#12 殺人事件

「それでさぁ、ジョージの奴がさぁ」


 ジョージの更生宣言から数日後、キミヒコは娼婦にお酌をさせながら愚痴を吐き散らかしていた。

 主な愚痴の内容は遊び人仲間だったジョージのことだ。あの食堂での一件以来、自分は真人間になるのだと言って、薄情にもこうした場にはついてこなくなった。


「へえぇ、あのジョージさんがねえ。それで最近姿を見ないのね」


 相槌を打ってくれている嬢の名はカタリナ。この店でキミヒコが贔屓にしている嬢だ。聞き上手で実にいい気分で酒を飲ませてくれる。


 付き合いの悪いジョージについての文句をひとしきりカタリナに聞いてもらい、スッキリしたところでいざ二階の寝室へとキミヒコは考えていたのだがーー。


「ねえねえ。あの子の話、聞かせてよ」


 あの子、とはホワイトのことだ。


 ここに連れてきたことはないのだが、魔獣狩りの自動人形の話は、歓楽街でもそれなりに話題になっているらしい。


 あの見た目麗しい人形が魔獣を殺して回るのだから、インパクトのある話題ではある。

 実際、キミヒコも巨大な魔獣を屠るホワイトを見て度肝を抜かれたものだ。

 手刀で魔獣の巨体を切り裂き、抜き手でもって腕を突き刺し臓物をぶちまける。あの見た目からは想像がつかないがとんでもない戦闘能力である。


「――そんな感じでさ。とにかくあいつは滅茶苦茶さ」


 酒をあおりながら、ホワイトのことを語って聞かせる。


 ……この話、何度目だ? カタリナちゃんにも何度も聞かせた気がするのだが……。まあ、すごーい! とかカッコいい! とか持ち上げてくれるので悪い気はしないな。


 褒めちぎられているのはホワイトの武勇伝であって、キミヒコではない。だがホワイトは自身の所有物と言って憚らないキミヒコにとって、ホワイトの手柄は自分のものなのだ。カタリナに褒められたり持ち上げられているのは、実質的に自分であると信じて疑わない。


「さすがはギルドの新星ハンター、人形遣いのキミヒコさんの人形ね。……ねえ、どうやってあの子と出会ったの?」


「……」


 ホワイトとの出会い。キミヒコにとって返答に困る話題だった。


「前も話したろ? 願いの神にもらったんだよ」


 願いの神。キミヒコをこのアマルテアの地に送りこんだ存在。ホワイトは大いなる意思と呼んでいたそれは、この世界の住民にも知られた存在だった。空想上の存在としてだが。おかげで本当のことを話しても信じてもらえない。


「えぇー、そんなふうにごまかさないでよぉ。この前、他の魔獣使いのハンターさんに聞いたよ。ホワイトちゃんは特別な自動人形だって」


 その話はキミヒコも知っていた。ホワイトを見た魔獣使いたちが、我も我もと自動人形を手下にしようと奮闘したらしい。


 結果はすべて失敗。

 野良の自動人形を捕まえて、言うことを聞かせようと調教を頑張ったらしいが、うまくいくことはなかった。


 どうやってホワイトを従わせているのか。どうやって自動人形にあれほどの戦闘能力を持たせることができたのか。

 この手の質問はあちこちから飛んできたが、願いの神にもらったからとしか言いようがない。


「ね、ね? 教えてよぉ。サービスするからさ。ね?」


「お、サービスかぁ。いいね。期待しちゃうよ。もしかしたら口が軽くなっちゃうかも」


 いい加減なことを言って、誘いに乗る。


 ……ま、サービスとやらで口が軽くなったとしても、知ってることしか喋れないがな。


 キミヒコは寝室を目指して階段を上りながら顔をにやけさせた。



「クソッ、気分が悪い。あの売女め」


 同日深夜。キミヒコは普段から泊まっている高級宿の一室にいた。常であれば娼館の寝室で一泊してから朝帰りするところなのだが、カタリナのおかげで追い出されたのだ。


 カタリナの言ったサービスとやらは、まあよかった。普段よりもいい気分にさせてもらった。だがカタリナは事が終わると、またしつこくホワイトを手に入れた手管について聞き始めた。

 いくら聞かれたところでキミヒコの回答は同じだ。願いの神にもらった。それが真実である以上、それ以外に言いようがなかった。

 だと言うのにカタリナは騙されただのなんだの喚き散らし、最後には平手打ちまでキミヒコはもらってしまった。

 挙句、散々騒いでくれたおかげで、寝室に怖いお兄さん達が踏み込んできた。キミヒコは必死に身の潔白を説明したが、結局今晩のところは帰ってくれと、そういう話になった。


「さすがは我が主人です。金を払った商売女にすら袖にされるとは。この身が生身であれば、貴方に仕える我が身の運命に涙を流しているところです」


「うるせー馬鹿! 言っていいことと悪いことがあるだろうが!」


「貴方にそんなことを諭される日が来ようとは……。まったく驚きです」


 ホワイトは相変わらずの調子で、言うことに可愛げがない。


「あーもう、イラついてしょうがない。もう寝る!」


 こんな日はさっさと眠ってしまうに限る。嫌なことは眠ってサッパリ忘れてしまおう。


 いったんはそう考え、もう眠ろうとしたキミヒコだが、やはり怒りは鎮まらない。今晩のことを忘れて許してやる気にはなれなかった。


 やはり、忘れたらだめだ。明日起きたらクレームを入れてやらねば。こっちは金払ったんだぞ。ヤることヤったとはいえ、アフターがなってないのだから、全額とは言わないが、ある程度返金してもらう。


 キミヒコは決意をあらたにして、今度こそ眠ろうとする。

 明かりを消そうとランプに手を伸ばすと、ホワイトが出かけようとしているのが目の端に写った。


 ……こんな時間に? もう深夜だぞ。


 今夜は曇り空で月も出ていないため、外は真っ暗だ。


「おいおい、こんな時間に出かけるのか?」


「ええ、夜明け前には戻ります」


「ふーん」


 こんな時間に魔獣狩りだろうか。夜中に活動する魔獣もいるらしいので、そんなこともあるのかもしれない。


「今晩は暗いから気をつけるんだぞ」


「ええ、わかりました」


 そう言って出ていこうとするホワイト。

 その背を見て、キミヒコはいいことを思いついた。


 こいつは態度も口も悪いが従順だ。ちょっとは可愛げのある行動というものを教育してやろう。


「ちょっと待て」


「今度はなんです?」


 表情や声色からはわからないが、何度も呼び止められて機嫌が悪そうだった。


「行ってきますのキスだ」


「……は?」


「出かける前には行ってきますのキスをしろ。常識だぞ」


 キミヒコは、自分で言ってから思った。我ながら、なんと気持ちの悪いセリフだろう、と。


 人形相手に行ってきますのキスをしろ。こんな言葉が自身の口から出てきた事実に鳥肌が立ちそうな思いがした。


 やっぱり今のなしで。そう言おうと思ったキミヒコだったが、すでにホワイトは目の前まで来ていた。


 え、まじ? 本当にするの?


 しかしキスをしようにも、ホワイトとキミヒコには身長差がある。かがんだ方がいいかな、なんてことを考えているキミヒコの目の前に生首が現れた。


「……え?」


 生首はキミヒコの顔面に衝突した。

 ゴツン、と。

 ちなみに生首の目は見開かれたままである。


「……」


「これでいいですね。私はもう行きます」


 無言のキミヒコに対し、掲げていた自身の頭部を首に装着しながらホワイトが言った。


「いいわけあるかっ! こんな恐ろしいキスがあってたまるか! ホラー映画じゃねえんだぞ! 常識ないのかテメーはよ!」


「いちいちうるさいですね。どうすればよかったんです?」


「首を外すな! あとキスするときは目を閉じろ!」


 ホワイトはやれやれといった具合に首を振る。


「ええい、もう仕事でもなんでも、さっさと行ってこいよ」


「言われなくてもそうします。では」


 ホワイトを見送り、ランプを消してベッドに横になる。


 余計なことをしてどっと疲れた。さっきのキスで夢見が悪くなりそうだ。自分の顔に迫ってくる人形の生首……。まあ顔がいいのが幸いか。


 そんなくだらないことを考えながら、キミヒコはようやく眠りについた。



 翌日、昼過ぎに目を覚ましたキミヒコは、さっそくクレームをつけるべく昨日の店へ向かっていた。


 なにがなんでも一部返金、いや全額返金させてやる。それどころか、客に平手打ちを喰らわせたのだから、慰謝料を請求してもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら足早に進む。


 しばらくして、ようやく目的地に到着したキミヒコだが、周囲の様子がおかしいことに気が付く。店の周りはものものしい雰囲気に包まれていた。衛兵が店を出入りしている。


 いったいなんだ? 事件でもあったか?


 昨日利用していたし、妙な事件に巻き込まれたくはない。キミヒコは自身が清廉潔白であると思っていたが、痛くもない腹を探られるのも嫌なので、衛兵や店の人間に見つからないようにこっそりと店から離れる。


 とはいえ、なにが起きたか興味はあったし、状況が落ち着いてからクレームを入れてやらねばならない。

 ちょうどいい具合に離れた場所、そこに店の様子を窺う野次馬らしき男がいたので捕まえて聞いてみることにした。


「おい、どうしたんだこれは? なにかあったのか?」


「ん? ああ、殺しだとよ」


「は? 殺し?」


「らしいぜ。あの店のカタリナとかいう娼婦が殺されたってよ」


 カタリナが殺された。野次馬の言葉に、キミヒコの思考が停止した。


「こ、殺された……? カタリナが……」


「なんだ、お気に入りの嬢かなにかだったか? なんでもすごい有様だったらしいぜ。血塗れの臓物塗れの無茶苦茶だったとか。ほら、あの窓を見てみろよ」


 男の指差す方向に視線をやる。

 その部屋の窓は、キミヒコが昨日利用した寝室の窓だった。

 そして窓ガラスには赤黒いなにかが、べったりと張り付いている。


「は、犯人……は? 誰がこんなことを……?」


「さあ? まあその辺を調べるために衛兵が出入りしてるんじゃないか? 大方、客と揉めたとかそんなところだろうよ」


 訳知り顔でそんな適当なことを野次馬の男が言う。


 客と揉めただと……。確かに、揉めたさ。だが俺はやってない。俺は関係ない。


 キミヒコは内心で自身にそう言い聞かせて、心の安寧を図る。


 ……俺は絶対関係ない。それに……そうだ、俺が店を出るときにはあの女は生きていた。そのことは店の連中だって把握しているはずだ。俺が犯人ではないってのは、すぐにわかることだ。


 昨晩店を追い出される際には、カタリナは確かに生きていた。キミヒコがそこに思い至ると、ようやく心が落ち着き、冷静な思考ができるようになってきた。


「そうか……。しかしこれじゃ、当分夜遊びできないな」


「まったくだ。この都市は治安がよかったのにな。歓楽街っていっても、盗みだぼったくりだなんてトラブルはあったが、殺しなんてそうそうなかったのによ。これじゃおちおち出かけられないぜ。あんたも気をつけろよ」


「おう、ありがとな」


 結局、キミヒコは店へのクレームを諦め帰路についた。

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