#11 傭兵稼業

 ブルッケン王国西部。王女派の勢力圏の都市を出発した輜重隊が、前線へ物資を届けるべく山道を進んでいた。


 王女派は現在、王弟派の支配する都市、アインラード市の攻略を行なっている。


 アインラード市を落とすことができれば、王弟派の拠点である王都ブルッケンへの道が拓ける。それゆえ、王女派のこの都市攻略への熱意は並々ならぬもので、それは輜重隊の陣容にも表れていた。

 騎士こそいないものの、従騎士二名に加え、正規兵の比率が隊の三割を占める。正規兵は多少なりとも魔力の扱いに通じる貴重な存在だ。通常の編成では一割いるかというところだろう。


 輜重隊にこれだけの戦力を集める理由は二つ。


 一つは通っている山道だ。岩山の間を縫うように通るこの道は安全な経路とは言い難い。魔獣は出るし、落石の危険もついて回った。

 通常であれば山を迂回し、より安全な街道を通るところだが、今回は安全性より速さが求められた。一刻も早く都市を攻略中の味方に物資を届けなければならない。そういう判断なのだろう。

 アインラード市攻略への熱意が感じられる理由である。


 もう一つの理由は最近敵方に雇われた傭兵の存在だ。ある日突然ふらりと現れ、王弟派に雇われた傭兵は王女派に災厄をもたらした。


 人形遣いの男と、彼が操る白い殺戮人形。

 白い殺戮人形は神出鬼没で、戦場はもとより後方の拠点や街道にも現れては、殺戮の限りを尽くした。

 王女派に与した四人の騎士のうち一人、騎士サエッタもかの人形に討たれた。


 このため、多くはない戦力をある程度後方にも回さなければならないのが王女派の実情だった。


「ようやく半分といったところか」


 二人の従騎士の片割れが、軍馬に騎乗しながら道中の行程を口にだして確認する。


「この調子なら、日が落ちる前に山道を抜けられるな」


 並走するもう一人の従騎士が、相方の言葉に追従する。

 二人は同じ騎士に仕える同僚だ。この内戦が始まる前から、苦楽を共にした仲間であり親友だった。


 敵に直接ぶつかるわけではないが、魔獣もでる山道を通過するという危険な任務が何事もなく進み、折り返し地点まで来ている。

 その事実が二人の緊張を僅かながらほぐし、軽口を交えた雑談を生じさせた。

 話題はブルッケン王国をとりまく外圧についてだ。


「なんだって帝国はこんな小さな国のお家騒動に首を突っ込んだかね。あちこちと戦争やってて暇でもあるまいによ」


「さあな。竜騎兵の運用技術が欲しかったとか言われてるが、どうだかな」


「竜騎兵ねえ。連中、見た目は派手だが、帝国みたいなでかい国が欲しがるようなものか?」


 ブルッケン王国には特殊な兵科があった。竜騎兵は文字どおり、小型の飛竜に騎乗し戦う魔獣使いの兵科だ。


 飛竜にまたがり空を駆ける姿は優美だが、運用方法は限られており、もっぱら足の速さを生かしての航空偵察や伝令が主な任務だ。


 数を揃えるのが困難なうえ、魔力による対空攻撃がこの世界では発達しているためだ。

 空を飛ぶ魔獣はそこそこいるため、対空攻撃を修めた狩人や正規兵は珍しい存在ではない。


 おまけに維持にかかるコストは莫大。


 アマルテアにおいてはこの兵科を持っていない国の方が多いくらいで、列強ですら大した数はいない。


 そんな竜騎兵がこの小国にそれなりにいる理由は、ここが飛竜の産地だからだ。


 飛竜は小型の魔獣でブルッケン王国に多数生息している。このため、この王国は小国でありながら飛竜の繁殖と育成、そして騎乗技術が発達しており竜騎兵はそれなりの数がいた。

 とはいえ、王国内でもその立場は強いとは言えず、その維持費の高さから無駄飯食らいと陰口を叩かれることすらあった。


「まあ帝国が出てきたから、連合王国を引っ張り出すことができた。おかげで他の隣国の侵攻を気にせずにこの戦いに集中できる」


「……連合王国の支援もどこまであてにできたものかな。そもそも連中――」


「待てっ! 糸だ!」


 会話は緊張感を伴った従騎士の叫びで中断された。輜重隊の進行方向、左右の岩肌に魔力の糸が張ってあった。輜重隊全体が進行を止めて緊張が走る。


 王女派の軍勢にとって、この糸は凶兆の印だ。従騎士二人は即座に魔力の感知を行う。魔力を目に込めないと見えないような細い糸が、触手のように蠢き輜重隊を覆っていく。


「例の殺戮人形だ。どこにいやがる」


 正規兵たちも魔力感知を行い、全員が臨戦態勢をとる。


 青い顔をしている者も多い。騎士すら屠る恐ろしい敵が、自分たちを狙ってどこかに潜んでいる。


「クラウスッ! 二時の方向、七十度だ!」


 従騎士の片割れが相方に向かって叫ぶ。


 進行方向の右手の崖の上、そこに白い人形が佇んでいた。人形はそのまま前方に身を投げ出し、崖の下へと舞い降りていく。


 兵士たちにとっての地獄が、この世に現出した。


 恐怖、怒り、命乞い。さまざまな色を含んだ叫びが、辺りに響いては消えていく。

 そして、やがて、人の声と呼べるものは途絶え、なにかが燃える音だけがその場を支配した。


 その日、アインラード市攻略中の部隊に物資が届くことはなかった。その翌日、さらにその翌日も、物資は届かなかった。



 ブルッケン王国アインラード市。キミヒコたちはこの都市の市庁舎の一室を間借りしていた。


 平時であればアインラード市行政のための建物だが、戦時中ということで王弟派の軍が臨時司令部として徴発している。

 傭兵としてそれなりに活躍しているキミヒコたちは、ここの個室を与えられていた。


 キミヒコが部屋で酒を飲みながら寛いでいると、ホワイトが戻ってきた。


「ただいま帰還しました」


「おう、おかえり。お疲れさん」


 その手に皮袋を吊り下げて帰還したホワイトに、労いの言葉をかけるキミヒコ。


 アインラード市に来てからというもの、キミヒコたちは軍から一から十までの指図は受けていない。

 特にホワイトは特異な存在で他と足並みを揃えるのは難しいということで、キミヒコの裁量で好きに動かせるようになっていた。

 無論、あらかじめ行動の承認は必要だし事後報告もするのだが。


 今回は敵の勢力圏に浸透し、敵の補給路を荒らして回るように指示を出していた。


「首尾はどうだ?」


「山間を進んでいた敵の輜重隊を壊滅させてきました。物資も焼き払ってあります」


「でかした。……目ぼしい首級はあったか?」


「従騎士らしき兵を二人仕留めました。首級はこの中に」


 そう言ってホワイトは皮袋を差し出す。だが、キミヒコは素直にそれを受け取ろうとはしない。


 いや、そんなの渡されても受け取らないからな。気持ち悪いし……。


 傭兵として活動しているにもかかわらず、いまだにキミヒコはこういったものが苦手だった。とはいえ、報酬を貰うためには証拠として必要なので、部屋の角に置くように指示する。この後、雇い主に報告を上げる際に持っていかなくてはならない。


「聞きたいことがあります」


「どうした?」


 戦果報告のため、さらに詳しい話を聞こうとすると、ホワイトの方から質問してきた。


「私は人殺しをしてきました」


 ホワイトが今更なことを言う。


 アインラード市に来てから、すでに一ヶ月以上。

 それまでは襲ってくる賊やら敵軍やらを返り討ちというパターンが主だったが、この都市に来てからはホワイトを積極的に敵に差し向けていた。当然、殺しなど日常茶飯事である。


 まさか、人形のくせに良心が痛むとか言い出すんじゃあるまいな。


 そう危惧するキミヒコをよそに、ホワイトが語り出す。


「殺人はいけないことで犯罪だと、貴方は言っていましたね。だというのに、戦争では殺人をすると褒められる。こんなに妙なことはありません。矛盾しているのではありませんか?」


 ホワイトの疑問はそんなことだった。


 ……ああはいはい、そういうことね。まあ確かに、矛盾していると言えなくもないかな。


 キミヒコは普段からホワイトに殺しはやめろと言っていた。


 普通に考えれば、そんなことは言うまでもないことなのだが、この人形に常識は通用しない。ちょっとしたことで、ホイホイ人殺しをしてしまう。街中で殺人事件など起こされてはたまったものではない。

 そんなわけで常日頃から、人殺しは犯罪だとか悪いことだとか、キミヒコはわざわざ口にしているのだが、それと現在の状況との矛盾をこの人形は感じているらしかった。


 面倒だな。キミヒコはそうも思ったが、無下にするのもどうかと思われた。


 現状、ホワイトへの教育は、なにを教えても馬の耳に念仏といった状態だった。しかし、今回は珍しくもこうして疑問を解消しようとする意欲はあるのだから、それには応えた方がいいだろう。


 仕方がないので、人類社会の構造について、キミヒコは自説を披露することにした。


「馬鹿だな。確かに殺人はいけないことで犯罪だ。だがな、どんな悪事も国家ぐるみなら犯罪にはならんのだ」


「……は?」


 ホワイトがとぼけた声を出す。


 キミヒコはやれやれといったふうに、説明を続ける。


「考えてもみろ。国家は勝手に税を設定して、民衆から金を巻き上げている。勝手に法律を制定して、違反者は牢にぶち込んだり処刑したりしているだろうが。国家による強盗や殺人なんて日常茶飯事だが、それを犯罪だなんて誰も言わないだろ」


 聞き分けの悪い生徒を諭すように、キミヒコが持論を展開する。


「……なるほど。戦争は国家主導で行なっています。私の殺人も、罪にはあたらないということですか」


「そのとおりだ。これは社会の常識だ。俺の前いた世界でも、そうだった」


「人の世は面妖です」


 そう言いつつも、ホワイトはそれなりに納得したらしい。


 面妖かつ複雑なのが人の世だ。この程度の矛盾に頭を悩ませていては生きていけない。キミヒコはそう思っていたし、これ以上は考えるだけ無駄なことだと信じていた。


 ホワイトとの問答を終え、戦果報告のまとめに取り掛かる。

 さっさと報告に行って、生首入りの袋を部屋の外に持ち出したい。その一念で報告書類を急いでしたためる。


 部屋を出る頃には、ホワイトが抱えていた疑問のことなど、すっかり忘れてしまっていた。

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