#7 カウンターアタック

 疾走する騎士サエッタと、それに追いすがる白い少女の形をしたナニか。


 サエッタは当初の予定を変更して、味方の騎兵がいる場所とは別方向に馬を走らせる。魔力強化を施した馬による全力疾走であるが、敵を振り切ることはできなかった。


 相手の速度にまだ余裕があるとサエッタは感じていたが、敵は仕掛けてくる素振りを見せない。

 先に馬が潰れるのを待っているのだろうか。存外せこい真似をしてくるものだと、心中で舌打ちする。


 振り切ってから向きを変えての正面攻撃か、並走してからの側面攻撃を仕掛けたいサエッタだったが、相手は真後ろに張り付いたまま位置取りを崩そうとしない。


 このままではジリ貧だ。かといって、真後ろに張り付かれたままでは、速度を落とす気にもなれなかった。この状態で攻撃に転じられるのはまずい。


 馬を捨てて、徒歩かちで挑むしかないか。そう思った矢先、サエッタの目の端に映るものがあった。味方の騎兵隊が駆けている。


 彼らの意図するところを察して、サエッタは騎馬を急旋回させた。化け物もそれに動きを合わせてくる。意地でも背後から動かないつもりらしい。

 右へ左へ。サエッタが化け物を振り回すような機動を取り続けていると、後方から味方の騎兵たちが追いつく。


 白い化け物はサエッタを追い、そのさらに後方を騎兵隊が追う。挟み撃ちの形だ。

 とはいえ、騎兵隊が背後から攻撃してもあれを倒せるとはサエッタも思ってはいない。

 下手に手を出しても、犠牲が増えるだけだ。あくまで一時的なフォローとして、自身と敵の位置取りの修正が図れればいい。


 そう思ってサエッタが減速をしようとした瞬間、化け物の体がバラバラに分解された。

 頭、胸、胴、両手両足、さらには身に纏っていたドレスもいくつかの部位に分かれて四散。地面を転がり、追っていた騎兵隊の後ろにいってしまう。


 突然の出来事に誰もが反応できずにいるうちに、化け物は四散した体を瞬時に合体させ再び人型となって追跡を再開した。


 再び完全に後ろを取られたが、一連の動作と組み上がる際に見せた球体関節から、敵の正体をサエッタは看破した。

 敵は自動人形だ。それも、規格外の。


「閣下、退却を……」


 減速したサエッタに追いつき、並走する従騎士が撤退を進言する。横目で本来の獲物である輜重隊を見やれば、その積荷のほとんどに火が放たれているのが見える。


 業腹だが、目的の達成は不可能となったのだから、サエッタとて撤退したい。騎士としてのプライドには傷がつくが、無為に戦力を消耗させるのは避けなければならない。


 だが、あの人形はこちらを易々と逃してくれそうにはなかった。


「あの人形は私がここで殺る。お前たちは先に撤退しろ」


殿しんがりは私が――」


 従騎士と言い合う間に、一騎が人形に攻撃を仕掛けた。

 騎射の名手で、サエッタも目をかけていた男だ。その顔は恐怖で青くなっている。


 恐怖に駆られての迂闊な行動ではあったが、攻撃は正確なものだった。上半身を捻って後方を向き、矢に魔力を乗せ、狙いをつけて弓を引き絞り、放つ。


 矢に込められた魔力はかなりのもので、鋼鉄製の鎧や盾なら軽々と貫通できる威力だ。それが、人形の顔面めがけてまっすぐに飛ぶ。だが、その顔に矢が突き刺さることはなかった。


 人形は追跡の足をまったく緩めることなく、その手であっさりと魔力の乗った矢を掴み取った。そしてそのまま、お返しとばかりに投擲。

 返された矢は、騎射を行なった騎兵の馬に命中し、突き刺さるどころか貫通して、その腹を引き裂いた。それでも矢は止まらずに、向こう側を走っていたサエッタの下まで迫るも、大剣で打ち払われる。


 矢を受けた馬は、臓物を撒き散らしながら数歩進み、力尽きて転倒。その背に乗せていた兵は地面に叩きつけられた。

 疾走中での落馬であるから、それだけでも致命傷だろう。だがそんなことはお構いなしに、人形はすれ違いざまに腕を振るう。地面を転がっていた騎兵の体は、水風船が弾けるようにして鮮血を撒き散らした。


 それと同時、風を切る音を立てながら、なにかが地面スレスレを高速回転しつつ飛来するのが、サエッタに見えた。人形が殺した騎兵、彼の持っていた剣らしい。

 瞬時に奪って投擲されたそれは、サエッタの騎馬の足にまで到達した。


 馬の後脚が切断される寸前、サエッタは咄嗟に馬から飛び降りる。魔力を足に込めて着地するも、慣性に引きづられるように地面を滑っていく。転倒するまいと地を踏みしめるサエッタに、人形が猛然と襲いかかる。

 飛びかかって放たれた人形の手刀を、サエッタは大剣の腹で受け、そのまま大剣を振り回して人形を吹き飛ばした。


「閣下ッ!」


「先に退却していろ! 足手纏いだ!」


「っ……! ご武運を!」


 食い下がる従騎士を叱責して、退却させる。

 従騎士は後ろ髪を引かれているようであったが、他の騎兵たちはほっとした様子で退却していった。


 聞き分けがよくて結構だが、薄情な連中だな……。


 薄く笑いながら、サエッタはそんなことを思う。

 だが、この身が騎士でなければ、自分も彼らのように振る舞っていただろう。それだけ、眼前の敵は恐ろしい。その点、自分の従騎士はよくできたやつだ。


 遠く離れていく味方から、意識を目の前の敵へと戻す。


 人形の体は軽く、それなりの高さまで打ち上げられ遠くまで吹き飛んでいたが、特にダメージを受けた様子もなく、悠々と着地。先程までの熾烈なまでの殺意はなりを潜め、悠然とこちらに歩みを進めている。


 時は夕刻へと差し掛かり、太陽は傾き始めている。西日を浴びる人形の姿は美しい。だがその美貌とは裏腹に、その身に纏う糸状の魔力はさながら屍肉に群がる蛆虫のよう。あるいは、無数のナメクジが這い回っているような、そんな不快感を放っている。

 美しい容貌とおぞましい魔力。そのギャップがまた、えもいえぬ嫌悪感をサエッタに植え付けた。


 気色悪い人形め、どう仕掛けてくれようか。


 サエッタは考える。彼女の性分は防御よりも攻撃だった。それゆえ、その思考もどう攻めるかに重点を置かれる。


 相手は徒手空拳だ。飛び道具もない。間合いを間違えなければ、攻撃をもらうことはないだろう。


 オーソドックスな戦法だが、大剣のリーチのギリギリを維持しつつ、隙を見つけて必殺の一撃を叩き込む。サエッタはそう決めた。インファイトに持ち込まれなければ、なんとでもなるはずだ。


 不意に人形が動く。まっすぐにこちらまで突っ込んでくる。

 サエッタは剣を青眼に構えつつ、ステップで攻撃をかわす。矢継ぎ早に人形は攻撃を仕掛けてくるが、最小限の攻撃でそれをいなした。

 安易に大剣を振るいはしない。避けられ、間合いを詰められれば命はない。


 そんな動きをしばらく続けると、人形の動きが一瞬ぶれる。地面の窪みに足を取られたらしい。


 それを認識したサエッタは、上段から大剣を勢いよく振り下ろした。しかし、刃の向かう先は人形ではなく、その手前の地面だ。剣先が地に突き立てられると同時、サエッタは身をかがめる。その頭上を、手のような形状の白い物体が横切り、空を切った。 


 なめられたものだな。そんな見え見えのフェイントに引っかかるものかよ!


 人形の小細工を、サエッタは内心で嘲笑う。


 隙を見せたふりをして攻撃を誘い、パーツの分離を利用した不意打ちをする。そういう心算だったようだが、サエッタはそれを看破し、逆手にとった。


 地面に突き立てられた大剣を振り上げると同時、魔力の奔流が迸り、衝撃波となって人形を捕らえた。

 衝撃波をもろに受けて、人形の体が浮き上がる。


 ――もらったッ!


 宙で無防備の状態の人形に向けて、上段からの渾身の一撃をお見舞いしようと剣に魔力を込める。人形が咄嗟に腕を交差させて防御を図るが、お構いなしに刃を振り下ろした。

 防御ごと両断にする。そういう自信がサエッタにはあった。


 魔力を乗せた、騎士による渾身の一撃。その威力は凄まじかった。鋼鉄の城門だろうが、石造の巨大な城壁だろうが、両断できる一撃だった。


「ば、馬鹿な……」


 だが、相対する人形を断ち切ることはできなかった。騎士の口から呆然とした呟きが漏れる。


 人形の身に纏っていたドレスは、攻撃の余波でほとんどが消し飛び、もはやボロ切れ同然。腰から下は地面にめり込んでいる。

 そんな状態で、人形は振り下ろされた刃を交差された腕で受け止めていた。


 渾身の一撃が通じなかった。その事実が、騎士の判断の遅れを招いた。常であれば気が付けたことに気が付けなかった。


 人形の腕の、手首から先がない。先程飛ばしたものだけではなく、両腕ともだ。


 サエッタがそれに気が付いたのは、自らの首にヒヤリとした感触があてられてからだった。


 手がない。まさか、私の首にあてられているこれは――


 ボキリ。そんな音がして、騎士の思考は中断された。そして、二度と再開されることはなかった。

 頭を支える支柱を失い、思考を失い、首から上をプラプラと揺らしながら、騎士の体が倒れ伏す。


 その傍らで、人形は地面から這い出した。そして、倒れた騎士に容赦無く自身の腕を突き刺したうえに、その首を引きちぎる。

 胸を抉られ、首から上は胴体と泣き別れ。そんな無残な状態でも、騎士の手は大剣を握ったままだった。

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