#6 戦場の殺戮人形
気の進まない任務だった。
必要であることは理解できる。しかし、輜重隊を襲撃してその積み荷を奪う。騎士たる身の上で、そんな盗賊のような仕事をすることになろうとは。
そんなことを考えながら、浮かない顔で騎兵を率いて平原を駆ける銀髪の女性。騎士サエッタだ。
その背にあるのは、彼女の身の丈ほどもある銀色の大剣。彼女の騎士武装にして、誇りでもある。
それもこれも、ウーデットが悪い。
内心でそう吐き捨てるサエッタ。
騎士ウーデットは王弟派に与する二人の騎士の片割れだ。もう一人の王弟派の騎士は王都の守護についているため、この内戦における王弟派の戦争指導は、ウーデットが仕切っていると目されている。
その戦争のやり方というのが陰湿なもので、とにかく王女派に物資を渡さないことを念頭に行動してきた。
王女派が決起してすぐ、電撃的に奪った都市はよかったものの、その後の勝利で都市を落としても、その糧秣庫も武器庫ももぬけの殻だった。もぬけの殻どころか目の前で焼かれたことさえある。
おまけに支配領域を維持できないと悟るや否や、維持できない領域に戦時物資の徴発をかけて持ち去る徹底ぶり。おかげでこちらが物資を得ようとするなら、それはもう略奪しか手段はない。
そしてそれを、彼女らの主君であるヘンリエッタ王女は許さなかった。
もっとも、サエッタ自身も自国内での略奪などしたいはずはないし、敬愛するヘンリエッタにそんなことをさせたくはなかった。
王女派の台所事情がそんな有様であるから、こうして輜重隊襲撃などという仕事をサエッタは割り振られることとなった。
騎士といえば国家武力の要にして顔のようなもの。そんな騎士を、こんなつまらない任務に回すとは。
心中で愚痴を続けるサエッタだったが、仕方のないことと割り切ってもいた。
王女派が優勢なのは騎士の頭数が優位である面が大きい。王弟派の騎士ウーデットが、王女派の騎士による攻勢でアインラード市に釘付けにされている今、サエッタはフリーハンドで動けるのであるから、やれることはやらねばならない。
「……閣下」
「わかっている。こっちから見えたということは、あちらからもそうだろう。急ぐぞ」
従騎士の言葉に、そう返す。
サエッタ率いる騎兵隊は獲物を発見した。事前の情報のとおり、敵の輜重隊だ。
速攻を成さねばならない。サエッタはそう意気込み、馬の速度を上げる。
騎士としての矜持だけではない。サエッタがいない状態での話ではあるが、今までも何度か敵の輜重隊を襲撃する機会はあった。しかし、敵の判断はいつも過敏なほどに早く、輜重隊の物資はほとんど火をつけられてから放棄された。
王女派としては、物資の確保は急務である。今度ばかりはどうにかして奪う。そのためにわざわざ、騎士を襲撃任務にあてがったのだ。
サエッタは軍馬に魔力強化を施し、単騎で突っ込んでいく。周囲を突き放すほどの猛スピードだ。
襲撃者を察知した護衛の騎兵が迎撃に来る。単騎で突出したサエッタを討とうと駆けてくるが、ふとした瞬間にその足並みが乱れた。相手が騎士であることに気が付いたのだろう。だがその足並みの乱れもほんの一瞬のことで、怯むことなく向かってくる。
貴様らが、あの暗君なんぞに付き従うから……!
王弟アルフォンソについた怒りとも、かつての同僚を切り捨てる言い訳ともつかないような、そんな思いのままサエッタは大剣を振るう。
女の細腕、それも反対の手は手綱を握っているため片手で振るわれた大剣は、瞬く間に数名の騎兵を馬ごと斬り伏せた。斬撃に込められた魔力による美しい光跡のあとに、軍馬と兵士の鮮血が迸る。
向かってきた騎兵全部を斬ったわけではないが、出鼻は挫いた。あとは後続が踏み潰すだろう。
そう判断したサエッタの次なる狙いは、輜重隊の先頭だ。先頭車両を破壊して、敵全体の足を止める。
騎兵も歩兵も、健気にも自身の任務を果たそうと向かってくるが、騎士の足止めになどなるはずもない。容赦無く振るわれた大剣により、鮮血の花を咲かせるだけだった。
騎士を止めることは叶わず先頭車両が潰されると、サエッタの目論見通りに輜重隊全体の足は止まった。
あとは、護衛を全て蹴散らし、物資を調達するだけ。すでに敵は撤退を決断したらしく、物資を放棄して逃走を図っているようだった。
サエッタが単騎駆けを敢行したため、騎兵隊は彼女の従騎士が率いていた。従騎士はよい仕事をしてくれたようで、騎兵隊とともに敵兵を追い散らしている姿がサエッタの目に入る。
いくらか煙も上がっているが、全部が燃やされたわけではないだろう。ある程度の収穫にはなったか。
そう胸を撫で下ろすサエッタのもとに味方の騎兵が駆け寄ってくる。
「サエッタ卿、敵輜重隊後方の様子が妙です」
「……報告はもっと具体的にしろ」
曖昧な報告をする兵に、苛立ち気味にそう返す。
王弟派の騎士ウーデットは正規軍からの支持が厚い男で、おかげで良質な兵の多くは王弟派についてしまった。兵員不足を補うため常に徴募をかけている影響もあって、王女派の兵士全体の質の低下は如何ともしがたい。
「それが、その……、後方の一台の馬車を守るように敵が一人残っているらしいのですが」
それがどうしたというのか。たった一人、討ち取れば済む話だ。
そう思って後方に注視して、サエッタは気が付いた。
ナニかがいる。恐ろしくて、おぞましい、どうしようもないナニかが。
「……サエッタ卿?」
突如として黙り込んだ騎士に、困惑したように兵が問いかける。
「いったん下がるぞ。残った敵には手を出すな」
そう言って、号令をかけさせて騎兵隊を集結させる。
続々と集まってくる騎兵たちを尻目に、敵を確認する。
その異常性はすぐにわかった。その馬車の周りだけ、おびただしい血が流れている。周囲に転がっているのは、こちら側の騎兵の遺体だ。
そして、その傍で佇む、白い人影。その姿だけ見れば、この戦場に不釣り合いな豪奢なドレスを身に纏った令嬢そのものだ。
だが、この距離からでもサエッタにはわかった。あれが少女、いや人間であるはずはない。そんなことはあってはならない。
「こんなにやられたか……」
集結した騎兵たちを見て、サエッタが呟く。
「申し訳ありません。閣下から預かった騎兵を……」
「いや、いい。あれは想定外だ」
申し訳なさそうに言う従騎士を、そう言ってなだめる。
「いかがなさいますか?」
「敵は格闘戦が主体のようだ。私が距離を取って一撃入れる。倒せればよし。もし無理な場合、こちらまで釣り出せたなら、騎兵突撃で片を付ける。動かなければ、一撃離脱で攻撃を撃ち込み続ける」
「了解しました。突撃の準備をさせておきます」
「任せる」
指示を出して、サエッタは単騎で接近していく。
駆けていくと、王弟派の騎兵たちも集結をかけているのが目の端で確認できた。こちらがいったん退いたのを見て、逆襲できるように態勢を整えているらしい。あるいは物資の処分が目的か。
……抜け目のない連中だ。忌々しい。
心中で毒づくが、今はそちらに構っている場合ではない。
標的を見定める。ぼんやりと馬車の前で突っ立ったままで、動きはない。
隙だらけにも見えるが、周囲に展開されている魔力で作られたであろう糸が、触手のようにうねって明滅している。魔力感知にさらに力を入れれば、さらに細かい糸がより広範囲に存在しているのが確認できた。
その様はあまりにもおぞましく、生理的嫌悪感に溢れていた。サエッタの額に汗が流れる。
そろそろ射程内。そういう距離で、サエッタはその手に持つ大剣に魔力を練り込んでいく。長大な刃が魔力を吸って、低い振動音を鳴らしながら光り輝いていく。
魔力の充填量、彼我の距離、馬の走行速度。それらを勘案しながら、機を見計らう。
今が好機。サエッタがそう判断した瞬間、棒立ちの得体の知れない敵に向かって、大剣が振るわれた。
斬撃が光波となり、甲高い音を立てながら標的に向かってまっすぐに飛ぶ。
敵の反応は素早かった。サエッタの攻撃が放たれると同時、弾かれたように跳躍。しかしそれは回避の機動ではなかった。
なぜか守っていた馬車の内部に飛び込み、光波が馬車に直撃するギリギリのタイミングでなにかを抱えて脱出した。
バラバラに吹き飛んだ馬車を横目に、サエッタは味方の陣地へ向けてゆったりと移動する。反撃に向かってくるのなら、味方の騎兵の場所まで誘導して、今度は騎兵突撃をお見舞いする腹づもりだ。
退きながらも敵の様子を観察する。馬車から救い出したのは、人間の男らしかった。あの敵との関係は不明ながらも、大切な存在らしい。さらに、王弟派の騎兵が駆け寄ってくるのが見えた。
馬車にいた男と騎兵がなにやら話をしているが、あの白い化け物がこちらに向かってくいる様子はない。
動かないか。ならばもう一撃……!
サエッタがそう考えて馬を操ろうとした瞬間、なにかが破裂するかのような音が耳に届く。それも一定の間隔で連続にだ。
敵の、白い少女の形をした化け物が、地面を跳ねるようにして駆けて、こちらへ突っ込んでくる。地面を蹴るたびに衝撃音が鳴り響き、土煙が舞う。
あんな力で地面を蹴れば、その体は宙に浮かんでしまいそうである。だがあの化け物は、連続で魔力の糸を前方地面に射出し、体を常に地面に括り付けてその身を宙に浮かせ過ぎないようにしている。そうして、地面を連続で蹴りつけているらしい。
サエッタも馬に魔力強化を施し猛スピードで駆けるが、信じがたいことに相手はあの小さな二本足でそれに近いスピードでこちらに迫ってくる。
釣り出しには成功したが、これからどうするか。
サエッタは考える。当初の予定のとおりに、騎兵たちの前に誘導したとして、討ち取ることができるだろうか、と。
無理だ。逡巡も僅かなことで、即座にそう結論づける。
いったいどこから連れてきたかわからないが、あれはまともな化け物ではない。
ならどうする……? 私がサシでやるしかない、か。命懸けになるな……。
リスクを承知で、騎士が決意を固めた。
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