#8 悪魔のカタチ

 ホワイトが敵の騎士を追っていってしまってから、キミヒコは燃える物資をぼんやりと眺めていた。周囲には護衛として、幾人もの正規兵がいる。


 ホワイトの活躍で敵が退いたと見るや否や、兵士たちは即座に物資の焼却を始めた。わざわざ輜重隊を編成して運んでいたにもかかわらず、敵に渡すくらいならと、あっさり燃やし始めた。

 さらに状況が動き、敵の騎兵が完全に退却したと判断すると、今度は燃える物資の火を消して、持ち去れる分を無事な馬車の数から計算し、再び輸送の準備を始める。


 燃やしたり消火したり、忙しいことだな。


 火を眺めながら、そんなことを思う。


 状況に振り回され、二転三転の対応に追われながらも、淡々と仕事をこなす。キミヒコは兵士たちの手際のよさに感心していた。


 今、キミヒコの前で燃えているのは、持ち去れないと判断され、放棄される物資だった。


「今、どんな感じでしょうかね……」


「監視から報告はありません。いまだ、交戦中かと……」


 暇を持て余して、護衛に戦況を尋ねてみるが、特にわかることはない。


 ホワイトは敵の騎士を追跡して、行ってしまった。


 こんな敵の勢力圏内といえるような場所で、ホワイトが傍にいないのは、キミヒコは精神的に落ち着かなかった。

 自分の身になにかあれば、ホワイトは制御不能になる。キミヒコは部隊の指揮官をそう脅しつけて、護衛の正規兵を融通してもらっていた。だが、ホワイトが傍にいる安心感には程遠い。


 ホワイト不在の状態で自身に危機がせまったらどうしよう。そして、万に一つもないことだろうが、ホワイトの身になにかあったらどうしよう。そんな不安に苛まれる。


 不安を紛らわすため葉巻を吸い、ただひたすら、時間が過ぎるのを待つ。


 眼前の物資があらかた燃え尽きて、残り火が燻っている。それをただぼんやりと眺めていると、キミヒコの護衛の兵士のもとに伝令が来た。

 短い報告が行われ、伝令は去っていった。そしてその内容を、護衛の兵士がキミヒコに伝える。


「……キミヒコ殿。あなたの自動人形が、仕事を終えたと、連絡が」


 待望の連絡だった。キミヒコはほっと胸を撫で下ろす。

 やはり、ホワイトがおくれを取るなどありえない。そう再認識した。


「ああ、ようやくですか。結構、手間取りましたね。……首尾はどうでした?」


「……騎士サエッタを、斃したようです」


 キミヒコの問いに、護衛の兵士は重々しくそう返答する。その顔はどこか引き攣っているように見えた。


 面倒な敵を始末できたのだから、もっと喜べばいいのに。ホワイトが頑張ってくれたというのに、失礼なやつだ。

 キミヒコはそう思ったが、顔には出さない。


「それは重畳です。……敵の騎兵隊は?」


「すでにこちらの警戒線の外まで退却したようです。再攻撃の様子はありません」


 どうやら、完全に危機を脱することができたらしい。緊張の糸が切れて、キミヒコの口から長いため息が漏れる。


「……その、キミヒコ殿。できれば、あなたの人形の出迎えに向かっていただきたく……」


 懇願するように護衛の兵士が言う。


「ああ、そうですね。頑張ってくれたようだし、迎えに行ってやらないと……」


 そう言って、キミヒコは立ち上がる。

 案内を頼もうかと、キミヒコが切り出す前に、兵士の方からさらに注文がついた。


「それと、その、首級と騎士武装の引き渡しもお願いしたく……」


「えぇ……。それも私ですか……?」


「両方持っているらしいのですが、こちらの問いかけに、一切応じてくれないもので……」


 言われて思い出す。


 そういえばそうだった。ホワイトはそういうやつだった。


 ホワイトの相変わらずの調子に、キミヒコはまたため息をついた。


 兵士に案内させて、キミヒコが出迎えに行くと、人だかりができていた。

 皆揃って、ある一点を凝視している。


 ――あの首、サエッタ卿じゃないのか。


 ――そんな馬鹿な。騎士なんだぞ。討ち取れるはずが……。


 ――あれは本当に自動人形なのか……?


 そんな声が、漏れ聞こえる。


 ざわめく兵士たちの視線の先、そこには果たして、ホワイトがいた。

 真っ赤な夕日をバックに、こちらへ向かって悠然と歩いてくる。


 その右手はなにかをぶら下げていた。吊り下げられたそれが、歩くたびにゆらゆらと揺れている。左手にはなにか大きな物体の先端が握られていて、それを引きずりながら歩いているようだった。


 ホワイトがその手に持つもの。それも気になることではあり、兵士たちはそれを注視しているらしい。

 だが、キミヒコにはそれよりも気になることがあった。ホワイトの装いがボロボロだ。ドレスはボロ布同然で、球体関節丸出しの人形の体が露出している。


「ホワイトッ!」


 キミヒコは思わず叫んで、ホワイトの下へと駆け出した。

 それなりの距離があったため、辿り着く頃には息が切れていた。だがそんなことはお構いなしに、問いかける。


「だ、大丈夫か!? ボロボロじゃねえか!」


「はい? まあ平気ですけど……。それよりも、貴方の要望のとおり、あの騎士を殺してきましたよ」


 そう言って、その手に持つものを掲げるホワイト。

 右手には銀色の髪が握られ、その先には女性の首か揺れている。左手には、胸を抉られ頭部を失った女性の体、その右足首が握られている。


「そんなもんあとでいい! どこかケガはないのか!?」


「ケガ……? まあ、強いていうなら、衣装の損傷が激しいですね。とはいえ、自動修復に一晩はかからないでしょう。あとは、腕に攻撃を受けたので傷がつきました。こちらは明日の朝くらいまでは修復に時間がかかるかもしれません」


 ホワイトの返事に、キミヒコは今日何度目になるかわからないため息をついた。

 ボロボロの装いに焦ってしまったが、明日の朝には元どおりになる程度の損傷だったらしい。思わず脱力してへたり込んでしまう。


「いったいどうしたんです? そんなに焦って走ってきて。葉巻の吸いすぎで肺活量が落ちてるんですから、無理しないほうがいいですよ」


「いや、おま、このっ……。はあぁ、もういいよ。お前はそういうやつだった」


 人が心配をしているというのに、この言いよう。

 キミヒコは呆れると同時に、ホワイトの調子がいつもどおりで安心もしていた。


「いつまでへたってるんですか。もう行きましょうよ。日が暮れますよ」


「……そうだな。帰ろうか」


「あ、そうだ。これはどうします?」


 言って、またその手に持つものをアピールするホワイト。

 キミヒコは改めてそれを見る。


 惨殺死体と成り果てているが、例の騎士だったのだろう。スタイルよし、顔よしの、なかなかの美人だったらしい。こうなってしまってはすべて台無しではあるが。


「……お前が持っててくれ。軍に引き渡すまでな」


「はいはい。じゃあ行きましょう」


 それだけ言って、二人で歩き出す。

 背後から、警戒についていたらしい騎兵たちが、遠巻きについてくる。


 いや、味方なんだから寄ってこいよ。ビビりすぎだろ、いくらなんでも……。


 わざわざ距離をとってついてくる騎兵たちに、キミヒコはそんなことを思う。


 騎兵たちは本気でホワイトを恐れているらしく、遠目にもその挙動のおかしさがわかった。声をかけようと視線を向ければ、目を合わさないように全力で顔を逸らす。


 仕方なしに、ホワイトと二人だけで本隊と合流するため歩き続ける。

 キミヒコの息を落ち着けながらのため、ゆっくりと歩いて、ようやく辿り着く。


 合流した先でも、騎兵たちと同じような反応をされる。兵士たちは皆一様にホワイトから距離をとり、顔を引き攣らせ、近寄ろうとはしない。


 無茶な要望に応える形で戦果をあげてきたのに、なんという恩知らずだろうか。

 キミヒコはそう苛立つが、仕方ないことと割り切ってもいた。実力ある人間から、ホワイトが恐れられるのはいつものことだ。


 とはいえ、仕事をこなしたのだから、戦果報告はしなければならない。特にホワイトが両手にぶら下げている物体は、さっさと手放したいとキミヒコは思っていた。

 皆が気味悪く思うホワイトよりも、この惨たらしい死体の方が、余程気持ち悪かった。


 死体を押し付ける先を探して、さっきまで護衛についていた正規兵の姿が目に映る。確か、それなりの立場の人間だったはず。キミヒコはそう記憶していた。


「どうもどうも。言われたとおり、出迎えてきましたよ。ご所望の品もお渡しします」


 声をかけられ、ギョッとした様子の正規兵に近づいていく。


 なんでお前まで怖がってんだよ。お前が首級を持ってこいって言ったんだろうが。だいたい、俺の護衛だったのにいつの間にかいなくなるし……。


 護衛の任はホワイトが帰還するまでであったし、自分が護衛を置いて勝手にホワイトの下に駆け出したことを忘れて、心中で悪態をつくキミヒコ。


「あ、あの……では、とりあえず、首級と騎士武装の大剣だけお渡しください……」


 観念したように兵士が言った。


「ホワイト、体はいらないってよ」


「はいはい。死後硬直で剣を握ったままなんで、ちょっと待ってください」


 そう言いながら、ホワイトは死体を放り投げる。そして、大剣の柄を握ったままの両手を踏みつけた。その様に、慈悲も躊躇もない。

 ホワイトの小さな足でぐりぐりと踏み躙られて、指の骨が砕ける音がする。


 仏への無残な仕打ちに、キミヒコは眉を顰めるが、咎めはしない。

 自分たちは殺し合いの戦争をしているのだ。実際、この女には殺されかけた。死体にまで配慮してやる理由は見当たらなかった。


 ――悪魔だ、あれは……。


 こちらを遠巻きに眺める兵士の一人がそう言ったのが、キミヒコに聞こえた。誰が言ったかはわからないが、その言葉はやけに耳に残った。

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