#15 クズ野郎、逮捕される
「建物の外に三十二人。中に入ってきたのは二人です。外の全員と内に入った二人のうち一人はゾロアート市衛兵の正式装備。入ってきたもう片方は、騎士のようですね。武装に魔核晶が練りこまれています」
ホワイトが無慈悲に状況を告げた。とんでもない悲報にキミヒコの額に脂汗が滲む。
こいつ、誰のせいでこんなことになってるのかわかってるのか……。
国家警備局だか都市衛兵隊だかわからないが、ゾロアート市の警察機構の動きはキミヒコの想像以上の素早さだった。逃亡の決断のその数分後、すでに武装した兵が宿の周りをうろついていた。
ホワイトが魔力糸で状況を把握してくれているが、どうすればいいのだろうとキミヒコは頭を抱えた。
「二人がこの階まで来たようですよ」
ホワイトが冷静に実況しているが、キミヒコはそれどころではない。
騎士までいるとか、本当にどうすればいいんだ……。
騎士は国家武力の象徴だ。高度な魔力操作技術に戦闘技術、そして国家予算をつぎ込んで作られた特注の武装。
それらの組み合わせによる戦闘能力は凄まじく、彼らはもはや人間兵器と言って過言はない。魔力を使うといえばハンターや正規兵もそうではあるが、騎士はもはやそれらとは次元の違う存在だ。
「殺しますか?」
そんな騎士がこちらに向かって来ているというのに、気にした様子もなくホワイトがそんなことを呟く。
「……できるのか? 騎士もいるんだろ」
殺害という手段をさも当然かのように提示するホワイトに、キミヒコは一瞬だけ躊躇する。だがその躊躇も本当に一瞬のことで、その反道徳的な手段がどれだけの確度で実行可能なのかをホワイトに問い返す。
「騎士は多少の手間がかかりますが、どうとでもなります。他は問題になりません。五分もあれば鏖殺可能です」
なんてことないかのようにホワイトが答える。
……全員殺してのこの場を脱することは可能、と。てかこいつ騎士より強いのかよ。
最悪の手段ではあるが、選択肢の一つとしてキミヒコは考慮に入れる。
しかし、追手を殺して逃亡なんてことをやってしまえば、この都市どころかこの連合王国を完全に敵に回すこととなる。
連合王国が抱える騎士は総勢百名以上。弱小国ではせいぜい四、五人であることを考えれば、アマルテアに跋扈する国家群のなかでは列強国といって差し支えない。
仮にこの場を逃げ出すことができたとして、国外まで逃げられるかどうか。そして国外まで逃げたとして、国際指名手配みたいなことをされたらどうなるか。もしそうなれば、もはやアマルテアに安息の地はなくなる。
連合王国も逃げただけならそこまではしないかもしれないが、騎士殺しまでやってしまえばどうなるかわからない。
もし仮にアマルテアにいられないとなれば、今度は西の山脈を越えてカリストの地に行くか、東の砂漠を超えてアドラステアの地に行くかとなる。
現在キミヒコたちのいる大陸では海路は使えない。外洋に出れば、超巨大な海洋魔獣がうじゃうじゃいるためだ。大陸の他の地方に行くためには、命がけで山脈か砂漠を越える必要がある。
「ドアの前まで来ましたよ。どうするんです?」
黙り込んで打開策を考えているキミヒコに、ホワイトが告げる。もう考える時間はそれほどないようだった。
クソッ、山脈越えや砂漠越えなんて冗談じゃない。……わざわざ相手は二人だけで来たんだ。交渉の余地はありそうな気がする。
極限の状況ではあるが、キミヒコは努めて冷静に思考を続ける。
即座に兵を三十人以上も集めてここを囲んだうえに、騎士まで連れてきたのは、ホワイトの戦闘能力を警戒してのことだろう。そうでなければ、たかが一人の娼婦が死んだくらいでこんな人数を集めるものか。それだけこちらの戦力を警戒しているのに、たった二人でここに乗り込んでくるのだから、それなりの理由があるはずだ。相手もこちらを刺激せずに、穏便に事を済ませたいと考えている。そうであると思いたい。
希望的観測に縋りつきたくなるキミヒコだったが、当然そうでない可能性にも思いあたっている。
二人で来たのは単に騎士の能力を過信しているだけという可能性もあるし、こちらの思いも寄らない相手側の都合ということもあり得る。
もはやこれ以上は考えても仕方がないとキミヒコが腹を括ると同時、コンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。
いったんはそれを無視して、キミヒコは最後の確認を行う。
「ホワイト。この部屋の中で突発的に戦闘になった場合、俺を守りつつ戦えるか?」
「殺していいなら容易です。先手を取れれば、なお確実です」
ホワイトの冷徹な返事に、キミヒコもまた冷酷に指示を出す。
「わかった。相手が不穏な動きを見せたら、遠慮はいらない。もしもの時は任せたぞ」
「畏まりました」
……これは、あくまで防衛的なことだ。相手が暴力に訴えるのであれば、それはもう、なにが起ころうとも俺は関知しない。俺は悪くない。
往生際が悪くも自己弁護の思考に耽ふけるキミヒコの耳にもう一度、ノックの音が響く。先程より強い音がする。
「どうぞ、鍵はかかってませんよ」
できるだけなんてことはないかのように装って、キミヒコはドアの向こうへ声をかけた。
ガチャリとドアが開き、二人の男が現れた。一人は精悍な体つきをしている黒髪の美丈夫。得物は剣。年頃は四十前後。
もう一人は、毛先がカールした金髪の太った男。これでよく階段を上がってこれたなとキミヒコが感心するほどの体格だった。腰から下げているのは鉄製の棍棒らしき物体。メイスという武器だろうか。年齢はよくわからないが、キミヒコより年下ではなさそうだった。
前者が騎士であろうが、後者はよくわからない。コネ就職の衛兵だろうかとあたりをつける。
「どちら様でしょうか」
とりあえずどこの誰なのか、キミヒコが問いかけると、騎士風の壮年の男が答えた。
「突然の訪問失礼する。私はアルフレート。ゾロアート市衛兵隊で隊長を務めている者だ。こちらは――」
「私は王立警備局所属、騎士ヴァレンタインと申す者です。お見知り置きを、人形遣い殿」
黒髪の男、アルフレートという男が最初に名乗り、その紹介を遮るようにして今度は金髪の太った男、騎士ヴァレンタインが自己紹介をした。
太った男の方が騎士だったとは、人は見かけによらないものだとキミヒコは内心で驚く。そして、もう一人の男が衛兵隊の隊長であることにもまた驚愕した。
衛兵隊隊長といえば、この都市における地方警察組織、その実働隊のトップといえる立場だ。普通であれば、もっと下っ端の人間が来てしかるべきだろう。
「これはこれは……。隊長殿に騎士殿でしたか。すでにご存知のようですが、私はキミヒコ。この都市のハンターギルドに所属しているものです。こちらは私の使役魔獣であるホワイトです」
内心の驚愕をおくびにも出さずに、キミヒコは平静な態度で自己紹介を行う。
紹介の折にチラリとホワイトの様子を窺うが、特に反応はない。どうやら二人がいきなり攻撃してくるようなことはなさそうだと安堵する。
「……それで、私にどのようなご用件でしょうか」
「単刀直入に言って、あなたに殺人の容疑がかかっている。詰所まで同道願いたい」
キミヒコの質問に対してアルフレートが本当に単刀直入に言う。
殺人容疑か……。まあそうだよな。
確かにこの雰囲気は、ちょっと怪しいところがあるから話を聞かせてもらおうなんて生優しい感じではない。犯人確保のために来た、という方がしっくりくる。
「……殺人? 私が? いったいどこの誰をです?」
内心で舌打ちしつつ、キミヒコはすっとぼけてみせる。
「カタリナという娼婦だ。殺される直前、あなたが彼女を買っていたことは店から確認を取ってある」
「……確かに昨晩、私は彼女を買いました。ですが、店を出るとき彼女は存命でしたよ。店もそれを把握しているはずですが」
だから関係ない。そういう態度を滲ませながらキミヒコは答える。冷静な態度と裏腹に、その心中は穏やかではない。
「それは承知している。だが、あなたは昨晩被害者とトラブルを起こしている。帰宅後にそこの人形を使って殺害を企てたのではないか?」
アルフレートがもっともらしい推論を述べた。
知るかボケ、俺はこの人形が勝手にやったことまでは把握してないんだよ。そう言ってやりたいのを抑えながらも、キミヒコは反論を試みる。
「それはあなたの想像に過ぎないのでは? 証拠はあるのでしょうか」
自分が犯人だという証拠はあるのか。そんなものないはずだ。
そんな考えでの反論だが、キミヒコは心臓がバクバクと鳴っているのが自分で聞こえるくらいに緊張していた。
……ホワイトは誰にも見られていないと言った。証拠なんて絶対ない。ないよな? 頼む……ないと言ってくれ……!
神頼みするような心持ちで、アルフレートの言葉を待つ。
「現時点で証拠はないな」
アルフレートが平坦な声で答える。
やったぜ大勝利! 証拠もなしにぞろぞろ引き連れてきやがって。おととい来やがれってんだ。
内心で快哉を叫ぶキミヒコ。
「何度も言うが、あなたには殺人容疑がかけられている。おとなしく詰所まで来ていただきたい」
だが、キミヒコの内心の喜びなど知ってか知らでか、アルフレートは無情にも来た当初と同様のことを告げる。
……ちょっと待って。この国ってもしかして、証拠もなしに逮捕とかできるのか。
表面上は冷静なままだが、先程までの喜びは消え失せ、アルフレートの変わらぬ態度に動揺するキミヒコ。
日本においても誤認逮捕などはあった。だがこれはさすがに不起訴になるだろう。被疑者に対して証拠はないと言い切っているのだ。もしやこれは自白の強要か。それともこの衛兵隊長が黒といえば白いものも黒くなるのだろうか。
「連合王国では、怪しいというだけで証拠もなしに拘留されることがあるのですか? ヴァレンタイン卿」
衛兵隊長はあてにならないと判断し、キミヒコは騎士ヴァレンタインに水を向けた。
それを受けて、今までアルフレートとキミヒコのやりとりを黙って聞いていたヴァレンタインが口を開く。
「貴公がここに来る以前、どこの国に居たのかは存じ上げない。だが、連合王国においてはこういった場合、現場の判断が優先されることもある」
騎士の返答にキミヒコは目眩がする思いだった。
現場の判断とはつまり、そこの衛兵隊長の判断ということか。
……なんて国だ。これは、もう、仕方がないかな……。
最終手段。ホワイトへ合図を送るべきか、キミヒコが本気で検討していると、ヴァレンタインからさらに言葉が続いた。
「だが、貴公が拘留されたとしても、不当な扱いはさせぬと約束する。確たる証拠もなく罪を着せるような真似もさせない。これは騎士ヴァレンタインとして確約する」
騎士の約束とやらがどれほどの効力を発揮するのだろうか。キミヒコが悩んでいるとアルフレートの方から抗議の声があがった。
「ヴァレンタイン卿、勝手な真似は謹んでいただきたい。この件は市の管轄だ。卿はあくまで協力者として同行していただいているに過ぎない」
アルフレートの抗弁を見て、キミヒコは思った。
もしかしてこいつら、仲が悪い……?
アルフレートはヴァレンタイン卿にあまり口を出してほしくないらしい。最初の自己紹介も、アルフレート一人で話を終わらせようとしていたようにも見えた。
それぞれの立場を考えれば、個人個人でウマが合わないとかではないだろう。衛兵隊と警備局の政治的対立、あるいは縦割り行政的な問題があるのかもしれない。
「私は公職に携わる者として、ごく普通のことを約束しているに過ぎませんよ、アルフレート殿。行政の対応として至極まっとうな仕事をされていれば、特に問題は生じないでしょう」
ヴァレンタインの言葉を聞き、ここは騎士の方に便乗する方がよさそうだとキミヒコは判断した。
「……なるほど。騎士様にそう言っていただけるのであれば、私も安心して協力できるというものです」
「……協力?」
キミヒコの図々しい物言いに、アルフレートが唖然として聞き返す。
「ええ。市民権はまだ得ていませんが、私もこのゾロアート市に暮らすものとして、殺人事件などという悪事は見過ごせませんからね。社会正義のため、知っていることはなんでもお話ししますとも」
殺人容疑がかけられているにもかかわらず、抜け抜けと社会正義などと言ってのけるキミヒコ。
ヴァレンタインも一瞬眉をひそめるも、キミヒコに同調するように口を開く。
「ほほう、いい心がけですな。さすが、ギルドで活躍されていることはあります」
「はっはっは。正義の騎士様の前で言うのもなんですが、私の信条は正義の味方でしてね。騎士様と私の人形がいれば怖いものなしです。どこでも同行させていただきますよ」
アルフレートを見据えて、キミヒコが言った。
詰所へ連れていくなら、騎士ヴァレンタインとホワイトを同行させろ。そういう意思を込めての発言だ。
「……では、詰所で話を聞かせていただくということで宜しいか」
ヴァレンタインの邪魔のためかキミヒコの態度によるものか、若干機嫌が悪そうにアルフレートが言う。
「ええ。微力ながら、犯人捜索のお手伝いをさせていただきます」
話はまとまり、キミヒコは衛兵の詰所、ゾロアート市衛兵庁舎へと足を運ぶこととなった。
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