#9 サンダークラップ

 王弟派の支配する都市の一つ、アインラード市。

 周囲の支配領域を王女派に刈り取られつつあるこの都市は、この内戦の主戦場となりつつあった。


 現に、今日もまた、都市郊外で両陣営による激しい戦闘が繰り広げられていた。


 王弟派の本陣にて、戦況を冷静に分析する人物が二人。初老の紳士然とした騎士、ウーデットと彼の従騎士だ。


「……鶴翼の陣に対して、無理やりに突っ込んでくるとはな」


 戦況を見て、ウーデットが呟く。


「ヴェルトロ卿が先陣を切って、陣形を無視して強引に突撃をかけているようです。このままでは、突破されるのは時間の問題かと」


 主人の言葉に従騎士がそう返す。


 ヴェルトロは大槌を得物とする王女派の騎士だ。彼の大槌による攻撃は絶大なる威力を誇り、アインラード市の城壁など容易く破壊されてしまうだろう。それゆえ、都市の防衛目的にもかかわらず、城壁を生かせる籠城戦ではなく野戦をウーデットは選択していた。


 そんな騎士ヴェルトロの率いる王女派の軍は、鶴翼の陣を構えた王弟派の軍に対して、ろくな陣形も構えずに、無謀ともいえる突撃を仕掛けてきた。

 常であれば、翼包囲により大きな痛手を与えることができただろう。


 しかし、今回は違った。

 騎士ヴェルトロが先陣を切り、その武威でもって王弟派の軍を蹂躙。騎士自らが先頭に立っているため、士気も高い。このままでは突破されるという従騎士の見立てに、間違いはないだろう。


 一見して、騎士の戦闘力のみを頼りにした強引な戦術のようである。だが、ウーデットはヴェルトロという男が、それほど単純な人間ではないことを知っていた。


 先頭に立って戦闘を行いながらも、戦況の変化に柔軟に対応している。ヴェルトロ自身だけでなく、率いる部隊全体がだ。

 無茶苦茶をやっているようで、確かな統率力によって戦場を自身の意のままにしているのが、ウーデットには見てとれた。


「このままでは突破される、か。仕方ない。私が出て、ヴェルトロを抑えるしかないな。君は指揮を頼む。私が敵の足を止めるから、その隙をついて包囲するような動きを見せるのだ」


「見せかけの姿勢、ということですね。退路はあえて塞がないと」


 ウーデットの指示するところの意図を正確に理解して、従騎士が返事をする。


「そうだ。敵の殲滅が目的ではないからな。……おそらく、相手も素直に退くだろう」


 ヴェルトロは自分との本気の殺し合いを、この場では望まないはず。ウーデットはそれを理解していた。


 相手方の意図は、自身をこのアインラード市に縛り付けることだろう。なら、こうして戦場に引きずり出すことができたなら、リスクを負ってまでそれ以上は望まない。そう推察していた。


「了解しました。……閣下、ご武運を」


 自身の騎士武装である、一振りの剣を手に、ウーデットは戦いの場に赴く。その足取りは落ち着き払った優雅なもので、兵士たちに安心感を抱かせた。


 いかなる時も、指揮官は冷静でなくてはならぬ。そうでなくとも、冷静であるように兵士には見える、そのように努めなければならない。こういった細やかなことの積み重ねが、士気に影響を及ぼす。


 ウーデットはそのように考えていたし、それを常に実践できる真面目な男だった。


 では、その内心はどうなっているかといえば、取り乱すほどではないにしろ、敵対する元同僚の騎士との相対は、それなりにウーデットの心を波立たせていた。


 ヴェルトロが単独で、周辺の占領を後回しにして、ここアインラード市を攻めるのは、十中八九ウーデットをここに縛り付けるのが目的だ。ウーデットが姿を見せ、さらに包囲するような動きを見せれば、退くはずだ。

 だが、ウーデットの知るヴェルトロという男は、好機となればそれをものにするのに躊躇はしない。そんな男を相手に、下手な隙を見せることはできない。そういう緊張感があった。


 兵士たちには見えないように、フッと息をついて、気を落ち着ける。

 そうして、この初老の騎士は、戦地へと向かった。



 アインラード市内の軍司令部庁舎。日が沈み、市内が夜の闇に包まれても、この日は武官たちが慌ただしく仕事に勤しんでいた。本日行われた郊外での戦闘の後処理のためだ。


「お疲れ様です、閣下」


「ああ、君もご苦労だったな。よく兵を動かしてくれた。さすがに今日は、疲れたな……」


「ヴェルトロ卿の相手は、閣下といえどお疲れでしょう。今日はもうお休みください」


 郊外での戦闘を終え、無事に帰還を果たした騎士ウーデットとその従騎士が互いを労う。


 騎士ウーデットと騎士ヴェルトロ。二人の騎士による戦闘は、双方ともに痛手を被ることなく終わった。ウーデットの読みのとおり、こちらが包囲する動きを見せると、ヴェルトロは即座に撤退を開始したからだ。

 とはいえ、実際に相対して攻撃の応酬を交わしたため、ウーデットはそれなりの疲労を感じていた。騎士同士の戦いは、神経を削る。


「そうさせてもらおう。後処理は任せるよ」


「ええ。お任せください」


 執務に一区切りをつけて、部屋に戻ろうとするウーデットだったが、執務室の扉をノックする音が響く。

 入室を促すと、一人の武官が入ってきた。


「ウーデット卿。至急、お耳に入れたいことが」


 武官は急報を伝えに来たようだ。

 その顔を見るに、どことなく焦っている様子ではあるが、かといって完全に悪い報告でもないらしい。


 果たしてその報告は、王弟派にとって決定的に悪いものではなかったが、安易に喜べるものでもなかった。


「討たれただと? サエッタ卿が? 確かなのかね、それは」


「先んじて首級が届けられています。私もこの目で確認いたしました。間違いございません」


 王女派の騎士、サエッタが討たれた。

 主要な敵が消えたのだから、王弟派としては嬉しいことではある。だが、事はそう単純ではない。


「騎士を討てるような戦力は配置していなかったはずだ。討ったのは誰か?」


 自らの知らないところに、想定外の戦力がいる。敵であれ味方であれ、それは好ましいことではない。ウーデットはそう考えている。


「傭兵です。一週間ほど前に徴募に応じ、幕下に加わっていたようです」


「傭兵? それほどの名のあるような大物を、雇い入れたという報告はないが」


「キミヒコという男で、傭兵としてはまったくの無名です。外国で活動していた魔獣使いのハンターで、この反乱が起きてから王国に来たとのこと。裏がないか、これまでの足取りを現在調査中です」


 武官は淀みなく答える。

 その対応は手慣れたもので、不審な人物であるキミヒコの足取り調査も既に開始していた。その仕事ぶりに、ウーデットも満足気に頷く。


 王弟派のバックである帝国が、無断で紐付きの人物を送り込んできたのか。あるいは、連合王国の線もなくはない。王女派を支持している連合王国ではあるが、列強の政情は複雑怪奇だ。可能性としては低いが、なにかしらの理由があって、こちらの間接的支援をすることもあるかもしれない。


 キミヒコという男の素性を知らないウーデットは、あれこれと推察を巡らす。


「転進中の輜重隊はいかがなさいますか? 明朝にはここに到着しますが」


「予定どおりだ。件の傭兵も一緒にな。……襲撃されたらしいが、損耗はいかほどだ?」


 襲撃された輜重隊の損耗を問いただすウーデット。


 報告を聞けば、損失はそれほどでもないらしい。少なくとも敵の手に物資が渡ることはなかったようだ。

 もっとも、ウーデットの中ではこの輜重隊は囮としての側面もあった。ここ、アインラード市への侵攻を遅らせるため、あえてそれなりの物資を敵に奪われそうな位置に残していた。敵の手に落ちないに越したことはないが、奪われてもさして困らない。そういう部隊だった。


 それゆえ、敵の襲撃を撃退、さらには騎士を討ち取るなど、まったくの想定外のことだった。


「……例の傭兵、魔獣使いと言ったな。騎士を討てるほどの魔獣なのか」


 再び、件の傭兵に話を戻す。


 騎士を倒せる魔獣など、そうはいない。それこそドラゴンでも連れてこないと無理である。それも並のドラゴンではなく、強大な個体でなければならない。


「それが、自動人形ということです。白い衣装の、少女の姿をしていると」


 武官の話に、ウーデットはほうと息を吐く。自動人形を操る魔獣使いなど、聞いたことはない。やはり普通ではないらしい。


 そして、今まで淀みなく受け答えをしていた武官が、なにかを言い淀んだことをウーデットは見逃さなかった。


「なにか気になることがあるのかね?」


「いえ、その……。伝令の者が妙なことを言っていたもので……」


 武官は言いづらそうにしていたが、ウーデットは視線で続きを促す。


「伝令の兵は実際に見たらしいのですが……サエッタ卿を討った自動人形は、その、悪魔だと……」


 おずおずとそう言った武官に、黙って聞いていた従騎士がため息をつく。

 戦場で見たものを、誇大に捉えてしまうのはよくあることだ。これもそうしたたぐいの話だと従騎士は思ったらしい。


「悪魔、か……」


 だが、ウーデットにはそれが、いやに耳に残った。

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