#5 騎士強襲

 積荷を満載にした輜重隊が平原を進んでいく。彼らが目指すのは王弟派の拠点の一つ、アインラード市。


 輜重隊に並走するように騎兵が護衛に張り付き、荷を積まずに臨戦態勢の兵士たちが詰めている馬車もある。ものものしい緊迫感が立ち込めているが、それも当然の話で、彼らの任務は後方から前線への物資輸送ではない。王女派の支配領域からの転進、いわば退却中の部隊だった。

 こんな物資満載の輜重隊など、敵からすればカモがネギを背負って歩いているようなもので、いつ襲撃があってもおかしくはない。


 そんな輜重隊の荷馬車の一つに、キミヒコとホワイトの姿があった。


「なんで俺までこんな最前線に……。おかしい……おかしくね……?」


 キミヒコが青い顔で呟く。


「傭兵なんだから、前線送りは当然なのでは? それに、敵が来なければアインラード市まで座ってるだけ。敵が来たなら私が殺すだけ。簡単な仕事ではないですか」


「それ、ここに俺がいる必要ある? お前だけでいいだろ、絶対。……あと、敵が来たならお前の仕事は俺を守ることだぞ。最優先はそれだ。敵を殺しにいくのは、俺の安全が保障されてからでいい」


「心得ています。まあ有事の際は、隠れておとなしくしていてくださいね。邪魔ですので」


 ホワイトの頼もしくも腹立たしい言葉に、キミヒコはため息をついた。


 この部隊に送られる前。キミヒコたちが傭兵として雇ってもらうための、正規兵との面接はうまくいった。うまくいきすぎた。

 当初は圧迫面接でもする予定だったのか、兵士たちはやたらと高圧的に接してきたのだが、その場で一番偉いはずの正規兵だけはホワイトへの恐怖で終始青い顔だった。

 結果、なんともチグハグな面接とはなったものの、無事キミヒコたちは傭兵として雇ってもらえることとなった。


 そこまではよかった。面接官の正規兵はホワイトの実力をきちんと評価し、軍司令部に伝えてくれた。しかしその一方で、ホワイトの危険性も司令部に猛アピールしたらしい。

 そのため、非常によい待遇で迎え入れてもらえたものの、ホワイトの監督責任をキミヒコは負うこととなった。監督責任とは、要するに目を離すなということだ。


 おかげで、自身は後方でのんびりしているというキミヒコの目論見は崩れ、こうして一緒に戦地に送られることとなった。


「……畜生が。なかなか思うとおりにいかねーよな。まったくさあ……」


 こうなれば、このまま敵襲もなく無事にアインラード市まで行けることを願うほかない。


 そんな心持ちでいたキミヒコだったが、突然に馬車がスピードを緩め、停車する。嫌な予感を感じる間もなく、聞きたくない単語が耳の中に滑り込んできた。敵襲、と。


「敵襲ですって」


 聞こえなかったことにしたかったキミヒコだが、ホワイトがわざわざ言葉に出してくれた。


「マジで思うとおりにいかねーなあ……。どうしよう……」


「とりあえずここにいてください。外に出て、この馬車に近づく敵を始末します」


「頼んだぞ。いや、本当、マジで頼んだからな……!」


 縋り付くように、ホワイトに頼み込むキミヒコ。

 ホワイトはそれを受け「任されました」とだけ言って馬車の外へと出ていった。キミヒコは一人、積荷の軍事物資とともに馬車に残る。


 外から兵士の怒号や軍馬のいななきが聞こえる。外の状況が気にならないわけではなかったが、ことここにいたり、キミヒコにできるのはホワイトを信じることだけだった。


 気分を落ち着けるため、懐から葉巻を取り出し火を付けようとする。手慣れた動作のはずが何度も失敗して、三本目のマッチでようやく火がついた。

 煙をふかしているうちに、周囲からの音に新しいものが混じってくる。剣戟、悲鳴、なにかが倒れる音。それらを聞きながら、キミヒコは暗い馬車の中でぼんやりと佇む。


 しばらくそうしていると、不意に馬車に飛び込んでくる影があった。ホワイトである。


「どうし――」


 キミヒコの声かけに応じる間もなく、ホワイトはキミヒコを抱えて馬車から飛び出した。思わず舌を噛みそうになったキミヒコだったが、文句を言う間もない。

 馬車から飛び出すと同時、轟音が響き渡る。


「ちょっ! いったいなんだ!? 状況はどうなっている!?」


「敵の遠距離攻撃です。こちらを狙い撃ちしてきました」


 こちらを狙い撃ち。ホワイトはそう言ったが、いったいどんな攻撃なのか。魔法でも撃ち込まれたのか。


 キミヒコは自身が今までいた馬車を確認しようとして探すが、見当たらない。一呼吸おいて、理解した。馬車があった場所にはクレーターができていた。そしてその向こうに細切れになった馬車と馬だったらしき物体が散乱している。


「はあ!? なんでこうなる!? どんな敵だ!?」


「敵方の騎士です」


 騎士。それは、戦場における人間兵器である。

 そんなやつに直接攻撃された。その事実だけでパニックに陥りそうになるが、キミヒコはどうにか抑える。


「味方はどうした!?」


「ここはもう我々だけですね」


 キミヒコの悲鳴じみた質問に、ホワイトが平然とそう答える。


 どうやらぼんやりしている間に逃げ遅れたらしい。キミヒコは頭を掻きむしりたくなった。


「冷静に言ってんじゃねえよ! どっちに逃げればいい!? 敵はどこだ!?」


「だから、この辺は我々だけですって。敵騎士はあっちです」


 あっち、とホワイトが指差す方向を見れば、敵方と思わしき騎兵がこちらに背を向け走っていた。大剣を担ぎ、後頭部で結われた長い銀髪を揺らしながら、馬を走らせている。女性のようだった。


 あれが、俺たちを攻撃してくれた騎士か。王女派の騎士で女は一人。確か、サエッタ卿とかいうやつだったはず……。


 騎士の姿を確認したキミヒコだったが、その様子に違和感を覚える。こちらに背を向けて走るその様は、こちらに攻撃をかけるというよりは、逃げているように見えた。

 さらに周囲の状況も確認すると、兵士と馬の死体が転がっている。かなりの数だ。そしてそれらは全て、王女派の兵士の装いに見えた。


「……この辺に転がってるの、みんな敵の死体か?」


「そうですね。私を見て攻撃してきた兵士なので、多分そうです」


「全部、お前が殺ったの?」


「はい」


 キミヒコにも状況が見えてきた。

 どうやら、ホワイトは味方のいない状況で相当に暴れたらしい。それを脅威と見た敵の騎士が遠距離から攻撃を放った。そういうことだろう。


 ではなぜ味方はいないのか。そう考えたところで、味方の兵士が数名、馬でこちらに駆けてくるのが見えた。


「キ、キミヒコ殿! ご無事で!?」


「無事に見えるか!? 馬鹿野郎どもが! テメーら俺たちを置いて、どこでなにやってたんだよ!?」


「撤収命令は出しましたよ! あなたの人形がそれを無視して、ここで暴れ回ってたんでしょうが!」


 この兵士の言い分によれば、敵の騎士、サエッタ卿とやらの姿を確認した時点で物資の放棄を決定して撤収を開始したようだ。

 キミヒコはそれに気が付かなかったし、ホワイトはそれを無視した。そういうことらしい。

 誰が悪いといえば、撤退命令に背いた自分たちである。その事実になんとも言えない面持ちになるキミヒコ。


 そんな様子のキミヒコに、おずおずといった感じに兵士が切り出した。


「そ、その……。撤退と物資の焼却の時間稼ぎのため、ホワイト殿には騎士サエッタの抑えに回っていただきたく……」


「はあ!? 俺は司令部からこいつの監督を任されてんだぞ! お前らが危険だって言うからやりたくもねえのによ! 絶対に俺の近くからは動かさんからな!」


 ホワイトを敵の騎士に差し向けろと言われ、キミヒコは激昂する。


 ホワイトから目を離すなという指示でこんなことに巻き込まれているのに、今度はホワイトを敵の場所に向かわせろという。だったら最初から、自分を連れてくるんじゃないというのがキミヒコの言い分だ。


「し、しかし……こちらに騎士がいない以上、対抗できそうなのはあなたの自動人形だけです」


「敵の騎士が来てんなら、なおさらだろうが! 戦況が落ち着くまでホワイトは行かせんぞ!」


 あくまで自身の身の安全が優先で、クライアントの要請を突っぱねる。


 この状況で、ホワイトなしでまた騎士の攻撃を受ければ、確実に死ぬ。ホワイトを自身の周囲から遠ざけることなど絶対に許容できない。キミヒコはそう思っていた。


「ですが、騎士サエッタはいったん退いたように見えますが、一撃離脱戦法で先程のような遠距離攻撃を繰り返す可能性もあります。そうなれば、あなたとて……!」


 兵士は理詰めでの説得を図ってきた。


 確かにその理屈はもっともで、もしそのような戦法にでられれば、キミヒコの傍を離れられないホワイトは一方的に攻撃されてしまう。そんなことになれば、キミヒコも無事では済まない。

 逃げるにしても、敵の騎兵の足は速い。キミヒコというお荷物を抱えていては、捕捉される可能性は大いにある。


「ぐっ……! 仕方ない。ホワイト、行ってくれ」


 兵士の理屈に反論の材料が見つからず、しぶしぶホワイトに指示を出す。


「行けと言うなら行ってきますが、具体的になにをしてくればよろしいので?」


「なめた真似をしてくれた、サエッタとかいうあの女騎士を殺してこい!」


「畏まりました」

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