#3 ルート選択

 翌朝、キミヒコは村長の家のベッドで目を覚ました。小さな村とはいえ、村長の家なだけはあって、それなりの寝心地のベッドだった。


「おはようございます、貴方。よく眠れましたか?」


「ん、おはよう。ホワイト」


 抱き合うようにして同衾していたホワイトに、朝の挨拶を返す。毛布から顔を出してこちらを見つめるホワイトのその白い髪を、キミヒコは何気なく弄ぶ。心地よい手触りの髪が、朝の日差しを浴びてキラキラと輝いている。


 ひとしきりホワイトの髪の感触を楽しんだあとに、ベッドから起き上がり軽く伸びをしてから、朝の身だしなみを整える。そんなキミヒコの様子を、ホワイトはベッドに腰掛けてぼんやりと眺めている。

 ホワイトはキミヒコとベッドに入っている間も普段のドレス姿なので、着替えなどの準備は必要がない。着ているドレスも、自前の修復機能が働きシワひとつない。


 便利で羨ましいな、などと考えている間に、キミヒコは着替えを済ませた。


「……俺が寝ている間、問題はなかったか?」


「ないですね」


「ん、そうか」


 それだけ言葉を交わして、キミヒコとホワイトは寝室をあとにした。

 リビングへ移動すると、そこには青い顔をした村長とその家族がいた。


「おはよう村長さん。いい朝ですね」


「……そ、そうです、ね。キミヒコさん」


 キミヒコの挨拶に、歯切れ悪く返事をする村長。


「飯は?」


「すぐにご用意します……」


 キミヒコの要求に対して、村長一家は即座に食事の準備に取り掛かる。


 ホワイトを傍に控えさせて、テーブルで待っていると、すぐさま朝食が出てきた。昨晩の夕食よりはまともではあるが、それでも貧相な食事だった。キミヒコは無言でそれを見てから、ホワイトに目配せをする。


「毒物の混入はありません。食べても大丈夫です」


「ん。じゃあ、もらうとするか」


 ホワイトの魔力糸による感知能力で、食事の検分をしてから食べ始める。


 もともと期待はしていなかったが、味も見た目のとおりの貧相な食事だった。とはいえ、キミヒコもこの村の食糧事情は理解しているため、これ以上の無茶な要求をする気はなかった。


「……ごちそうさま」


 食事を終えると、村長の家族は無言でたどたどしく片付けを始める。


「おい村長」


「ひっ。な、なんでしょうか……?」


 キミヒコが所在なさげにしている村長に声をかけると、村長は露骨に顔色を悪くする。その様子がおかしくて、キミヒコは軽く笑う。


「そう怯えるなよ。昨晩、許してやるって言ったろ? それに悪い話じゃない。今日の昼にはもうここを出ていくから」


「そ、そうでしたか……」


「それで、だ。ここを出る前に、村長に頼みたいことがある」


 キミヒコたちがここを出ると聞いて、ほっとした様子の村長だったが、頼み事があると言うキミヒコにまた緊張した面持ちになる。


「ここの徴発に来た、王弟派の軍の担当者はわかるな? そいつ宛に紹介状を一筆頼みたい」


「紹介状、ですか?」


「ああ。傭兵として雇ってもらえるようにな。王女派は常に徴募しているらしいが、王弟派はそうでもないらしいからな」


 キミヒコは自分たちを苦境に陥れた王弟派に与すると言う。脅されているとはいえ、その手伝いをするということに村長はなんとも言えない顔をする。


「そんな顔するなよ。別に、軍の連中にお前らが盗賊やってるなんてチクらないさ。……俺の言ってること、わかるよな?」


「ええ、もちろん。わかっていますとも。……早速、用意して参ります」


 小さな村とはいえ、その長をしているこの男はキミヒコの話のメリットを正確に理解したらしい。安堵した様子でリビングを出ていった。


 キミヒコが村長の書いた紹介状をあてにするということは、この村の盗賊行為を告発しないということだ。犯罪者の書いた紹介状では、その効力を発揮できない。


 村長が出ていき、その他の人間も食事の後片付けをして出ていったため、リビングにはキミヒコとホワイトがいるだけになる。

 葉巻に火をつけて、食後の一服を楽しむキミヒコに、ホワイトが声をかけた。


「あれこれ考えていたらしいですが、王弟派に与すると決めたのですね」


「ああ。……王弟派は騎士の数において劣勢だ。敵の騎士ともやりあう可能性があるから、頼りにしているぞ」


「任されました。……しかし、意外ですね。貴方は常に強い方に付くと思っていました。王弟派は騎士の数で負けているんですよね?」


 ホワイトが疑問を口にする。この国に入ってから、強い方に付きたいとか勝ち組に付きたいといったことを、キミヒコは散々口にしていた。


「ああそうだ。だが、騎士の数で劣勢なのは、俺たちにとっちゃプラスポイントだ。こんな小国の田舎騎士ごときはお前の敵じゃない。そうだろ?」


「まあ、問題ないでしょうね」


「なら、騎士級の個人戦力をよりありがたがるのは王弟派だ。待遇はそっちの方がいいだろうよ」


 キミヒコは自身が考える王弟派に与するメリットを説明した。


「しかし、騎士の頭数は問題ないにしても、都市を落とされたりしているらしいですけど。その辺は大丈夫なので?」


 ホワイトの言うとおりで、王弟派の旗色は悪いというのが民衆の間では定説だった。この村以外でも、国内国外を問わずいろいろな場所で聞き込みを行なっていたキミヒコも、当然それは把握している。


「そこはなんとも言えん。民衆が好き勝手言ってるだけだし、緒戦が優勢でもあとから逆転なんてのはよくある話だ」


「ふむ……。では、どっちが勝つかは予想がつかないから、待遇だけで選んだということですか」


 ホワイトの言葉に、キミヒコは首を横に振る。


「……この村以外でもそうだったらしいが、王弟派の戦時徴発は秩序立っている。兵士たちは略奪も強姦もしていない。食料は奪ったようなもんだがな」


「それがどうかしましたか?」


「軍組織としての規律は保たれている。そういう話だ。逆に王女派はその辺がどうもよく見えない」


 キミヒコの言うところの意味が理解できないらしく、ホワイトが小首をかしげる。


「……戦争をやるには物資の確保が絶対必要だ。だが、王女派がどうやってそれの都合をつけているのかがわからん。開戦当初、でかい都市は王弟派が押さえていた。当然、糧秣庫に武器庫もな。都市はいくつか奪えたらしいが、それらをそっくりそのまま奪えたかは微妙なところだ」


 そこでひと息ついて、キミヒコは葉巻をふかす。ふっと吐き出された煙が、宙を舞う。


「最初は王弟派を装って自作自演で略奪でもしてんじゃないかとも思ったが、そういう雰囲気はない。それに、連合王国からの支援もなさそうだ。もしかしたら、軍の統制がうまく利いていなくて徴発しようとすると略奪になっちまうからやってないとか、快進撃の裏では兵站事情が火の車になっているとか、そういう可能性もある」


「……」


 キミヒコの講釈をホワイトは黙って聞いている。伝えたいことを本当に理解しているのか、キミヒコは不安になった。


「……要するに、王女派は信用ならん。そういうこと」


 乱暴にまとめて、キミヒコは話を締めくくった。


「何々かも、とか。可能性がある、とか。推測に推測を重ねている感じですが、貴方の見立ては確かなんですか?」


「正直わからん。ま、ヤバくなったら逃げればいいんだよ」


 いろいろな理屈をこねまわしてはみたが、結局はそうなった。戦局の行方など、誰にも正確なことはわからないのだ。ある程度の理さえあれば、あとは出たとこ勝負だとキミヒコは考えていた。


「なるほど……。いざとなれば裏切ればいいということですね」


「いや、この手の商売は信用命だ。最悪、契約を切って逃げるのまではいいが、寝返りは避けたいな。寝返った先でもろくな目には合わんだろう」


「……いろいろ難しいです。まあ、この戦争で私にできるのは、敵を殺すことくらいですからね。難しいことを考えるのは貴方に任せます」


 ホワイトの口振りに、キミヒコは若干の不安を覚える。だが、ホワイトのことは自分がコントロールしてやれば問題ないはずだと、嫌な予感を振り払った。


 ふと、手元に目をやると、葉巻がずいぶんと短くなっているのに気が付いた。


「あ、クッソ、もったいねえ……。葉巻のストック、もう少ないんだよなあ……」


「このところ、葉巻ばかり吸いすぎですよ。酒も女もやめたんですか?」


「この戦時下の、治安最悪なところで酔っ払う度胸はねえんだよ。娼館もまともな高級店はやってないし……」


 こんな危険地帯で酩酊は避けたい。その程度の理性はキミヒコにもあった。実際、未遂にはなったが、追い剥ぎにあったばかりである。


「酒はそれでいいですけど、女だったら、この村の娘を犯せばいいじゃないですか」


 ホワイトがとんでもないことをのたまう。相変わらず、この人形には人間の倫理が通用しないらしい。


「……肉付きが悪くてガリガリだし、無理やりってのは趣味じゃない」


「見た目はそうなのでしょうけど、無理やりが駄目? 金で買うのとの違いがわからないんですが……。まったく……贅沢ですね、貴方は」


 贅沢とかそんな問題じゃないだろ。そう言おうとして、やめた。ホワイトにはこういうことを諭しても無意味だ。キミヒコはそれを骨身にしみていた。


 深くため息をついて、キミヒコはホワイトをその胸に抱き寄せる。抵抗もなく腕の中に収まったホワイトの頭を、なにも言わずに、ただ撫でた。

 ホワイトもまた、その金色の瞳をキミヒコに向けたまま、なにも言わなかった。

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