#10 狂態

 アインラード市へ向かう輜重隊の馬車の一つ、そこにキミヒコとホワイトはいた。


 襲撃前にも二人だけだったが、その際には多くの積荷と一緒だったため手狭だった。今は積荷もない貸切状態だ。その代わり、馬車の周囲には騎兵たちが交代で常に張り付いている。


「やれやれまったく……。勝利の立役者なのに、囚人みたいな扱いだな」


 外の様子を見て、キミヒコがぼやく。

 不満がないわけではないが、丁重に扱われているのは確かだ。恐れられているのはもうしょうがないので、キミヒコは割り切ることにしていた。


 意識を外から中へ向けると、キミヒコの上着を羽織ったホワイトがじっとこちらを見つめている。

 腕に傷をつけられ、ドレスはボロボロ。あんまりな見てくれだったので、キミヒコは自身の上着を貸し与えていた。


「……騎士の相手はさすがに厳しかったか? お前がこうして、手傷を負うとはな」


「これくらい、手傷のうちに入りませんよ。全力の一撃でもこの程度、ということです」


「なら、いいがな……」


 ホワイトの言い分に、一応の納得をしてみせるキミヒコ。

 そもそも全力の一撃をもろに受けているのが問題の気もするが、一晩もかからず修復できる程度のダメージで済んでいる。一対一なら、ホワイトは絶対に負けない。それは確信できる。


 だが、一抹の不安もあった。


 ホワイトの言い方は、どこか自身の能力を過信しているように感じられた。キミヒコは釘を刺しておくことにする。


「お前の強さは理解しているが、俺たちは戦争をやっているんだからな。不測の事態ってのは起こり得る。やばいと思ったら、無理せず退くんだぞ」


「不測の事態? ……私は騎士以上です。いったいどんな不測の事態があるというのですか?」


 可憐な容姿に反して、ホワイトの本質は暴力に一辺倒だった。


 戦場で最強の存在は騎士である。自身はその騎士よりさらに強いのに、なにを心配することがあるのか。


 そう言うホワイトに、キミヒコは頭が痛くなるような思いがした。


「組織の話をしている。つまり、騎士みたいな単独で戦争できる人間兵器なんぞは、国家暴力の一面に過ぎないんだよ」


「騎士以外にどんな戦力があるというのですか?」


「物事を個人の強い弱いだけで考えるな。組織ってのはお前が考えているより複雑な構造をしているし、戦争もそうだ」


 もし、騎士だけで戦争の勝ち負けが決まるようなら、整備された軍隊なんて存在していない。個人の武勇でなんとかなるほど、この世界の戦争も単純ではないとキミヒコは思っていた。


「お前は全部を力押しでどうにかしようとしている節があるが、それでどうにもならないこともあるかもしれない。集団同士の戦いでは特にな」


「ふむ……。よくわかりませんが、貴方が言うならそうなのかもしれませんね」


 どことなく、どうでもよさそうな雰囲気でホワイトが言った。キミヒコの心配は通じていないらしい。


「……まあいろいろ言ったが、要するに、身の安全を最優先にしろってことだ。危険がありそうな場面を、力技でゴリ押しするのはやめろ」


「心得ています。貴方の安全は常に最優先にしてますよ。貴方に累が及びそうな場面では、撤退を念頭に置いて行動します」


「……正確には、俺とお前の安全、だ。俺の身の安全は当然として、お前も無理にダメージを負ってまで、仕事することはないんだぞ」


 キミヒコの言葉に、ホワイトは「はいはい」と返事をする。


 本当に話を理解しているのか。キミヒコは不安になるが、いつものことだと諦めた。


 相変わらずの調子のホワイトを改めて見てみる。


 普段のドレスを脱いでいるため、所々に球体関節などの非人間的な部分が目に映る。その傍には白い布が丁寧に折り畳まれて置かれていた。本来ホワイトが身につけているドレスだ。土汚れやら焦げ目やらは、もう見えない。

 さっきまではボロ布の切れ端のようだったのに、今では真っ白いドレスに再生されつつあった。


「お前の服、再生早いな。さっきまでボロ布同然だったのに、もう着れそうだ」


「ええ、ドレスは修復が早いです。腕の方はまだ傷が残ってますが」


「ふむ……。ちょっと見せてみろよ」


 キミヒコが言うと、ホワイトはどうぞと言って腕を見せてきた。


 騎士の剣を受けたという左右の腕には、一筋の傷跡が走っている。だがそれは、キミヒコが最初に見たときに比べて、薄く、小さくなっていた。

 確かにホワイトの言うとおり、修復機能が働いているらしい。


 その傷跡に、キミヒコはつうっと指を這わした。特に意味はなく、ほぼほぼ無意識の行動だった。やってしまったあとに、治りかけの傷口に触れるなど軽率だったかとも思ったが、ホワイトなら問題ないかと考え直す。


「……はぁ……ん……」


 ホワイトが、くぐもったような声をあげた。


 キミヒコは思わずその手を止める。次いで、ホワイトの顔を見てみるが、特に変な様子はない。急に顔を見つめるキミヒコに、ホワイトはどうかしたのかと小首をかしげてみせた。


 気のせいだったかと考え、もう一度、傷口に触れてみる。


「ふぁ……、ぁ……あん……」


 腕の傷をなぞられるたび、ホワイトはどこか艶やかな声を漏らす。


 えぇ……。なんなの、こいつ。なんでこんなエロい声出してんの……。


 そんなことを思いながらも、キミヒコは手を止めない。ホワイトも喘ぎ声をあげながら、されるがままだ。

 常であれば感情の起伏に乏しいその顔には、恍惚とした官能の表情が浮かんでいる。


「ぁぁ、ん……はあぁ……」


 無機質な人形の、なんとも悩ましい声にあてられて、キミヒコは変な気分になりつつあった。

 だが、ガタンと馬車が揺れた拍子に、唐突に我に返る。


 な……なにをやってるんだ、俺は……? ホワイトだぞ? こいつは人形なんだぞ?


 傷をなぞっていたその手を止めると、それと共にホワイトの嬌声も途切れる。

 いつもの無表情へと戻ったホワイトが、キミヒコの方へと向き直り視線を合わせてきた。先程同様の、小首をかしげるような仕草でだ。


 なぜ、やめるのか。


 ホワイトに目でそう問われた気がして、キミヒコは顔を逸らした。逸らした視線の先に、応急箱が置かれているのにはたと気が付く。

 これ幸いと、キミヒコはそれを手に取り、中から包帯を取り出した。


「ほら、包帯を巻いてやるよ」


「包帯ですか。不要だと思いますが……」


「……気分の問題だよ、気分の」


 言い訳するようにそう口にして、その傷口を覆い隠すように包帯を巻いてやる。

 両腕ともに丁寧に巻かれていく包帯を見て、ホワイトは不思議そうにしている。


「傷がなくなるまで、それを巻いておけ」


「……はい。わかりました」


 返事をしながらも、その視線は包帯に向けられたままだった。


 その後も、アインラード市に到着するまで、ホワイトはぼんやりと包帯を眺め続けていた。

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