#1 戦争の惨禍

 トムリア・ゾロア連合王国の東の大河。そこを越えた先には、多くの小国家が乱立する混沌の大地が広がっている。


 新たなる国家が生まれ、育ち、滅び、そしてまた生まれる。延々とそれを繰り返すこの地域に存在する国家の一つ、ブルッケン王国。この王国もまた、混迷の最中にあった。内戦である。


 内戦の発端はありふれたもので、この国を支配する王家のお家騒動であった。前王が後継者を指名する前に病に倒れ、王弟が王位を継いだ。だがそれを陰謀による簒奪だとして、反対する勢力はまだ年若い前王の娘を擁立。国を二つに割っての内戦となった。

 これだけであったなら、この王国は内戦の隙を周辺国に突かれて簡単に滅亡していただろう。だがこの内戦はさらに大きな存在を巻きこんで、周辺国が手を出せない状況にあった。


 西のトムリア・ゾロア連合王国と東のシュバーデン帝国。この二つの対立する列強が、それぞれの陣営に肩入れを行なったのだ。連合王国は王女の、帝国は王弟の正統性を支持した。


 列強の国力は桁違いであり、この地域の国家全てを束ねたとしても、勝負にすらならない。あくまで支持を表明しただけで物資供給等は行なっていないが、周辺国はこの二つの列強に睨まれるのを嫌って静観に徹していた。


 そんな混沌とした戦時下の王国のとある村。そこに一人の男と彼に付き従う自動人形の姿があった。キミヒコとホワイトだ。


「いや、悪いですね。村も苦しいでしょうに……」


「いえいえ。旅人をもてなすのがこの村の決まりでしてね。遠慮は無用ですよ」


 キミヒコたちはもてなしを受けていた。

 もてなし、といっても戦時下の田舎村の歓待であるから、大層なものではない。ボソボソのパンにほぼほぼ水みたいなスープが二人分。それが、この村の精一杯だった。

 キミヒコもそれをわかっているから、贅沢は言わない。一晩泊めてもらえるだけで十分だった。


 今は一晩泊めてくれる家の主人とホワイトとでの夕食の時間だ。


 家具や部屋の数を見る限り、他にも家族がいそうなものだが、今はこの家には目の前の家主しかいない。キミヒコはそれに対して思うところがあったが、それを口にすることはなかった。


「しかし、この戦時下にわざわざこの国に来るなんて……。いったいどういうわけなんです?」


 なぜこんな時期に外から来たのか。当然の疑問を口にする家主。


「いえね。ちょっと仕事を探しに来たんですよ。探しに、というよりは今は下調べかな」


「下調べ、ですか……。やはり戦争のお仕事で……?」


「まあ、そうだね。……やっぱり気に食わないかな?」


「い、いえ……そんなことは……」


 家主はそう言ったが、戦争を商売にすることに対して忌避感を抱いているのは明白だった。

 村の現状を見れば、キミヒコからしてもわかる話だ。


 聞けば、この村は王弟派の軍の戦時徴発で貧困に陥っているということらしい。こんな田舎の村からすれば、国のトップが王弟だろうが王女だろうが関係のない話で、こんな内戦は迷惑以外の何物でもない。


「あ、その……お嬢さん、すまないね。こんなものしか用意できなくて。でも、この先どこに行っても、食べるものなんてそうそうないから、食べておいたほうがいいよ」


 家主が取り繕うように言った。

 会話の流れを切りたくて言ったセリフだろうが、家主の言うことももっともだった。村が用意したなけなしの食事を、ホワイトは手をつけようともしない。そして、家主の声かけにも沈黙したままだ。


 まったく、しょうがないやつだな……。


 ホワイトの相変わらずの様子に、キミヒコは嘆息する。


「すみませんね。苦しいところを善意でよくしてもらっているのに、こいつはなんというか愛想が悪くて……。いつでもこの調子なんですよ」


「は、はあ……」


 キミヒコがとりなしている最中も、ホワイトは素知らぬ顔でぼんやりしている。

 ホワイトが食事に手をつけないのは当たり前だ。人形なのだからそもそも食事ができない。だが、キミヒコはホワイトの正体を伝える気はなかった。


「はあ、やれやれ……。こいつ、ちょっと体調がよくないみたいなんで、早めに休ませてもらっていいですか?」


 わざとらしく、ため息をついてキミヒコが言った。


「ああ、そうでしたか……。これは気が利かなくて申し訳ない。ではお嬢さん用の部屋を――」


「部屋は同室でいいです」


 ホワイトを部屋に案内しようと、椅子から立ち上がる家主の言葉を遮るようにしてキミヒコが言う。


「へ? 部屋は二つ用意してありますが……」


「いいんですって。……なあ?」


「ええ。構いませんよ」


 キミヒコに水を向けられて、初めてこの場でホワイトが声を発する。


 ホワイトの声に一瞬家主は目をしばたたかせたが、その目はすぐに同情とも憐憫ともいえるようなものとなる。


「あなたは……いや、わかりました。ではキミヒコさんも一緒にご案内します」


 ホワイトとの関係を邪推されたらしいが、キミヒコはどう思われようが気にしなかった。


「ええ、お願いします。それと、ご馳走様でした」



 同日深夜。キミヒコはホワイトと共に狭いベッドの中で横になっていた。今夜は満月で、月明かりが窓から部屋に差し込んでいる。


 睡眠を必要としないホワイトはともかく、キミヒコもまた眠らずにいた。ベッドが固いから眠れないわけではない。もっと差し迫った理由により、あえてキミヒコは眠らずにいた。


「……徴発に来た王弟派の軍の様子が知りたかったが、あんまり喋ってくれなかったな」


 ぽつりとキミヒコが呟いた。


「なぜでしょうか」


 キミヒコの腕の中のホワイトが問い返す。月明かりによってその美しい顔が照らし出されているが、怪しい輝きを放つ金色の瞳がどこか不穏な雰囲気を醸し出している。


「いやあ、多分、うしろ暗いところを察知されないようにってことだろ。とっくにバレてんだけどな。……様子はどうだ?」


「この建物の裏手に、七人集まってます。それぞれ農具を持っていますね」


 キミヒコの問いに、ホワイトはそう返した。

 ホワイトの発する魔力の糸が、この村中を覆っている。村の中でのことは、この人形に筒抜けだった。


「じゃあ、そろそろかな。……ここの家主は?」


「彼らと一緒にいますよ。……いえ、玄関に向かってます」


 ホワイトがそう言ってしばらくして、この家の玄関の扉が開く音がした。立て付けが悪いので、静まり返った深夜にギィという音がよく響いた。

 ドタドタと騒がしい足音がしたと思えば、今度はノックもせずにキミヒコたちの部屋の扉が開け放たれた。現れたのは、夕食を共にしたこの家の主人だ。


「キミヒコさん!」


「……どうかしましたか? こんな夜更けに」


「ま、魔獣です! 魔獣が出ました!」


 家主が血相を変えてそんなことを喚く。


「……魔獣? ハンターは?」


「戦争に駆り出されていませんよ! 村長の家に皆で集まってますのですぐに移動を!」


「……なるほど。案内を頼みます」 


 キミヒコはおとなしく従い、荷物をまとめて部屋を出た。早く早くと急かす家主に連れられていく。ホワイトもおとなしくそれに付き従った。

 そうして、家の玄関から出ると、数人の男たちがキミヒコたちを取り囲んだ。その手にはクワやらスキやらの農具が握られている。


「おやおや……。これはみなさん、お揃いで」


 特に動じた様子もなく、キミヒコが言った。


「悪いなあんた。いや、悪かないか。このクソみたいな戦争で金儲けしようってんだからよ」


「ああそうさ。こいつも結局、俺たちを食い物にしようとする連中の一味ってことさ」


「……そこのお嬢ちゃんは離れてな。どうせ、その性悪に捕まってんだろ?」


 口々に勝手なことを言う男たち。

 キミヒコたちを泊めてくれた家主も、いつの間にか男たちに加わっている。


「あなたも、最初からこういうつもりだった。そういうことですかね?」


「すまない。だがあんたが飯の種にしようとしている戦争で、俺たちはこうなったんだ。大方、死の商人かなにかなんだろう? 戦争を食い物にしようとしているあんたに、俺たちを非難することはできないはずだ」


 やってることはただの追い剥ぎなのに、自分たちの境遇を言い訳にしたり、相手が悪党だと勝手に決めつけることで、自己正当化を行う。キミヒコには、それがより一層醜悪なもののように感じられた。


「あー、やだやだ。貧すれば鈍するってやつだね」


 心底うんざりしたようにキミヒコは吐き捨てる。


「お前に、俺たちのなにがわかるっ!」


「わかるわけねーだろ。お前らの身の上なんて、こっちは興味ないんだよ」


 キミヒコの発言に男たちがいきりたつ。今にも飛びかかってきそうな雰囲気だ。

 そうした状況の中、ホワイトが一歩前に出る。


「殺していいですか?」


「別にいいよ。あ、でも一人……そうだな、この家の主人は生かしておけ」


「畏まりました」


 人形の瞳が月光を反射して、怪しく光った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る