#12 戦局の行方

「閣下、キミヒコ殿から戦果報告があります」


 騎士ウーデットの執務室の前で、彼の従騎士がキミヒコを連れ、そう言った。


 キミヒコは報告のため、騎士ウーデットの下を訪れていた。


 騎士ウーデットはこの都市に駐屯する軍の責任者だ。白髪のせいでより上の年齢に見えるが、齢は五十弱。学者のような思慮深い雰囲気を持つ紳士である。

 王弟派の騎士はたったの二人で、そのうちの一人が彼となる。


 本来であれば、ただの傭兵であるキミヒコとの窓口はもっと下っ端が担当するべきで、実際にアインラード市に来るまではそうだった。


 こうなったのは、ウーデットの計らいによるものだ。元からそれほど悪い待遇ではなかったが、報酬額はさらに上がり、ホワイトの監督、要するに見張りは必要なくなった。


 代わりに、報告は綿密なものが求められるようになり、ウーデットに直接するようになった。

 アポイントを取るのもひと苦労だが、キミヒコは今回、彼の従騎士を捕まえて案内させていた。


 入ってくれと短く返事があると、それを受けて従騎士が扉を開き入室を促す。


「お忙しいところ申し訳ありません。ウーデット卿」


「なに、貴公の報告を聞くのも私の仕事だ。遠慮はいらないよ」


 事務的な会話を手短に済ませ、キミヒコは報告に入る。


 ウーデット卿は戦果報告を黙って聞いていた。

 報告を終えると、彼はキミヒコが作成した報告書類を見つつ、従騎士に問いかける。


「……討ち取られた従騎士は、誰か?」


「騎士ヴェルトロの従騎士、クラウスとリュカです。先程首級を確認しました」


 従騎士が淀みなく答える。

 二つの首級は事前に従騎士に渡して身元確認を済ませてあった。元々、同じ王家に仕えていたので、確認はスムーズに終わった。


「よくやってくれた。今回の戦果の報酬についてはこれから策定させてもらおう。追って通達するので待機していてくれ」


「かしこまりました。では、失礼します」


 面倒な報告がようやく終わり、執務室を後にする。


 従騎士は残って、ウーデットと話があるらしい。今回の報酬の件だろうか。あるいは戦況についてか。

 いずれもキミヒコとしては気になることではある。戦況については、武官たちに直接聞いてもはぐらかされることが多かった。


「……盗聴しますか?」


 キミヒコの考えを察してか、ホワイトがそんな提案をする。


「騎士相手だぞ。絶対に感づかれないようにできるのか?」


 ホワイトの魔力糸による盗聴は便利だが、魔力感知に長けた相手には見破られる可能性がある。騎士が相手ではリスキーといえた。


「絶対の保証はいたしかねます」


「なら、しなくていい。そこまでリスクを負うようなことじゃない」


 案の定、絶対安全ではないらしい。


 盗聴がバレても、ウーデットは気にしないかもしれない。それくらいの働きは、今までしてきた。

 だがだからといって、わざわざここのトップの心証を悪くする必要はないとキミヒコは考えていた。


 情報を得る手段は他にいくらでもあるのだ。


「……暇だし、庁舎内を歩こうか。あと、外に出て糧秣庫も見ていこう」


「ええ。お供します」


 ホワイトと連れ立って、部屋に戻らずに庁舎の中を散策する。


 武官たちが仕事に勤しんでいるが、誰もキミヒコたちのことを気にかけない。

 人形遣いとその人形には干渉するな。それが、ここに勤務するものの共通認識だった。


 武官たちを横目に、キミヒコとホワイトは悠々と歩く。一部の人間はホワイトの姿を認めると、露骨に嫌そうにする。だが、そんなことはお構いなしに、キミヒコたちはその辺を練り歩く。


 あらかた散策し終えたのち。


「……どうだ?」


「恙無く」


「そうか。外に出よう」


 口数少なに、それだけ会話を交わして、庁舎をあとにする。


「で、どんな話をしてた? 耳についたのを簡単に頼む」


 キミヒコがホワイトに問いかける。


 キミヒコは武官たちが努めて無関心を装っているのをいいことに、ホワイトに盗聴を命じていた。


「糧秣が不足しているとか、誰それが戦死したとか、そんな話が多いですね。あまりよい内容ではないです」


「ん、そうか。後でまとめて聞かせてもらおう」


「畏まりました」


 そんな会話をしながらも歩き続け、この都市の糧秣庫に着く。


 見張りの兵がいるが、キミヒコたちに特に興味もなさそうだ。さすがに中には入れてはくれないだろうが、そのつもりもなかった。

 軽く挨拶を交わして、建物の周囲を散策する。


「……量は減っているか?」


「減っていますね。補充されているどころか、持ち出されているように感じます」


 ホワイトの糸で中の状態を確認させると、そんな返事が返ってくる。


「そうか。……帰るぞ」


「はい」



 部屋に戻り、ホワイトと共にベッドに横になりながら今後のことに頭を巡らせる。


 アインラード市を取り巻く戦況がよくないことは明白だった。ここが落ちるのも、そう遠いことではないだろう。


「……王弟派でよかったのですか?」


 そうした状況はホワイトも察しているらしい。キミヒコに寄り添いながら、そう問いかける。


 ホワイトが危惧するのもわからない話ではない。

 民衆の間ではこの内戦は王女派が優勢だと言われてはいたし、実際に都市をいくつも落としている。さらにはこのアインラード市も危うい状況だ。


 王女ヘンリエッタは民草に優しく、役人からの人望もある人気者だ。彼女に与した騎士も、王国にいる五人の内三人と半数を超えている。おまけに決起してからさらに一人叙任して四人に増えた。とはいえ、その内一人、騎士サエッタはホワイトが始末して、今は三人なのだが。


 そんな王女に対し、キミヒコたちのクライアントである王弟、現国王アルフォンソの評判は悪い。

 どうしようもない暗君で、後宮に籠もって贅沢三昧だとかなんとか。民衆の言うことなので、キミヒコはあてにしていなかったが、ここの武官たちの話を聞いているとあながち間違いでもないらしい。


 現在の都市の状況、王女と王弟の評判、そういったものを勘定すれば、王弟派に与したのを不安視するのも不思議はない。だが、キミヒコの考えはそれと異なった。


「……前も話したろ? 王女派は信用ならない。兵站事情の理由でな」


「ですが、現にこの都市は陥落しそうになっています。今のうちに鞍替えの用意をしてもよいのでは? さっきの騎士の首を手土産に、というのも悪くないと思えます」


 恐ろしいことをホワイトがのたまう。


 先程にも会って、自分たちにいろいろと便宜を図ってくれている人物を、裏切って殺そうなどと平然と言ってのける。


 だが、この人形が戦況を読んで、手土産を用意したうえで裏切りを画策するなどという、高度な提案を行なったことにキミヒコは感心もしていた。


「……お前がそういう提案をするのも珍しいな。だが、これも前に話したろう? 寝返りは避けたいってな」


「傭兵稼業は信用が大事なんですよね。でも、負ければそれまでです。私たちには、勝利が必要なのですよね?」


 すでにそれなりの報酬は受け取っているので、最終的に王弟派が敗北したとしても金銭的には問題ない。


 だが、キミヒコの目的は金銭だけではなかった。そしてその目的にはホワイトの言うように勝利が必要だった。


「私が貴方を勝たせます。いくらでも敵を殺します。でも、組織の戦いである戦争では、私が力押しで敵を殺すだけでは駄目だと貴方は言いましたね。なら、勝てる方に付いて、そのうえで戦果をあげればいい。貴方は私の身を案じていましたが、勝ち戦でなら特に無理は生じないでしょう」


 ホワイトが言われたことを覚えていて、しっかりと考えていた。しかもそれを踏まえて提案を行なっている。キミヒコはそのことに感動を覚えた。


「……ぼんやりしてるようで、よく考えているな。偉いぞ、ホワイト」


 そう言って、ホワイトの頭を優しく撫でる。


「お前の考えももっともだ。王女派が本当に勝つならな。だが、俺は王弟派が劣勢だとは思ってない」


 キミヒコはそう言ってから、解説を始める。


 すでに秋の収穫は終わり、冬に差し掛かろうかというこの時期に、王女派はこの都市を落とそうと躍起になっている。おそらく王女派は冬を越せないからだ。


 キミヒコはホワイトに襲撃をかけさせる際に、物資の状況なども調べさせていた。そこから浮かび上がってきたのは、王女派の苦しい台所事情だ。

 前線はともかく、後方ともなれば水も食料も心許なく、武器も二線級のものばかり。にもかかわらず、王女派は攻撃の手を緩めていない。


 この国は冬になれば、雪が積もるらしい。雪中行軍は自殺行為だ。つまり、雪が降るまでが王女派のタイムリミットとなる。だから焦って、相当な無理をして攻勢をかけているのだろう。


 ここを落とし、その勢いのまま王都を強攻し、決戦に持ち込むという戦略だろうか。正直それは、かなり苦しい戦略構想だといわざるをえない。キミヒコはそう考えていた。


「――まあそんな感じで、防御に徹すれば王女派は勝手に瓦解して、この戦争は勝てると思う。王都近郊で決戦するにしても、こちらが有利だ。あちらが連戦の末の強行軍なのに対して、こっちは万全の迎撃態勢を整えられるからな」


「その見立ては本当に正しいのですか? この都市の糧秣庫は寂しい限りでしたよ」


「それは意図的なものだろ。ここが落ちるのは既定路線ってことだ。連中に糧秣を渡したくなくて、引き揚げているんだろうな」


 キミヒコの自信満々の説明に、ホワイトはふむふむと頷く。


「それと、王弟派はかなりエグい徴発をしてたろ? 俺たちが最初に乗り込んだ、あの輜重隊の物資、明らかに収穫には早い作物まで積まれてた。あとはヒマワリの種みたいな、普通は徴発しないようなものまで根こそぎだった」


「それが、王女派の継戦能力を奪うための作戦だったということですか?」


「直接説明を受けてないが、多分な。あんなことして戦後は大丈夫かと思うが……ま、俺たちには関係ない」


 王弟派はかなり無理のある収奪をしているようにキミヒコには見えた。自国内のことなので、焦土作戦と言えるほど苛烈ではないが、それでもかなりの嫌がらせにはなっただろう。


「貴方……軍事に明るいのですか?」


 キミヒコの披露した自説に、ホワイトが感心したように言う。


「いや? 昔読んだ小説とかを参考にしてる」


「えぇ……。フィクションを参考に先行きを考えているんですか。なんだか、一気に怪しくなった気がします」


 ホワイトが呆れたように言う。


 実際、自信満々に言ってはみたものの、素人考えであることは否めない。専門家がキミヒコの意見を聞けば、穴はいくらでも見つかるだろう。

 だがそれでも、自分の考察はそれほど的を外したものではないとキミヒコは思っていた。


「うるせーな。まあ、勝負は時の運だ。王弟派が勝つと予測はしたが、そのとおりになるかはわからん。駄目なときは駄目だし、いつでも逃げられるように準備しとけよ」


 それ以前に、どうあってもアインラード市は落ちると予測されるので、巻き込まれないようにしなくてはならない。


 騎士の数で劣勢な王弟派が、そう易々をホワイトという戦力を切り捨てるわけはないが、備えは必要だ。

 いざというときに傍にいてもらう必要があるので、もうホワイトを外の仕事に出すのはやめたほうがいいだろう。


 そんなことをキミヒコが考えていると、ホワイトがなにか言いたげにこちらを見ていることに気が付いた。


「……どうした?」


「勝たなくて、いいのですか?」


 そんなことをホワイトが問う。


 所属陣営の勝利。それに貢献することによる、権力者とのコネクションの構築。それが、キミヒコがここで傭兵をしている目的だった。


「無理して勝利する必要はない。金は稼いだんだ。あとは、生きてりゃ負けじゃない。確かに、権力は魅力的だがな」


 そう言うキミヒコを、ホワイトはじっと黙って見つめる。


「……別に諦めたわけじゃない。だが、ひとつのことに執着するのはよくないな。生きてさえいればチャンスはある」


 キミヒコにしてみれば、権力との結びつきは努力目標と言えるものだった。

 傭兵で金儲けをしつつ、チャンスがあれば狙っていく。それくらいの認識だ。


「俺は別に、そこまで権力欲旺盛じゃない。権力者には面倒な義務も付き纏うしな」


「ではなぜ、国家権力に近づこうと?」


「……トラブルがあったら、揉み消してもらえるようにするためだ。そのために頼れる権力者とのコネが欲しい。それだけだ。俺自身が権力を欲しいわけじゃない」


 トラブル。言わずもがな、ホワイトが暴走して、なにかしでかした場合のことだ。殺人事件に傷害事件。この人形がやらかしたことは枚挙にいとまがない。


 ホワイトは頼りになるし、信頼もしている。自身の絶対の味方として、ずっと傍に置くことをキミヒコは決めていた。だが、ホワイトと一緒にいては、この人間社会での平穏な生活に支障をきたすことも理解していた。

 この人形はそれだけ危うい存在だった。


「トラブル? 起こさないのが一番では?」


「自覚なしかよテメー……。とにかく、安全第一だからな。勝ち馬に乗れればよし。駄目なら駄目で、それまでのことだ」


 それだけ言って、キミヒコは話を締めた。

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