなたの忠誠心は嬉しく思いますが、決して無理をしないでください。あなたは必要な存在なのですから……」


「ヘンリエッタ様……」


 やれやれと言った具合に息をつくサジタリオ。彼はヘンリエッタにはもっと君主としての姿勢を持ってもらわねばと思ってはいる。だが、まだ年若く心優しい彼女を錦の御旗として戦場に担ぎ出した負い目があり、それを強要できずにいた。


 会議はその後も続き、アインラード市への攻勢をかける日取りが決まった。王女派の武官達がそれに向けて慌ただしく動き始めた。

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