#14 暗夜の殺人人形

 時間は遡り、キミヒコが娼館から追い出されてからしばらくしてのこと。


 この日キミヒコの相手を務めた娼婦、カタリナは暗く静かな店内の階段を上っていた。


 娼館といえど朝まで頑張る客はそうそういないため、あたりは静寂に包まれている。また、魔力で稼働するマナランプ等の高級品は客も寝静まったこの時間に使うわけもなく、営業中は煌びやかな店内も今は暗闇に包まれていた。


 手にはキャンドルを持ち、足元もおぼつかない明かりの中、とぼとぼと階段を上がっていく。その足取りに、先程までのキミヒコを相手に喚いていたときのような元気はない。


 カタリナは部屋へ向かいながら、今日の出来事について思いを巡らした。


 自動人形を手に入れた方法について、一向に口を割らないキミヒコに業を煮やして強硬策に踏み切ったが、完全に失敗してしまった。押しに弱そうだと思ったので、店の連中が来るほど騒げば白状すると思ったのだが、あてが外れた。

 結局、目当ての話は聞き出せないまま、店の連中にはこっぴどく叱られ、解放されたのはそろそろ明け方という時間だ。


 キミヒコは店にとっては上客だ。金払いは悪くないし、娼婦にそれほどの無茶をさせない。娼婦たちからしても、キミヒコは毎日風呂にも入っているようで清潔だし顔も悪くないため、それなりに人気のある顧客だった。その人間性はさておいての話だが。


 そんな上客に無体を働いたのだから、店側の怒りももっともである。今日はこのまま寝室を使わせてもらえるだけありがたい話だ。


 噂の自動人形を手に入れることができれば……。


 カタリナの胸中にそんな思いが広がる。


 あの人形を手に入れる。そのための方法を聞き出すことができれば、自分の人生を変えることができる。こんな惨めな暮らしから抜け出すことができる。


――あの人形を手に入れる手伝いをしろ。そうすれば身請けして、使用人として雇ってやる。新しい、まっとうな人生を歩んでみたくはないか?


 あの男はカタリナにそう言った。この娼館はそれなりの高級店だ。あの男のような身分の人間も来ることはある。

 カタリナとて男の言葉を全面的に信用したわけではない。だが、今の自分がどうにも惨めで許せなかった。


 どうしてこんなことに。部屋への廊下を歩きながらカタリナは思う。今日、キミヒコ相手に失敗したことではない。自分の人生はどうしてこんなことになってしまったのか。


 元々カタリナはゾロアート市近郊の農村の生まれだった。そこでは村一番の美人としてちやほやされたものだ。退屈な田舎だったが、今に比べればずっと幸福に暮らしていた。

 カタリナがここで働くのは村から身売りされたからだ。凶作で税が納められず、娘を身売りさせる。よくある話だ。この店の同僚で同じ境遇の娘は何人もいる。

 凶作、税、女に生まれたこの身。自分ではどうにもならない世の中の理屈で、家族から売られ、この場所で自分の体を売って、どうにか食いつなぐ。


 ……こんなところで終われない。ここで終わってなるものか。


 カタリナは自分に言い聞かせるようにして心を奮起させる。


 ――いざとなったら、これを使うといい。


 そう言って渡された小瓶を握りしめる。

 あの男曰く、相手の口を軽くする、ちょっとした薬とのことだ。だが、まっとうな薬でないことは確かで、カタリナはこれまで何度かチャンスはあったが、結局使うことはなかった。


 しかし、カタリナにはもうあとがない。今回の失敗で、キミヒコから指名されることはもうないだろう。店側も一度トラブルを起こしたカタリナに、あの上客を宛てがわないはずだ。 


 なんとかもう一回。もう一回だけでいい。今日のことでお詫びをしたいとか、なんとでも理由をつけて一晩相手をする。そうすれば、もう躊躇はしない。この薬を使って……。


 カタリナが暗い決意を固めている間に、目当ての部屋へ辿り着いた。今日、キミヒコの相手をした寝室である。

 本来、客と共に朝を迎えるはずの寝室は、相手を追い出してしまったために彼女一人で使うこととなった。


 カタリナが部屋の扉を開けると、フッと冷たい空気が通り抜けていき、手に持つキャンドルの火を消した。窓が開き風が吹き込んでいるようだ。この部屋を出る前、キミヒコと散々罵り合いをしたため覚えていないが、窓を閉め忘れただろうか。

 入り口の扉を閉めて、窓へ向かう。今夜は月がでていないため部屋は暗く、躓かないようにゆっくりと歩く。窓際までたどり着き、窓を閉めると同時、今まで雲に隠れていた月が顔を出した。

 部屋に月光が差し込み、室内の様子を照らし出す。誰もいないはずの寝室。そのベッドの上に腰掛ける人影が、カタリナの目に映った。


 小柄で、白い。そして、金色の瞳が月光を反射して不気味に輝いている。


 ヒュッと息を呑む音が、カタリナの喉を震わせた。さらに次の瞬間には絶叫を迸らせる予定であったはずのその喉は、今度はなにも発することはなかった。代わりに、なにかがひしゃげる音を立て、付近の窓ガラスを赤黒く汚した。


 その後もベチャリ、グチャリ、といった音が続き、しばらくして部屋に静寂が訪れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る