#4 ひまわり畑で捕まえて

「確かに、あの村長のもののようだな……」


 王弟派の支配下にあるとある町で、キミヒコは紹介状を使って王弟派の兵士と会っていた。


「しかし、自動人形か。制御下には置いているようだが……」


「仰りたいことはわかります。ですが、こいつは特別な自動人形です。必ずや、王弟派の方々のお役に立ってみせましょう」


 キミヒコがホワイトの実力を売り込む。


 自動人形であるというだけでは、アピールポイントとしては弱い。キミヒコはそう思っていたし、目の前の兵士の反応も芳しくはなかった。

 自動人形は通常であれば人間に使役できる魔獣ではないため、キミヒコに付き従うホワイトはそれだけで物珍しい存在ではある。だが、戦争に求められるのは物珍しさではない。

 とはいえ、ホワイトの実力は見るものが見ればすぐにわかる。それこそ、必要以上にわかってしまう。残念ながらこの兵士はそうではなかったため、なんとか次へ繋げなくてはならない。


「……あいわかった。徴募の担当者に伝えておこう。面談などの日程が決まれば、追って通達があるだろう」


「ありがとうございます。……差し出がましいことをお聞きしますが、面接は正規兵の方でしょうか?」


 正規兵とは、魔力の扱いに通じる常備兵を指す。目の前の兵士も職業軍人ではあるのだから正規兵と言ってもよさそうなものだが、この世界では魔力の扱いに長けていることが正規兵の条件となるらしい。


 魔力が扱えれば、ホワイトのことは理解できる。危険な存在とも思われるだろうが、この戦時下に無下な扱いをするほどの余裕は王弟派にもないはず。


 そういった理由で、キミヒコはどうにか正規兵との面談まで漕ぎ着けたいと考えていた。


「それは、私には判断がつかないことだ。……ただ、通常こういった面接には魔力の使い手が同席するのが常だ。その人形の実力はしっかりと見てくれるだろうから、心配するな」


 キミヒコは兵士の言葉に胸を撫で下ろした。とりあえずは門前払いにはならなかった。あとは面談で変なことにならなければ大丈夫だろう。


「それと、老婆心で言っておくが、我々を王弟派と呼ぶのは正確ではない」


「……と言いますと?」


「王位継承は問題なく行われた。現国王がアルフォンソ陛下であるのは疑いのない事実だ。我々は正規軍であるし、ヘンリエッタ王女を首魁とする軍勢は反乱軍だ。そこを覚えておけ」


 兵士の言い方は高圧的ではあるが、アドバイスは真摯なものだった。


 確かに、王弟派からすれば王女派は正当性もなにもない反乱軍そのものだろう。せっかく面接まで漕ぎ着けたのに、変な部分でいちゃもんをつけられてはたまらない。


「……なるほど。言われれば、よくわかるお話です。ご忠告いただき、感謝します」


 キミヒコは素直に礼を言う。


 その後は事務的な話をしながら、考える。どうしてか、この兵士はキミヒコに対して親切であるように感じられた。その理由はなにか。

 あの村の食料を徴発したことを気に病んでいるのか、自分が通した徴募希望者が変なことを言って自身に累が及ぶのを恐れてか。あれこれ考えるが、わからない。そうこうしている間に、話は終わった。



「……さっきの兵、どうだった?」


 軍の駐屯所から宿へ戻る道すがら、傍を歩くホワイトにキミヒコが問いかける。


「魔力操作については、ほぼ素人ですね。まったくの不得手ではないでしょうが」


「ふうむ……。後方勤務が主体の武官なのかな……」


 軍隊というものは、戦場で剣を振るう人間だけで構成されているわけではない。先程の男も槍働きよりも後方での働きを主体とする兵士なのかもしれない。


「なにか、気になることでも?」


「いや、さっきのやつ、ずいぶんと親切だなと思ってな」


「……そうでしたか?」


「お前の実力に懐疑的なのは仕方ないんだが、その割にはすんなりと面接の段取りを組んでくれたし、面接でのアドバイスも軽くしてくれたしな」


 先程の兵士の態度について、キミヒコはまだ疑問に思っていた。別に困った話ではないのだが、こういったことが気になる性分だった。


「気にしすぎでは? 老婆心だとあの兵は言っていたではないですか」


「……そうかな」 


「人の善意を素直に受けとることができないとは、貴方らしいことです。人間不信というやつですね」


「……お前にそんなことを諭されるとはな。まあ実際、そうかもしれん」


 ホワイトに人間関係で苦言を言われるとは、夢にも思わないことだった。もっとも、ホワイト自身は人間不信を悪いことだとは思ってはいないだろうが。


 二人で道を歩いていると、ふとキミヒコの目に映るものがあった。ヒマワリ畑である。


 この辺りはヒマワリが特産品らしく、ヒマワリ畑がそこかしこにあった。

 このアマルテアという地方においても、季節は春夏秋冬で、今は夏の終わり頃。あと少しで、ヒマワリの花が咲き終わるような時期だ。


「……ヒマワリか。おい、ちょっと寄り道しようぜ」


 軍から面接の日程が来るまで、キミヒコは暇をどう潰そうか考えていた。今日は天気もいいし、ヒマワリを見ながら散策するのも悪くない。


「いいですけど、さっきの話の通達が行き違いになったら問題になりません?」


「お、そうだな。まあそんなに早く通達は来ないと思うが、念のため宿にひとこと言っておくか」


 そう言って、まずは宿泊中の宿へと向かう。受付にチップを渡し、もし軍の人間が来たら自分たちを呼ぶように言い含める。

 後顧の憂いのなくなったキミヒコは、ホワイトを連れたち意気揚々と散策へと出かけた。


 目的の場所に着くと、黄色い花を太陽に向けたヒマワリたちがキミヒコとホワイトを出迎えた。夏らしい日差しが照りつけているが、空気はカラッとしていてあまり暑さを感じさせない。


「おお、いい眺めだな。異世界でも夏はヒマワリの季節なんだな……」


 確か、ヒマワリの原産地は北米だったか。そんなことをキミヒコは思い返す。

 そんなヒマワリが日本を含む世界各国の夏で花を咲かせ、この異世界の地でもその太陽のような花弁で夏を彩っている。その変わらぬありようが、目の前のヒマワリ畑の光景をより情趣のあるものに感じさせた。


「ヒマワリ、好きなんですか?」


「んー、どうだろう。ただ、なんとなくな……。そうだ。ホワイト、ちょっとそこに立ってみてくれ」


 思いついたことがあって、キミヒコはホワイトに指示を出す。


「ここでいいですか?」


「いいぞ。……うんうん、いい絵面だ。似合ってるな」


「はあ。似合ってる、ですか……」


 ヒマワリと白いワンピース姿の女性。映画のワンシーンにでもありそうな、なかなか映える組み合わせだとキミヒコは思っていた。

 ホワイトの服はゴシックドレス調で、キミヒコのイメージする夏に着るようなワンピースとは違っていた。だが、ホワイトの人間離れした美しい容貌とその白い装いは、ヒマワリ畑によく合っていた。カメラがあれば、写真に収めていたことだろう。


 そんな具合にしばらく、ヒマワリ畑を散策しながらホワイトと喋ったり、葉巻で一服したりしていたキミヒコだったが、少々歩き疲れたため、木陰で休憩することにした。

 木の幹を背に、ぼんやりと佇んでいると、睡魔が襲ってくる。


「なんか、眠くなってきたな……。昼寝するから、軍とか宿の人間が来たら起こしてくれ……」


「昼寝なら、宿のベッドの方がこんな地面よりいい気がしますが」


「……風情の問題だよ。こういうのがいいんだよ、こういうのが」


 屋外で穏やかな風を感じながら眠ることがキミヒコは好きだった。

 この心地よさは、この眠らずの人形にはわからないんだろうな。そんなふうなことを考えているうちに、キミヒコの意識は闇へと沈んでいった。



「貴方……貴方! もういい加減に起きてください。風邪をひきますよ!」


 ホワイトに揺すられて、キミヒコは目を覚ました。


 眠りに入ってから、結構な時間がたっていたらしく、目の前のヒマワリ畑は夕日を浴びて赤く染まっている。


 ちょっと寝すぎたかな……。


 そう考えて、ホワイトに起こしてくれた礼を言おうとして気が付く。ホワイトのその手に、一本のヒマワリが握られていた。


「……そのヒマワリ、どうしたんだ? まさか勝手に取ってないだろうな。怒られるぞ」


「違いますよ。ここの農家らしき人間に押し付けられました」


「なんだ、プレゼントか。……本当に農家の人か? なんて言っていた?」


 こと対人関係において、この人形の言うことはあてにはならない。下手をすると、殺して奪ったとかそんな可能性すらある。

 そう危惧して、キミヒコは詳しい状況を尋ねた。


「ええと、ですね……」


 いったん、間を置いてからホワイトが口を開く。


『嬢ちゃん、かわいいね』


「は……?」


 ホワイトの口から出たのは、いつもの凛とした少女の声ではなく、ヤボったいような中年男性の声だった。


 あまりの衝撃に、キミヒコの口から変な声が出る。


『この辺じゃ見ないけど、そっちのお昼寝中の兄さんと旅でもしてんのかい? この戦争中に物好きだねえ。ここのヒマワリ、見事なもんだろ。存分に見てってくれよな。花が咲くのもあとちょっとの間だからよ。まあその前に、軍にほとんど持ってかれちまうんだけどな……』


 ホワイトが中年の男の声を続ける。その容貌とのギャップに、キミヒコは唖然としたままだ。


『お、そうだ! 嬢ちゃん一本プレゼントするよ。どうせ軍に持ってかれるよりは、嬢ちゃんに貰ってもらう方がヒマワリにもいいってもんだ。ほらほら、どうぞ!』


 とりあえず、ヒマワリをホワイトが手にした経緯をキミヒコは理解した。もっとも、それよりも気になる事柄ができてしまっていたが。


「……とまあ、こんな感じです」


「声真似……か? お前にこんな特技があったとはな……」


「声真似というより、記憶した声紋パターンをそのまま再現した感じですかね」


 こともなげに、そんなことをホワイトは言った。


 そういえば、こいつは糸を使っての音声通信が得意技だったな。音に関する事象はお手の物ってことか……。


 キミヒコは深く考えずに、そう納得することにした。


「それにしても、軍はヒマワリまで徴発してんのかよ……。いや、種が食料になるんだったか……?」


 ホワイトの声真似も珍妙で衝撃的だったが、ヒマワリまでもが軍の徴発対象だったことにもキミヒコは驚いていた。少しでも糧秣になり得るものは根こそぎということだろうか。


 ヒマワリの種を食料にする国もあるとは知っていたが、日本育ちのキミヒコには馴染みがない。ハムスターの餌くらいの認識だった。


「……これ、食べられるんですか? 貴方、食べてみますか? 最近、ろくなものを食べていないでしょう」


 最近のキミヒコの食事事情を心配してか、ホワイトがそんなことを言う。


「いや、いいよ……。ハムスターじゃあるまいし……」


「はむすたあ?」


 先程の精密な声真似とは打って変わって、どこか愛嬌のあるホワイトのオウム返しがおかしくて、キミヒコは笑う。


「ふふ……。ハムスター、な。ヒマワリの種なんて、そいつが食べるくらいのものさ。……さて、帰るか」


 そう言って立ち上がる。

 夕日を背に、二人は帰路へとついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る