#2 脅迫

 キミヒコの周囲には、ついさっきまでは村人たちだった死体が転がっている。皆一様に首をはねられ、胸元を抉られていた。


 下手人は傍に控えるホワイトだ。月明かりに照らされたその体は、血で赤く染まっている。


「ゆ、許してくれ……。仕方が、仕方がなかったんだよ。生きていくためには……」


「そうだな。仕方がないよな。生きていくためだもの。俺たちが身包み剥がされて殺されるのも仕方がないし、お前らが返り討ちでぶっ殺されるのも仕方がないよなー」


 生き残った村人、キミヒコたちを泊めた家の家主が土下座をするようにして地面に蹲り、キミヒコたちに許しを乞う。


 戦争のための徴発で生活できなくなり、盗賊に身を落とす。ありがちな話だった。キミヒコたちが訪れた村は村人全員が盗賊と化していた。

 もてなすふりをして、隙を見て殺して身包みを剥ぐ。シンプルだが有効な手口で、キミヒコたちもその犠牲になるはずだった。

 だが、そうはならなかった。村人たちの不幸は、ホワイトの存在とその危険性を見抜ける人間がいなかったことだ。


「許してくれ……許して……」


「おいおいおいおい。許してくれってなんなんだよ。仕方がない、だろ? 俺たちを騙し討ちで殺そうとしたんだから、殺されたって文句は言えねえよなあ?」


「た、頼む……娘がいるんだ。まだ、小さいんだ。俺がいてやらないと……」


「なあなあなあなあ。お前らが今まで殺した連中だって、娘だ息子だ妻だ夫だ恋人だなんてのがいたんじゃねえの? なのに、自分は娘がいるから見逃してくれって……調子がいいよなあ」


 キミヒコの辛辣な言い草に、家主の男は言葉を失い身を震わせる。静寂な月夜に、しゃくりあげるような嗚咽が響き渡った。


「でもまあ……貧相だったが食事はもらったし、このままきちんと一晩泊めてくれるのなら、俺たちを殺そうとしたのを忘れてやってもいい」


 もったいぶって恩着せがましく、キミヒコが言った。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 高圧的な物言いではあったが、必死に命乞いをする身からすれば、一筋の光明が差し込まれたようなものだったらしい。涙と鼻水でベチャベチャになった顔をあげて、感謝の言葉を繰り返す。


「ああ、それと、いろいろと聞きたいことがあったんだ」


 感謝の言葉など意にも介さずに、キミヒコが言う。


「王弟派がここに物資の徴発に来たらしいな。内容を教えろ。いつ、何人で来て、なにをどれくらい持っていったのか、正確にな。……他にも何人かに確認する。嘘だったり、いい加減な情報だったら、やっぱり殺す」


 殺すという単語に反応して、家主の肩がビクリと震えた。


「そ、村長に確認しないと……」


「今はテメーに聞いてるんだよ。それとも、気が変わって死にたくなったか?」


 おそらく、正確な情報を話すには村長に確認しながらの方がいいという意味だろうことは、キミヒコもわかってはいた。だが、嘘をつくために口裏を合わせられる可能性もある。


 どうせ裏を取るために、村長にはあとで口を割らせる予定なのだ。この男には、今この場で喋らせる。そのために脅しつけた。


 キミヒコの脅しの効果はてきめんで、家主の男はたどたどしくも知っていることを話し始めた。


「……食料だけか? 労役とか、女を犯したりとか、金品を奪ったりとか、そういうのはなかったのか?」


 ひととおり聞き終わると、キミヒコが確認のために質問を重ねた。


「は、はい……。食料を根こそぎ持っていかれて、明日の食事にも困る有様でして……」


「お前らの明日の台所事情なんて聞いてねえよ。聞かれたことだけ答えろ。……ハンターが戦争に駆り出されたってさっき言ってなかったか? ハンターはどこに行った?」


「……ハンターの方は、徴発が来るまでもなく、王女派の徴募に自ら応じて行ってしまいました……」


「ふうん……。まあ、この国のハンターギルドはもうほとんど機能していないらしいからな。ボランティアでこんな辺鄙な村にいるよりは、戦場で一旗揚げに行ったってわけね」


 身も蓋もない言われように、家主の男はがっくりと肩を落とした。


「……貴方。終わりましたか?」


 あらかた聞きたいことを聞き終えて、今度は村長宅へお邪魔しようかとキミヒコが考えていると、ホワイトが声をかけてきた。いつの間にか、返り血で赤く染まっていたその体は、染みひとつない白いものに戻っている。


「ああ。必要なことは聞き終えたよ」


「じゃあ、殺しましょう」


 人形が平坦な声で、そんなことを言う。


 あんまりな発言に、家主の男の目が見開かれ人形を凝視する。一拍間をあけて、今度は縋るようにキミヒコに視線を向けてきた。


「いや待てこら。今までの流れでなんでそうなる。聞くこと聞いたんだから、もういいよ」


「……? 用済みなら始末すればいいのでは?」


「えぇ……」


 相棒のいつもどおりの過激な発言に、キミヒコは呆れる。

 相変わらず、この人形にとっては人の命などその辺の虫けらと同等らしかった。


「はっ……はっ……。た、助け……」


 家主の男が過呼吸気味にキミヒコに助けを求める。


「わかったわかった。助けてやるから、息を落ち着けろよ。このあとは村長のところまで案内してもらうからな」


「なるほど。案内させてから殺す、と」


「ちげーよ。ちょっともう、黙ってろ」


 ホワイトを黙らせてから、家主の男が呼吸を落ち着けるまで、しばらくの時間を要した。

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