#13 ミーティング

 ホワイトが帰還した翌日。キミヒコはホワイトとともに呼び出されて、臨時司令部庁舎の会議室にいた。


 先の輜重隊襲撃の報酬は、すでに内示を受けている。実際に受け取るのは王都でだ。


 今回キミヒコらが呼ばれたのは、今後の都市防衛についての軍議への出席のためということだった。


 なんで俺たちみたいな雇われを呼ぶかね。そういうのは、正規の軍隊だけでやってほしいところなんだが……。


 末席で軍議を眺めつつ、そんなことを思う。


 実際、キミヒコたちなしで会議は勝手に進行している。

 とはいえ、内容に興味がないわけでもない。戦況についてはある程度の予測はしていたが、面と向かって説明を受けたことはない。この機会に戦況を把握するため、キミヒコは真面目に耳を傾けていた。


 しかし、武官たちがこちらをチラチラ見ていて、どうにも居心地が悪い。


「偵察からの報告を見る限り、反乱軍は数日以内に攻勢へ出ると決めたようだ。物資の集積はまだ不十分と見えるが、しびれを切らしたようだな。とはいえ、相手は騎士二人に加え士気も旺盛、彼我の兵数差も如何ともしがたい。ここの失陥は免れまい。まあ、それ自体は問題ないがな」


 ウーデットが現在の状況を語る。


 キミヒコが事前に聞いていた議題は都市防衛ということだったが、ここの面子の中では、都市の放棄はもう決まっているらしい。主な話し合いは放棄するタイミングとどの程度の抵抗を行うかというものだった。


「すでに王都での決戦準備は整いつつある。時間稼ぎも、敵戦力の漸減も十分に行なった。問題はここをどう放棄するかだ。ある程度の戦力を残して連中と一戦交えるか、全部隊を引き揚げてそのまま明け渡すか……」


「仮に一戦交えるとしても、閣下には事前にここを脱出していただきたく思います。このようなつまらない戦に、閣下がいる必要はありません。防衛隊の指揮は私がいれば十分です」


 従騎士が健気な発言をする。


 麗しき忠誠心だが、軍事的にも至極まっとうなことを言っているようにキミヒコには思えた。

 ここに残っても、ある程度戦った後に物資を焼き払って降伏するだけである。戦死や捕虜になる危険性を考えれば、いくらなんでも騎士を残すのはないだろう。


 実際、他の武官達も同意見のようで話はスムーズに決まった。


 ウーデットは事前脱出組になるとして残留組はどうするか。そういう話題に変わっていく。

 従騎士が防衛隊の指揮を執り、一戦交えた後に降伏するという流れになるようだ。


「キミヒコ殿には事前に王都へ移っていただくとして、ホワイト殿はひとまずここに残り、場合によっては敵と一戦交えてもらいたいが、如何か?」


 ウーデットがキミヒコに水を向ける。


 どうやらキミヒコはこの提案のため、ここに呼ばれたらしい。


「私としてもそれで問題ありません。ホワイトは単独行動が可能です。私が先に王都へ移っても戦闘行動に支障はありません。ですが、死守命令のたぐいや降伏するまでここに残留することは、ご容赦願いたい」


「もっともであるな。戦闘が始まるまではここに居てもらうことになるが、撤退のタイミングは貴公に一任する。それでどうか」


「それでしたらお任せください。ホワイトであれば、騎士相手でも互角以上に戦えます」


 キミヒコがそう言うと、途端に場の空気が少し重くなる。


 え、なんでだ。敵とはいえ、王国騎士が侮られたと感じたのか……?


 キミヒコが戸惑っていると、ウーデットが重々しく口を開いた。


「可能であれば、敵騎士との戦闘になっても殺害まではしないように願いたい。……戦後のこともある。王国として、これ以上の損耗は避けたい」


 ウーデットの発言の意図を、キミヒコは言われてすぐに理解できた。


 ……ああ、そういうことね。王弟派は内戦に決着がつけば、王女派に与した騎士を許すつもりでいるということか。


 ブルッケン王国所属の騎士は現在五人。そのうち三人が王女派だ。もし仮に、全員殺してしまえば、王国騎士はたったの二人になってしまう。

 騎士は国家武力の象徴と言える存在。それが半分以下になってしまったと周辺に見做されれば、面倒なことになるだろう。


 王弟派のバックである帝国との関係もよくはわかっていないが、戦後は面倒を見てくれるわけではないらしい。


 騎士サエッタを殺したときも、敵の騎士を討って大喜びという雰囲気ではなかった。ホワイトを恐れてのそういう反応なのかとキミヒコは思っていたが、実際は騎士殺しは王弟派にとってはまずいということだったようだ。


「承りました。そういうことであれば、ホワイトには敵方の三人の騎士は死傷させないようにさせます」


「反乱軍の騎士は残り二人だよ、キミヒコ殿。我々は反乱軍で叙任された騎士など、認めてはいない」


「……なるほど」


 王女派の騎士の一人、フォルゴーレと呼ばれる男は、王弟派では騎士と認めていないらしい。


 ウーデットはわざわざそれを、念を押すように言った。

 要するに、殺せ、ということだ。キミヒコはそう受け取った。


 ま、勝手に騎士叙任とか、現国王を舐めきってる所業だろうしな……。


 心中でそう納得する。面子の問題で、生かしておくわけにはいかないのだろう。


「そうすると、フォルゴーレという武官は討ち取って構わない。そういうことですね?」


 騎士フォルゴーレは金髪碧眼の美男子で、王女ヘンリエッタとも良い仲だということだ。年頃は二十前後。

 王女派の残りの騎士はサジタリオとヴェルトロだ。間違えて殺さないように、ホワイトに言い含めなければならない。


 サジタリオは老年の騎士で、王女派の実質的な指導者だ。ヴェルトロもサジタリオよりは若いが、フォルゴーレよりはずいぶんと年上だ。いずれも戦場で出会ったとして、フォルゴーレと見間違うことはないだろう。


「そのとおり、討ち取ってくれて構わないよ。だが、我々は彼奴を騎士と認めていないが、連中が勝手に持ち出した魔核晶で騎士武装が生成されている。実力は騎士に準ずるとみてもいいだろう。私が事前に王都へ行くとなると、こちらは騎士はいない状況で、敵は騎士相応の戦力が三人いることとなる。危険な戦いになると思われるが……ホワイト殿はやれそうか?」


 ウーデットがホワイトに言葉を向けるが、ホワイトは答えない。


 ……こいつ、完全に無視していやがる。これだからこの人形は困る。


 仕方がないので、キミヒコは水を向けてやることにした。


「……どうなんだ。実際」


「先日仕留めた騎士と同程度の実力であれば、一対一なら確実に始末できます。二人同時でも後れは取りません。三人相手でも問題ありませんが、殺さないように手加減するのは少々面倒ですね」


「……だ、そうです」


 その言葉に、周囲の武官たちは恐ろしいものを見るような目でホワイトを見つめている。この人形の言葉に嘘はないと感じているのだろう。

 だが、態度にはおくびにも出さないが、キミヒコとしては二対一や三対一などもっての外だった。


 ……こいつめ。サエッタとかいう女騎士に手傷を負わされたのを、もう忘れたのか?


 あとでまた、ホワイトを諌めなければならない。キミヒコはそう心に決めた。


「頼もしい限りだ。ではよろしく頼みたいが、どうかな? キミヒコ殿」


「ええ、お任せください」


 ウーデットの依頼に、キミヒコは内心を悟られぬよう二つ返事で了承した。

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