ep.2 野心と欲望のウォーゲーマー
#0 プロローグ
とある国の国境沿いの宿場町。
その町の酒場は現在、いつにない賑わいをみせていた。客は皆一様に武器を持ち、どこか剣呑な雰囲気を纏っている。
店が繁盛しているのはいいのだが、この状況に店主は辟易としていた。
やれやれ、隣国で内戦が始まってからずっとこの調子だ……。
ため息をつきながら、店主は内心でぼやく。
この酒場の客のそのほとんどは、隣国の戦争目当ての傭兵たちだった。ハンター崩れや兵隊崩れはまだいい方で、ひどいのになると盗賊そのものみたいな輩までいる。
客層がそんな有様であるから、当然この酒場の治安は悪くなる。つい先日も、客同士の喧嘩で血の雨が降った。店主としては、今日はそうならないことを願うばかりだ。
そんな酒場の扉が開き、新たな客が入ってくる。男と少女の二人組だ。
妙な二人組だった。
黒髪の男の方はいたって普通の旅装束。顔立ちは悪くないが、目の下にうっすらと隈ができており、どことなく不健康そうな感じがする。あまり、戦えるような雰囲気ではない。この傭兵だらけの空間では浮いている。
少女の方はさらにおかしい。服も白ければ髪も肌も白い。白づくしの格好の中で金色の瞳が、ゾッとするような怪しい輝きを放っている。店主が見たこともないような美貌だが、この物々しい雰囲気の店内では場違いな印象だ。当然、彼女も戦えるようには見えない。見えないのだが……。
「お、おい……」
「ああ。出よう」
店がこんな状態になってから、店主はそれなりの目利きができるようになっていた。今逃げるように店を出ていったのは、それなりの実力者だ。他にもこいつはできる、と店主が感じていたような客は、入ってきた珍妙な二人組とは目を合わそうとしない。露骨に避けるものもいる。
逆に実力もなさそうな連中は、最初は嘲りの視線をこの二人組に向けていた。柄の悪い連中は美貌の少女を目当てに声をかけそうなものだったが、周囲の異様な空気を感じ取ったのか、好奇の視線を向けるだけでちょっかいをかけることはなかった。
二人組はそうした酒場の空気を気にした様子もなく、店主の前のカウンター席に腰を下ろす。
「……ご注文は?」
「ワインをくれ。銘柄はなんでもいいけど、赤ね」
男の方は赤ワインを注文したが、少女の方はなにも言わない。店主に目も合わせない。
「お嬢ちゃんは? 酒以外なら、葡萄ジュースくらいなら用意できるよ」
「……」
店主が少女に問いかけたが、少女は変わらず沈黙で答える。
「こいつには、なにもいらないよ」
代わりに答えたのは男の方だった。
こんな場所に小さな女の子を連れてきておいて、なにもいらないとはどういうことか。
少女を不憫に思った店主が、サービスでジュースでも出してあげようかなどと考えていると、男の方がなにかを差し出した。
「先に席代を渡しとく」
そう言って、店主の手に握らされたのは、席代というには多すぎる金額だった。こんな小さな酒場でなら豪遊できる額だ。
……やはり、普通じゃない。
店主は確信したが、特になにも言わずに注文の赤ワインを用意する。先程握らされた金には口止め料も入っているだろうことをわかっていたからだ。余計な詮索はするべきではない。その程度の気を利かせるには十分な額だった。あるいはなにか、知りたいことでもあるのなら、知っていることを教えるのもやぶさかではない。
「ずいぶんと、ものものしいねぇ」
しばらく静かに一人で飲んでいた男がつぶやいた。店主に向かって言ったであろうことは明白で、会話に乗ることとする。
「隣国の戦争でね。……あんたも働き口を探しにきたのかい?」
「まあ、そんな感じかな」
店主の問いに、男は肯定する。
目の前の二人組は戦働きができるようには見えないが、戦争というものは金も物も動く。リスクはあれど、大儲けのチャンスを掴もうとする山師のような商人はあとを絶たない。
この二人もそうしたたぐいの人間なのかもしれない。店主はそうあたりをつけた。
「それはそれは……。どっちにつくか、もう決めたのかい?」
どちらにつくか。隣国、ブルッケン王国は王弟と王女で覇権を争っている。商いをするにも、やるのであれば勝ち組を相手にしたいところだろう。
「それは考え中。……どうも、王女様の方が人気らしいがね」
「そうだな。王弟派はこのところ、いい話を聞かないよ。この間も都市を一つ落とされたらしい。騎士だって、王女派が四人で王弟派は二人だ」
「ほぉ……」
男の目が値踏みをするように細められる。
話題の選択は当たりだったらしい。店主はそのまま話を続けていく。
「民衆の人気もあるしね。こっちに逃げてきた連中の話じゃあ――」
自身の知っていることを語って聞かせる。
戦火を逃れてこの宿場町に来た人間は多いため、話のネタには困らなかった。
「王女派と違って、王弟派の徴発は容赦なしなんだと。自分たちの国だってのにひどい話さ……」
「そりゃあ、そうだろ。軍隊の通ったあとなんて、ぺんぺん草も生えないって聞くぞ。担ぐ神輿が王弟だろうが王女だろうが、そこは同じだろうよ」
王女の肩を持つ店主だったが、目の前の男はそれに懐疑的らしい。
わからない話ではない。軍隊は兵の腹を満たさなければ進めない。必然、通り道はひどいことになる。店主もそれは理解している。
「ところがどっこい、王女様は違うのさ。王弟と違って民草に優しいんだ。軍隊に略奪はさせないんだってよ」
「……結構なことだが、それでどうやって兵隊を養ってるんだい? 連合王国の支援か?」
王女派のバックには列強国であるトムリア・ゾロア連合王国がついているのは有名な話だった。
男もその辺のことは知っているらしく、王女派が略奪まがいのことをしないのはそのせいではないかと店主に問う。
「さあ……? でもまあ、現に戦況は押しているんだし、どうにか都合をつけてるんじゃないのかな」
「……連合王国からの物資供与があるとするなら、この辺を通ってもよさそうなもんだが、見たことあるか?」
「いや、それらしいのは見たことないが……」
「ふうん……そうかい……」
それだけ言って、男は葉巻に火をつけ煙をふかす。ワイングラスの中身はいつの間にか、空になっていた。
それきり黙って物思いにふける男の顔を、白い少女はずっと黙って見つめていた。
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